テクノロジーの進化で人事を取り巻く環境が大きく変化している中、人事担当者のキャリアも変化しつつあります。
今回は変わりゆく人事のキャリアとこれからの人事が獲得していくべき能力について、Thinkings株式会社の執行役員CHROである佐藤邦彦さんにお話いただきました。
佐藤邦彦|Thinkings株式会社 執行役員CHRO
1999年東京理科大学理工学部卒業後、アクセンチュア入社。2003年にアイ・エム・ジェイに転職し事業会社人事としてのキャリアをスタート。2011年以降、様々な事業会社の人事を歴任し2020年4月よりリクルートワークス研究所に参画。2022年8月まで『Works』編集⾧を務める。2022年10月にThinkings株式会社執行役員CHROに就任。人事経験20年。
1. 環境変化に伴う、人事業務の変化
-佐藤さん、本日はよろしくお願いします。今、働き方が多様化していく中で、人事担当者に求められる役割が大きく変化し始めているように感じています。佐藤さんはこの変化をどのように見られているでしょうか。
佐藤氏:端的に言えば、かつては人事のプレゼンスが今よりも低く、バックオフィスの一部門として捉えられていましたが、近年は企業や組織において「人事」の重要性が高まっているように感じます。会社の経営に関わる重要なポジションとして捉えられるようになってきたのではないでしょうか。
私が感じている大きな変化は、次の2つです。
①社会環境の変化に伴って人事の各領域の複雑性が増した
②テクノロジー活用の進化に伴う活用の必需性が増した
①社会環境の変化に伴って人事の各領域の複雑性が増した
佐藤氏:2000年代初頭の人事はオペレーティブな仕事が多く、ある種、個人事業主的に業務をしていたように思います。しかし、2016年頃に「戦略人事」や「CHRO」といった言葉が出てきて以降、人事の各業務においてより高い戦略性が求められるようになり、仕事の難易度と複雑性が増しています。
たとえば採用領域であれば、学生に早期接触するためのインターンシップの普及、エンジニア採用のような特定職種に特化した採用活用の広がり、求人広告や人材紹介以外の多様な採用手法の登場といった、採用環境の変化が起こってきました。そうした中で、深い専門性と戦略性がないと採用成功に結びつきにくくなっていると思います。
また、人事制度領域も同様に、年功序列のようなこれまでの仕組みから、ジョブ型雇用に代表されるようなパフォーマンスを評価する仕組みの必要性が高まっています。この転換ができない企業は、優秀な人材が辞めてしまう/採用が上手くいかないなど、競争優位性を保ちにくくなってきています。
また、労務領域に関しても働き方改革などによる規制強化に伴い、より厳格に優先順位を付けて変革をおこなうことが求められています。
このように「採用」「組織」「労務」といったそれぞれの領域で求められる要素が増え、その難易度は確実に高まっていると感じています。
②テクノロジーの進化に伴う活用の必需性が増した
佐藤氏:これまでは全社統一の基幹システム内にHR機能をもたせ、それを半ば無理やり使うようなケースもありました。社内のシステム開発にも多くの時間とお金をかけていた時代だったと思います。
しかし、テクノロジーが進化しSaaS型のプロダクトが台頭したことで、業務テーマごとに便利なシステムを選択して使い分けられるようになりました。それに伴い、自社に最も合うシステムが何か、あるいは、別々のシステムをどう接続させて使いこなしていくかといった判断を人事担当者がおこなわなければならなくなりました。
実際に人事業務を進める上で何が起きているかと言うと、業務の専門性と最新のテクノロジーの知識を持ち、複数のシステムから出た情報を取捨選択し整理しながら分析・レポーティングし、戦略策定につなげていくことが求められるようになりました。
「人的資本経営」が重要視される時代において、人事のテクノロジーやデータ活用は避けては通れなくなっています。
2. これからの人事に求められるケーパビリティ
-この人事担当者の役割の変化とともに、必要なスキルや能力も変化しているということでしょうか?
佐藤氏:はい。人事業務に戦略性が求められるようになったことで、それらも変化したと思います。
これまでの人事業務は、オペレーティブな仕事の比率が高かったため、決められた仕事を正確に実行できるスキルが求められていたと思います。人事のキャリアも、担当領域の専門性を深めていくケースが多く、安定的にコツコツ仕事を進める人が人事に配属されることが多かったように感じます。
しかし、今の人事には「新しいテクノロジーを活用した戦略構築力や実行力」が特に求められるようになっています。
最近は「人的資本経営」というキーワードが浸透しつつありますが、より経営に近い視点でどう人的資本を最大化するかが求められています。そして、その実現に必要な、重要な要素として新しいテクノロジー活用があり、そのための知識を常にアップデートしていくことも必要になっています。
大企業ではデータ活用専門のテクノロジーチームが存在する場合もあります。しかし、どのデータを結びつけてどのように分析・活用すべきかは、現場での人事経験がないと判断できません。
そのため、大谷翔平選手のように「テクノロジー」と「人事」の両方に詳しい”二刀流”人材がいる状態が理想です。しかし、そうした人材は非常に稀有です。場合によっては、人事担当者が「テクノロジー」のチームと協働し、誰か1人に両方を委ねるのではなく1つのチームで両方をカバーする組織を作ることも大切だと思います。
3. 今後の人事キャリアはどう描けば良いのか?
佐藤氏:昨今人事のキャリアは過渡期にあると思います。
たとえば「ベテラン人事のように人事領域の業務を満遍なくできるようになりたい」と考えている若手世代の相談を受けることがあります。よくあるキャリアの選択肢だと思いますが、「果たして今の40代50代の先輩人事たちと同じ道を通ってキャリアを積み上げることは正解なのだろうか」と私自身は疑問を感じています。
たしかに、これまでの人事担当者は専門スキルを獲得しながら、人事業務の中でその領域を横に広げて行くのが一般的でした。
しかし現在は、そもそもの情報流通量や獲得できる情報の質が全く異なってきていますし、AIやテクノロジーを活用すれば、今まででは実現できなかったようなスピード感で業務を習得できる可能性があるのではないかと思っています。
そのため、若手の人事担当者の方は、先輩人事の経験を倣うのではなく、「今の時代であればここはショートカットできるのではないか」という視点をもって欲しいなと思います。きっと、日々の業務やキャリアをより効率的に前進させる方法を模索できると思います。
-では、若手人事がお手本にできるような「キャリアの理想形」はどのようなものなのでしょうか?
佐藤氏:今も昔もキャリアの築き方に理想形はありません。正解が欲しい気持ちもよくわかりますが、これだけ人事を取り巻く環境が大きく変化していることを考慮すると、人事のキャリアの可能性は無限に広がっていくのではないかと感じます。
キャリア選択で考えるべき要素は様々です。「スペシャリストタイプ」or「ジェネラリストタイプ」、「スピード感の求められるビジネス環境」or「長期的な計画に基づく判断が求められるビジネス環境」といったように人や事業の特性などによって取るべき選択肢は変わります。
また、採用や人事評価のように各領域の難易度が増しているので、特定の領域を突き詰めてキャリアを伸ばす道もあるように思います。
本人の特性や企業が置かれている環境でも取るべき選択肢は変化し、「これが正しい」というようなキャリアパスは存在しませんので、どのような選択をしても良いと思います。
4. これからの人事は難しく、面白い!
-キャリアの正解が無くなり、不安に感じる若手人事も多いのではないかと思います。そうした人達がキャリアの土台を土台を固めたいと考えた時、何をすれば良いでしょうか?
佐藤氏:「絶対にこれ」というものはありませんが、変化に対応するために多様な視点を持ち続けることは必要なため、社外の人との関わりを増やすことは大切だと思います。人事部の中で人間関係が完結してしまうと、狭い価値観の範囲でキャリアを考えてしまうリスクがあります。
広い視野でキャリアを考えることが大切です。
-ありがとうございます。では最後に、これからの人事キャリアはどのようになっていきそうか、佐藤さんのお考えを教えてください。
佐藤氏:人事キャリアが多様化したことで、見える世界も大きく変わってくると思います。
たとえば登山において、高尾山は高度な訓練をしなくても基礎的な体力があれば登ることができます。しかし、見られる景色もそれなりです。一方で、富士山や日本アルプスのような山に登るとしたら、入念な準備や高いスキルが必要です。そして、登りきれば、高尾山とは見える景色が全く異なるでしょう。
かつての人事業務は、高尾山のような性質の業務が多く、そもそも目指せる山が限られていたのです。しかし、今では人事の世界でも富士山や日本アルプス、プロのクライマーが挑戦するような海外の名峰のようなレベルの高難度で高いスキルが求められる状況になっていると感じます。
正解が見えない混沌とした世界ではありますが、 同時に、人事を志す者にとっては大きな可能性を秘めたフィールドといえます。 自分なりの人事キャリアを想像しながらより高い山にチャレンジしていきましょう。
-佐藤さん、本日はありがとうございました。