株式会社ベター・プレイスの森本新士と申します。
人材獲得競争と言われる時代、中小企業やスタートアップにとって、人材の採用は常に課題のひとつです。
より良い人材を採用し会社を成長させるためにはどうしたらいいのか、今回は転職エージェントとして、特に中小企業・ベンチャー支援に力を入れている株式会社morich 代表取締役/オールラウンダーエージェントの森本千賀子さんにお話を伺いました。
「地方の中小企業・スタートアップが人材採用に勝つためには」をテーマにした対談の模様をお届けします。
森本新士(もりもとしんじ) | 株式会社ベター・プレイス
アリコジャパン(現メットライフ生命)、スカンディア生命(現東京海上日動あんしん生命)を経て2007年に独立系の運用会社を起業するも、経営者としての経験不足とリーマンショックが相まってお金が集まらず自ら設立した会社を追われる。痛恨の想いを糧に2011年に創業したベター・プレイスは会社設立来、二桁増収を続ける。その後、2018年に確定給付企業年金基金「福祉はぐくみ企業年金基金」(以下、 「はぐくみ企業年金」)を設立。同基金は設立5年半で加入者数5万人超・資産残高200億円を突破。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員、1級DCプランナー。
森本千賀子 | 株式会社morich 代表取締役/オールラウンダーエージェント
獨協大学卒業後、リクルート人材センター(現リクルート)入社。転職エージェントとしてCxOクラスの採用支援を手がける。全社MVPのほか受賞歴は30回超。現在は、株式会社morich/株式会社morich-To/株式会社and morich代表として、転職エージェント事業の支援のほか、社外取締役/顧問/NPO理事などパラレルキャリアを体現。NHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」「ガイアの夜明け」にも出演。日経新聞「人間発見」に連載されるなどの各種メディア、『1000人の経営者に信頼される人の仕事の習慣』『本気の転職』等の著書の執筆、講演も多数。二男の母。
目次
1.ワンマン経営からゴレンジャー経営へ!
森本千賀子さんとは同じ苗字なので、今日は「モリチ」さんと呼ばせていただきます。モリチさんは、転職エージェント・人材採用の領域において、おそらく日本でもっとも有名なプロフェッショナルのひとりです。
最初に、いわゆる大企業ではなく、ブランド力もまだない中小企業やスタートアップが成長するためにどのような戦略が必要か、人材採用の面も含めてぜひアドバイスをいただきたいのですが。
これまでたくさんの経営者の方々とお会いしてきましたが、いわゆるカリスマ経営者というのはそれほど多いわけではありません。
日本における中小企業の割合は99.7%と言われ、そうした企業を経営する多くの方々は孤軍奮闘していらっしゃる。でも、ひとりで会社を成長させることには限界があります。
わたしは「ワンマンではなく、ゴレンジャーになりましょう」とお話をしています。よく言われるように1台のバスに乗り切れなくなったら、組織として機能や役割を分けていかなくてはなりません。
具体的には社員数が20人か30人になったら、社長にとっての右腕・左腕、ナンバー2、ナンバー3といった人材を採用し、組織力を高めていくことが会社の成長に繋がります。
アカレンジャータイプ、アオレンジャータイプ、それぞれの強みを活かしてチームを作る。社長ひとりではなく、チームでどう戦うかをきちんと考えて仲間を増やしていくことが、組織づくりのスタートです。
ワンマンからゴレンジャーへの転換こそが、企業成長の鍵になります。
2.お金も魅力もない中小企業が優秀な人材を獲得するためには「夢=ビジョン」が重要
ベター・プレイスは創業して12年目ですが、当初は本当に苦労の連続でした。優秀な人を入れたいけれど、会社としての魅力もないし、高い給料を払うこともできない。
実はこんな状況の会社は多いと思うのですが、どうしたら、ゴレンジャーのような心強い仲間を集められるのでしょう。
ひと言であらわすと「夢があるか」。つまり会社にビジョンがあるかどうかです。
たとえばベター・プレイス社には、より多くの人に「はぐくみ企業年金」を通じて幸せになってもらいたいという社長の強い思いがあります。
「こんな夢がある、これを実現したい、だから一緒にやってもらえないか」と、会社のビジョンを語り伝えることで、共感した人々が集まり、強力なゴレンジャーを作ることができるわけです。
モリチさんが関わってこられた経営者の方々は、つまり夢を語るのが上手だったということでしょうか。
そうですね、何のために自分たちの会社は存在するのかをきちんと言語化してメッセージとして発信している経営者は、その企業に欠かせない人材を集め会社の成長に成功していると感じますね。
しかし、ビジョンを言語化するのは、かなり難しいですよね。
確かにビジョンを持っていても言語化するのは難しいものです。
ですから、わたしたちmorichは、経営者の方々にしっかりヒアリングをして、社長がどんな会社にしたいのか、どういう風に社会に貢献したいのか、ご自身の思いを聞きながら、求職者の方にわかりやすく伝える「翻訳」をしているのです。
つまり、経営者が夢を語り、それを実現するために何が必要なのかがきちんと言語化できるようになると、人材の採用もうまく回りだすということでしょうか。
はい、まさにその通りで、採用力が圧倒的にアップしてうまく回るようになると思います。
モリチさんの転職エージェント 株式会社morichは、求職者の方に地方や中小企業の仕事を紹介していると伺いました。しかし転職希望の方は一般的に大手だとか高年収といったところへ転職したいと思っているのではありませんか?
転職希望者の方で何社もエージェントに登録しても、似たりよったりの案件しか出てこないという声は多いのです。
わたしは、人は変化することで、より成長し結果としてパフォーマンスが向上し、これまでにないワクワク感をもって仕事に臨めると考えているので、その人が思いもかけない案件を紹介することを意識しています。
企業の規模やブランド以上に、本人が自分で気づいていない、かつ自身がより生かせる、本当にその方が求めている仕事ができる環境をご紹介したいと考えています。
たとえば、最近もこんなことがありました。
ヘルスケアの仕事をしていて、転職を希望していたので、さまざまなお話をヒアリングしました。そのうちに、この方はお子さまが生まれて大きなインパクトを感じ、価値感すらも変化していることがわかりました。
今の環境で子育てすることに対して、いろいろな思いを持っていらしたので、それなら子育ての理想的な環境を作る仕事をしませんかとご紹介したのです。今、その方はヘルスケアと関連のない、保育園ビジネスのお仕事に就いていらっしゃいます。
つまり、これも翻訳なのです。
一見、求職者のバックグラウンドにはまったく縁のないお仕事を紹介しているようですが、本来この方がもっとも関心を持っている事を引き出し、言葉に変換して、それにマッチするお仕事を紹介する。
そして企業は、新たな視点と熱意を持つ人材を得ることができるのです。
3.優秀な人材を見つけるために、経営者はどうすればよいか
今のお話を伺っていて、より安定志向になっている若い人たちのスイッチをどうしたら押せるのかが気になりました。その方はモリチさんと出会って、大きな変化を経験しましたが、普通はなかなかそうはいかないと感じます。
退職金のセミナーを行った時に最近の若者の求職傾向を調べたのですが、昔は自己実現だったり成長できる環境というのが一番だった。今は福利厚生が充実している会社が一番なのです。
そこを考えると、中小企業はどうしても大手企業と比べたら福利厚生もそこまで充実していないことが多い。こうした部分でも中小企業やスタートアップは人材採用において、安定志向が高くなっている若者を引き込むのが難しいのかなという印象があるのですが、どうでしょう?
そもそも上場企業だから安定しているわけではありませんよね。安定というのは、社員の方が安心して仕事ができるかどうか、だと思います。安心には裏付けが必要で、社員のための施策があるか、たとえば御社の「はぐくみ企業年金」もそうですが、企業年金が導入されているといった面も重要になると思います。
安定というのは、必ずしもひとつの会社で長く働くということでもありません。今、平均在籍年数はおおむね13年くらいです。50年仕事をする前提としたら、2〜3社の転職を経験する人たちが今後はもっと増えていくでしょう。
一方で今の50代、ひとつの会社にずっと勤めてきた人が転職をしようとしても、履歴書の時点で「このひとは変化対応力がない、レジリエンスがない」と見られてしまい、面接まで至らないケースが多いのです。そういう時代になりつつあることを踏まえ、企業も人材の流動化を視野に入れて、採用を考えていく時代です。
年金を扱っている僕らとしては、制度が変化していることにも触れたいですね。これまでは終身雇用を前提として、長く働くと退職所得控除額が増えていくシステムだった。その税制優遇がなくなろうとしており、人材の流動化を促す方向に政府も動いていることをぜひ知ってもらいたい。
もちろん経営者のひとりとしては、長く働いてほしいという思いもあるのですが。
転職だけにこだわる必要はないと思います。たとえば子会社に出向するとか、海外の拠点に赴任するとか、地方に転勤するとか、要は環境を変えることが大事です。
今までの前提が通用しない新しい環境で自分のパフォーマンスを出そうとすること、その経験値が重要なのです。わたしは若いうちに変化をできるだけ体感しておくことが、その後のキャリア形成において良い影響を与えてくれると考えています。
たとえばですが金融関係で仕事をしていたとして、50代で役職定年が近づいてくると、自分の存在意義に不安を持つ。でも、変化を体験してきた方は、むしろ変化することを楽しめるようになります。
キャリア形成はひとつの道だけではありません。副業だとか、趣味をやるとかサードプレイスを持って活動する、会社以外の場で2本、3本とレールを作って掛け算していくことで、ご自身の人生を豊かにする。そのような環境で柔軟な対応力やレジリエンスが積み上げられます。
そういうことを受け入れてくれるような会社が選ばれています。
社員ひとりひとりの人生を豊かにすることが会社への貢献にもつながるのだというマインドセットを経営者が持つことが求められているわけですね。
副業を始めたら本業はサボるんじゃないかと疑うような性悪説な思考の経営者がいる会社はこれからは難しいですね。自分のやりたいことを実現できたら本業ももっと頑張ってくれるだろうと、人を信用できる経営者のスタンスが大切です。
夢がありビジョンとして言葉にできる経営者、そして会社で働く人たちを信用できる経営者のもとに、共感を覚えた優秀な人材が集まってくるのではないでしょうか。
4.流動化する人材を採用する「勝つ」方法とは
では、人材の流動化が浸透する時代に、採用で「勝つ」ためには何が必要なのでしょう?
ここまでお話したことも整理すると、次の4つがポイントになります。
- ワンマン経営からゴレンジャー経営への転換
- 会社のビジョンを言語化し発信する
- 安心して仕事ができる環境づくりと福利厚生
- 社員の人生を豊かにすることが会社への貢献につながる
さらにもう2つ、特に人材が流動化する中で会社が採用に勝つために必要なことがあります。
- 引き寄せる力
- 心理的安全性
社員エンゲージメントの向上を本気で実践している企業は、社員が活き活きと働いていて、それに人材が引き寄せられる面があると私は考えています。前向きな社員がいる企業には、前向きな人が引き寄せられていきます。
経営者で前向きな人は少ないような気がします。実は僕自身がそうなんですが、コンプレックスがあったり、心配性だったり……。
経営者のマインドセットを変えることは可能ですが、時間がかかります。だから冒頭で申し上げたように、ナンバー2をはじめとしたゴレンジャーが必要なのです。
経営者が比較的心配性で慎重派なのであれば、ポジティブ思考のナンバー2がいればいいわけですよね。そうすれば、前向きな社員が引き寄せられてきます。
経営者だけでなく、会社にとって足りないものをカバーしてくれる人を採用することで組織力が高まります。人材採用はキャスティングのバランスが重要です。
なるほど。
採用で勝ち組になるということは、つまり「選ばれる企業になる」ことです。そのためにもうひとつ大切なのが、心理的安全のある環境です。
緊張が高すぎると、人は良いパフォーマンスを出せません。失敗しても大丈夫と思える職場なら、社員はさまざまなことにチャレンジできる、よしやってみよう!となって会社の成長を促す原動力になり、さらに会社に貢献したいという前向きな思考になります。
心理的安全性をなかなか持てない経営者、あるいは心理的安全が保たれる環境作りがなかなかできない経営者も少なからずいると思うのですが、その場合にはどうしたらいいのでしょうか。
学んでいただくしかないのですが、たとえば売上が落ちてくるとかお客様が離れていきつつある局面で経営者が「変わらないとまずいぞ」と気づくかどうかですね。
コロナ禍を経て、いろいろなことが浮き彫りになりました。組織の本質がしっかり確立していない会社はどんどん人が辞めていった。スタートアップやベンチャーも、会社としてみんながひとつのビジョンに向いて連帯感を持っているところは強かったけれど、そうでないところは空中分解してしまったケースもあります。
しかし、その失敗を糧にして変われるかもしれない、そこで学んで変化を恐れず、それこそ社員のエンゲージメント向上のための施策をうち、自分に足りないものを持っている優秀な人材を採用してカバーしていけばいいのです。
アクションを起こさざるを得ないくらいの危機感を持った方が変わるチャンスになると思います。
実は僕も若い時に大きな挫折を経験しています。
今でこそ成功している方々も、若い頃に大きな挫折を経験されている方が多いような気はしますね。
失敗を恐れずに、経営者の皆さんも前向きにいきましょう。では最後にモリチさんから、人材の採用に悩んでいる経営者や人事担当者の方に向けて、メッセージをお願いします。
今回のテーマは「採用に勝つ」ですが、人材の採用は組織運営における最重要事項で、人事部は重要なポジションだということを経営者の方はしっかりと認識していただきたいですね。
組織づくりや人材育成は非常に大切で、だからこそ人材の部門に優秀なエース人材をアサインすることが、採用に強くなるポイントです。最初に申し上げた通り、社長ひとりでは成長に限界があり、ゴレンジャーのひとりとして優秀な人事担当者を置くことをおすすめします。
会社の経営という面では、私も経営者のひとりですが、『for me, for you』社員満足なくして顧客満足はなし得ないを弊社のフィロソフィーとしています。
会社にあてはめると、社員が満足していないのにお客様を満足させる、幸せにすることはできない。つまり、社員のエンゲージメント、社員満足をいかに高めるかが、ひいては顧客満足度に結びつき、会社の成長につながるということです。
たとえ高い給料を出せなくても、社員を大切にすることはできます。
声がけひとつをとってもそうです。わたしはワーキングマザーでふたりの子育てをしながら仕事をしていましたが、息子が保育園で熱を出してお休みをもらって、次に出社するときは申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そこで上司や社長から「息子さんは大丈夫か」と声をかけていただけるだけで救われました。
あなたをちゃんと見ていますよ、あなたとあなたの家族を大事に思っていますよということをアクションで伝えることで、社員満足度を向上させることができます。
それはまさにプライスレスのアクションですね。経営者のマインドセット、組織づくりのためのゴレンジャー、人材採用に勝つためのポイントを網羅していただきました。今日は本当に勉強になりました。ありがとうございました。