ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会が主催するイベント「HR Millennial Lounge ♯2」をご紹介。
イベントでは、アメリカの大手HRTech企業であるWorkdayで、長年プロダクトマネジメントディレクターを務め、世界のHRTech事情に精通している宇田川 博文氏が登壇。
世界のHRTechの最新潮流や、世界水準のHRTech活用方法、ピープルアナリティクス活用方法についてお話されていました。
“最先端人事”は今、何を考えて仕事に取り組んでいるのか、多くの学びとなる内容が満載でした。
【登壇者紹介】宇田川 博文 | Workday, Inc.
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グローバル企業の人事が今、最優先に考えていること
宇田川氏:今日のビジネスにおいて、「ヒト・モノ・カネ・情報」の経営資源の中でも、特に“ヒト”と“情報”の2つが重要だと言われています。
情報という観点でいえば、Google、Amazon、Facebook、Appleといった、いわゆるGAFAがビッグデータをおさえにいっていますし、多くの企業でも社内外のデータを収集し活用する動きが出てきています。
そしてヒトの部分。特に企業成長において欠かせない人材がいます。それは、自社のカルチャーを理解し、業務内容を理解し、一人ひとりをモチベートして仕事を達成させていく、そういう役割を持っている方々です。
そういったヒトと情報、これらを最大限に活かしてイノベーションを起こしていくことができない企業は、もう生き残っていくことができない。
これがグローバルビジネスを展開している企業が持つ考え方になります。
つまり、イノベーションを起こせる人材を育て、彼らにイノベーションを起こさせる組織をつくる。そしてヒトを中心としたデジタルトランスフォーメーション(※)を実現すること。
この二つが、グローバル企業の人事の最優先課題になっています。
あらゆる企業活動をIT(デジタル)に置き換えること。そこでデータを収集・活用し、データをもとにした意思決定ができるように、組織全体を変化させていくこと。
スーパーバイザーからピープルマネージャーへ
宇田川氏:人材マネジメントにおけるトレンドのお話をさせていただくと、イノベーションを起こす人材は、一言で言えば「自律した個人、自分で何かができる人」です。
そのような人材を育成するためには、「まず自分の将来は自分で決める」という習慣を身につけさせることが重要になってきます。
特に日本企業では、「自分のキャリアは会社・上司・人事が決めるものだ」と考えている人がまだ一定数いるように思います。まずは、そこの意識改革が必要になってくるのではないでしょうか。
そして、イノベーションを起こすことができる組織は、多様なメンバーがいる組織です。多様な人材がいて、かつみんなが自律している、そのような組織からイノベーションは生まれていきます。
このような組織を束ねるマネージャーに求められるものは二つあります。データに基づく意思決定と、継続的にメンバーのパフォーマンス&エンゲージメントを高めていく力です。
なぜその二つかというと、まず、多様なメンバーがいる組織において全員が納得するような意思決定を進めていくためには、客観的データに基づいた意思決定が必要になってくるからです。
多様な人材がいるので、それぞれが違った意見を持っています。ですから当然、議論の場で反対意見も出ます。そういったディスカッションの中では、事実・データに基づいて決断をすることが大切です。
ただ、データに基づいてるからといって全員が納得するとは限りません。ですので、現場のマネージャーは意思決定をした時に、納得していないメンバーを把握し、瞬時にフォローアップをしていかねばなりません。
そういったことからマネージャーは、監督・管理の役割であるスーパーバイザーから、ピープルマネージャーに変わっていく必要があるのです。
近年では、ノーレーティング、1on1などが日本の企業でも実施されてきていますが、本質を理解せずにおこなっても無意味なわけです。
“アンハッピー”になっている自分のチームメンバーをきちんとフォローアップをしながら、多様性を包括した組織をつくっていく。それが前提にあって、ノーレーティング、1on1を活用していったほうが効果的だと思います。
HRテクノロジーの活用目的は「データ可視化」と「適材適所の実現」
宇田川氏:ピープルマネージャーとなり、イノベーティブな組織をつくるために、ヒトを中心にしたデジタルトランスフォーメーションを実現するアイデアが生まれてきています。
その実現に向けて必要なのが、HRテクノロジーとピープルアナリティクス。この2つになります。
私は、HRテクノロジー活用には大きく二つの目的があると考えています。一つはデータの可視化。そして二つ目は適材適所の実現です。
HRテクノロジー活用の目的その1|データの可視化
宇田川氏:世の中には高度なデータ分析ツールが溢れていますが、一番重要なことは「必要な人に、必要なデータを、必要な形で、必要なタイミングで配信できるか」だと思います。
例えば、以下のようなイメージです。
- 経営幹部:全社の利益をリアルタイムで把握するためのデータがダッシュボードで見れる。
- マネージャー:ピープルマネジメント力を高めるためのデータを配信していく。
- メンバー:自律と成長を支援するようなデータを配信していく。
誰がどういう役割で、どういう責任で、どういう権限を持って、どういう仕事をしているのか。その人についての仕事上での全てを記録しているものが人事システムです。
この人事システムを中心に、データ配信のプラットフォームを構築していくということが、HRテクノロジーで重要なことです。
どんなデータを収集して、どう分析して、どんな結果を導いたとしても、それを必要な人にきちんと配信できなければ意味がありません。
HRテクノロジー活用の目的その2|適材適所の実現
宇田川氏:適材適所を実現するためにはまず何をすべきかというと、「人と仕事のモデル化、数値化」です。
テクノロジーを使って人と仕事をマッチングし、適材適所を導いていくわけなので、「どういう人材がどんな仕事に合うのか」ということをモデル化、数値化されている必要があります。
一見すると難しいと思われがちですが、実はアメリカではこれは比較的簡単にできます。というのも、アメリカはスキルを中心に人と仕事の定義ができているからです。
外資系の企業をイメージしてもらいたいのですが、全ての仕事にはジョブディスクリプションがあり、それは明確な業務内容・範囲が記述されており、そのために必要なスキルと経験で定義されています。
「この仕事にはこのスキルがこのくらい必要である」と、スキルと経験によって人と仕事をマッチングできるため、スキルを共通言語化さえできれば、モデル化、数値化が簡単にできるわけです。
しかし日本では、まずそこが大きなハードルになっていると思います。日本企業の社員や仕事をスキルの集合体として定義できるのかという問題です。
どんなジョブがあって、どこまでの業務が責任範囲で、役割の範囲なのか、どんなスキルが必要なのか。ここが明確にかつ詳細に定義されていないように感じています。
スキルによって人と仕事を定義できないのであれば、何を使って人と仕事をデジタル化するのか。そこに大きな課題があると思います。
この問題を解決しない限り、HRテクノロジーを日本で活用していくことは相当難しいのではないかと感じています。
ピープルアナリティクスの本質は「科学」である
宇田川氏:ここからはピープルアナリティクスに関してお話していきますが、この言葉を文字どおり日本語の「分析」と訳してしまうと、本質を見失うのではないかと思っています。
これは「分析」ではなく「科学」だと考えてください。科学とは、観察をして、仮説を立てて、その仮説を実証するために実験をおこなっていきます。その繰り返しです。
この流れができないと、ピープルアナリティクスは意味がないと思います。
そういった意味では、仮説を実証するために必要なデータを集めれば良いだけなので、大量な人事データがそろわないとピープルアナリティクスができないということはありません。
もちろん、大量のデータが集まれば幅は広がっていきますが、ピープルアナリティクスと大量のデータ分析とは、全然関係ないところにあると思います。
一方で、分析によってインサイトが得られても、それに基づいて仮説を立てて、仮説を実証しなければピープルアナリティクスではありません。仮説を実証するために実験をしなければなりません。
Googleのような企業は、何かしら仮説を立てたら、必ず実証実験をおこなっています。
たとえば、グループAとグループBに分け、それぞれに違うことをやってもらい、成績が良かったほうを全社に展開していくといったイメージです。
分析にとどまらず実証までおこなう。それがピープルアナリティクスの本質だと考えています。
ピープルアナリティクスにおけるWorkdayの事例
宇田川氏:実際にWorkdayではどのようなことをしているのか、ひとつ事例をご紹介します。
Workdayでは、自社の社員に対して、従業員満足度調査に用いられる質問を使ってパルスサーベイを実施しています。
パルスサーベイで従業員アンケートをさまざまとっていくのですが、たとえば「あなたのマネージャーはあなたの質問にちゃんと答えてくれますか?」などという質問に対し、「いつも答えてくれる・ほぼ答えてくれる・全然答えてくれない」といった感じで5段階評価で回答していきます。
そういった質問を毎週金曜日にランダムに2問、Workdayのプラットフォームを使って配信をします。その結果を集めて、データに基づいてさまざま分析していきます。
これは無記名のアンケート調査ではなく、誰がどう回答したのか、上司に全部情報がいきます。
「それだと当たり障りない回答しかできないのでは?」と思われるのですが、人間も感情の生き物なので、割と正直な回答が返ってきます。
それ以外にも、回答の評価が以前よりも悪くなっている、回答が遅くなる、そもそも回答していない、などの情報も含めて分析をしていきます。
そこから、アンケートの分析結果が毎週マネージャーに配信されていきます。
マネージャーのマネージャーといった自分の配下に何人もマネージャーを抱えている社員は、自分の評価だけでなくて、自分の部下のマネージャーの評価も全部見ることができます。
それを見て自分たちで反省をして、改善をしていきますし、スコアの悪いマネージャーに対しては教育・研修を実施するなど動いていきます。
さらには、研修を受けたマネージャーと、研修を受けていないマネージャーでどう変わったのかも分析していきます。
研修を受けたことによりアンケートの評価が上がれば、研修のデザインは間違っていないですし、もし狙ったところまで改善が見られなければ、研修をブラッシュアップしていこうとなります。
このようなことを目的にデータを可視化していく、ピープルアナリティクスを活用していくことができると考えています。
日本の人事が世界で活躍していくための3つの提言
宇田川氏:ここまで、イノベーションを起こす人材を育て、イノベーションを起こさせる組織をつくっていく。そして人を中心としたデジタルトランスフォーメーションを実現するというお話をさせていただきました。
このような世界の人事のトレンドを踏まえた上で、日本の人事が世界で活躍していくうえで必要なことを、私から三つだけ提言させていただきたいと思います。
一つ目は「日本流の人事は欧米流と違うと言い訳にしない」。二つ目は「人事にしっかり投資をする」こと。そして三つ目は「変えられるものから変えていく」です。
1、日本流の人事は欧米流と違うと言い訳にしない
宇田川氏:日本の人事を見ると、新卒一括採用、一斉人事異動、昇給とか昇格もまとめて実施されます。何にしても一括処理が多いように感じています。
それ以外にも、日本とアメリカでは、以下のような違いが見られます。
日本 | アメリカ |
一括処理 | リアルタイム処理 |
メンバーシップ型 | ジョブ型 |
平等 | 公正 |
ジェネラリスト | スペシャリスト |
HRオペレーション志向 | HRビジネスパートナー志向 |
このような違いはあるものの、すでに欧米流を取り入れて実践している企業は多くありますし、逆に日本流が欧米で取り入れられている部分もあります。
たとえば、アメリカでは今、一つの企業にジェネラリストとして長く勤めていくという働き方が注目をされており、「ジェネラリストとスペシャリストどちらが良いのか?」という記事も出ています。
また、メンバーシップ型、ジョブ型といった切り分けではなく、「プロジェクト型の働き方」も増えてきています。
結局、私の想いとしては「日本の人事は特殊だから」を言い訳にして、今のやり方に固執してほしくないということになります。
ただ、その中でも絶対に変えるべきだと思うのが、人事部門のHRオペレーション思考です。欧米企業の人事部門は完全にHRビジネスパートナー思考です。
HRビジネスパートナーとは、各事業部門のビジネスリーダーと寄り添って、戦略的な人事施策を人事アドバイザーとして貢献していく立場になります。
そのために、各事業部門に在籍する社員の多様性を高め、多様な個性に対応して自律的に考えて行動できるように育成していくこと。そのような仕事にフォーカスをすることが必要だと思います。
2、人事に投資する
宇田川氏:人事部門は、どうしてもコストセンターという意識が高くなりがちです。
しかし、HRビジネスパートナーの考え方を進めていくとなると、プロフィットセンターになるべきです。
要するに、提案をして儲けに貢献する存在になることが重要です。当然プロフィットセンターなのであれば、儲けを得る分だけ、かけるべきところに投資をする必要がある。
たとえば、人事システムにきちんと投資をする、採用・教育に投資をする、公正に報酬を支払うなど、「これだけやると事業部にこれだけ貢献できます」と、費用対効果に関してきちんと説明責任を持てるようになっていくべきです。
3、変えられるものから変えていく
宇田川氏:最後、「変えられるものから変えていく」という話ですが、どうすればHRビジネスパートナーになれるのかを考えるうえで何をすべきか、ということです。
時間の使い方を変えていく
そのためにまずは、HRオペレーションだった部分をアウトソーシングすること。人事制度設計もある程度の方向性がつくれたらあとの設計はアウトソースしても良いと思います。
そこで生まれた時間をHRビジネスパートナーとしてフォーカスできるようになるのか。チェンジマネージメントをしていくのか。フォーカスする時間の使い方を変えましょうと。
タレントマネジメントからピープルイネーブルメントへ
二つ目は、タレントマネジメントを変えていくことです。
アメリカの企業では、「幹部社員のタレントマネジメントだけでは不十分だ」という動きが出てきています。
これからはタレントマネジメントから「ピープルイネーブルメント(People Enablement)」に変えていこうとなっています。
これは一人ひとりの能力を最大限に引き出すということで、全ての社員を「できる化」することです。
そして、ピープルイネーブルメント・社員のできる化のためには大きく四つの要素があります。まずはエンゲージメントを高めることです。
二つ目はエンパワーメントです。権限の委譲。責任を与えて、権限を与えて、自主的に判断ができる、許容する範囲を広げていくということです。
三つ目は適材適所。社員が自分の強みを活かせる職場に配属をされているかどうかです。
四つ目が能力開発。優れた仕事を遂行するために必要なスキル・知識を得るための機会や情報を、社員がすぐ手に入るような仕組みを用意できているか。
これらが一体となって、社員ができる化していくと思います。
社員の意識
そして、社員一人ひとりの意識を変えていくことも大切です。日本企業は終身雇用制の影響もあり、一社に長く務める傾向があります。しかし長く務めているものの、仕事に対する満足度が低いのです。
ですので、会社に不満はあるけど辞めない人の集団ができてしまうわけです。このような集団からはイノベーションは生まれてこないと思います。
こういったところを変えていくべきです。これは、「自分の仕事が大好きだ」と思えるような仕事の環境をつくっていけるかどうかです。それはピープルイネーブルメントの考えにもつながってくると思います。