2019年4月より順次施行されている「働き方改革関連法」。そこで最もフォーカスされているのが“長時間労働の解消”です。
残業を規制しながら、「社員一人ひとりの生産性を上げる」ことが急務である企業側は、どのような対策を打てばいいのでしょうか。
今回は、業務効率化を図る方法論として注目される「ドキュメント・コミュニケーション」について、元外資コンサルファーム出身で、現在は、株式会社ルバート代表取締役として活躍する松上純一郎さんに教えていただきます。
松上純一郎(まつがみじゅんいちろう)|株式会社ルバート 代表取締役
外資コンサルの基礎力「ドキュメント・コミュニケーション」とは
「ドキュメント・コミュニケーション」とは、会社で大量に使われている提案書・報告書・会議資料などの“ドキュメント”を効果的かつ効率的に制作して、作り手・読み手の生産性を高めることで、2008年に元マッキンゼーの中川邦夫氏によって提唱された方法論です。
中川氏の著書『ドキュメント・コミュニケーションの全体観 上巻 原則と手順』では、ドキュメント・コミュニケーションの「3つの原則」として、下記の3点を挙げています。
- 解・動・早
- 問題解決コミュニケーション
- スタンド・アローン
私はこれを「“人を動かす一人歩きする資料”でのコミュニケーション」と言い換え、スキルとして広めるべく、個人・法人向けの講座や研修をおこなっています。
受講者は2018年10月現在1,500名以上となり、職種は経営企画・マーケティング・コンサルタント・営業・エンジニアなどさまざま。「社内で評価されるようになった」「ロジカルシンキング力が向上した」などの反響をいただいています。
中川氏同様、私自身も外資コンサル時代に「ドキュメント・コミュニケーション」を身につけました。コンサルタントは「聞く・考える・まとめる・伝える」ことを繰り返す業務ですが、これらをすべてドキュメントに落として実行します。
例えば、お客様やエキスパートへのヒアリングでは、事前に質問項目をドキュメントにまとめて臨みますし、聞いた内容も整理してドキュメントに落とすなど、すべてドキュメントを通じてコミュニケーションすることを徹底しています。
つまり、アウトプットしながら物事を整理したり、考えを頭の中から取り出して、お客様やチームに共有し、業務を遂行しているのです。これをおこなうメリットは、大きく分けて4つあります。
- 会わなくても可
- 理解しやすさ
- 繰り返し使用可
- 証拠となる
加えて、口頭で話すのに比べ、再現可能性が高く「言った、言わない」の議論を防ぐこともできます。
「ドキュメント・コミュニケーション」が業務効率化できる理由
「ドキュメント・コミュニケーション」は、業務効率化の一助となるスキルです。
前述の中川氏は「ドキュメント・コミュニケーション」の課題としては、下記の2つを挙げています。
- ドキュメントの作成コスト
- コミュニケーションの悪影響
このことを如実に表わす調査結果があります。
2016年に実施された日本経済新聞社の読者アンケート調査で「残業時間が減らない要因」への回答に「非効率的な会議や資料作成が多い」を挙げた人が約3割に上り、最多となりました。
「時間をかけて作った資料なのに、内容が分かりにくい」「分かりにくい資料を軸にしているから、会議が一向に進まない」――作り手にも読み手にも悪影響を及ぼしているために、資料作成そのものが悪者にされてしまうのです。
こうした現状を打破するには、個人のスキル向上に加え、個人と組織にまたがる部分に「ドキュメント・コミュニケーション」のルール・原則を定めることが最も必要です。
それぞれが“自己流”でやってしまっていることにこの問題の真因があるのです。
例えば、「営業用提案資料のフォーマットを揃える」「お客様のヒアリングシートのテンプレートをロジカルに書き換える」だけで、作業時間やコミュニケーションロスを減らすなど、業務効率化、ひいては働き方改革につながります。
ちなみに「コミュニケーションのルール化」にあたっては、まず「誰が決めるのか」「全員が合意しないといけないのか」など、意思決定のプロセスをしっかり決めておくことが肝要です。
「ドキュメント・コミュニケーション」はどんな技術を要するのか
では「“人を動かす一人歩きする資料”でのコミュニケーション」を実現するには、どのような技術が必要なのでしょうか。
資料作成には、仮説思考・論点思考・ロジカルシンキング・図解思考・数字思考・文章力など、様々なスキルを要します。この“総合格闘技”的な能力を求められるのが「ドキュメント・コミュニケーション」です。
これらはすべて、あらゆる仕事に求められるポータブルなスキルであって、業界を選ぶものでもありません。
コンサルタントは「ドキュメント・コミュニケーション」を極めることで、問題解決の技法を身につけています。
彼らが資料作成を大切にする理由は「複数のスキルで裏打ちされている問題解決の技術を、ドキュメントを通して扱っている」からです。
以上をふまえて「ドキュメント・コミュニケーション」には4つの特徴があります。
- 問題解決型である
- 論理的(右脳よりは左脳的)である
- アクション思考である
- 図解・グラフを効果的に用いる
これらの特徴を最も形にしやすいアプリがPowerPointです。
ですので、ツールとしてPowerPointを使いこなすというスキルも身につけなければなりません。
「ドキュメント・コミュニケーション」を身につけるには
「ドキュメント・コミュニケーション」の身につけるには4つの流れがあります。
1つめは、資料作成のプロセスを知ること。2つめは型を知ること。これが最も重要です。
ストーリーラインや図解を毎回ゼロから考えるのは困難な作業ですが、型を活用することで、素早く的確に資料を作成することができます。
3つめが図解やグラフのルールを知ること。4つめがPowerPointなどのツールを使いこなすことです。
今年はじめに出版した拙著『PowerPoint資料作成 プロフェッショナルの大原則』では、特に「ルール」や「ツール」の部分に尽力しました。
プロセスや型に言及している書籍は、これまでにもたくさんありましたが、実際にはツールを使わずして、いいドキュメントは作れません。
この本は、すぐに「ドキュメント・コミュニケーション」に則したスライドを作成できるよう、
「資料作成の流れどおりに構成されている」
「スポーツジムの事例を用いて、一連の流れが分かるようにしてある」
「見開き1ページに1つのルールがまとめられている」
「図解やグラフのテンプレートや、事例のスライドをダウンロードできる」
といった、仕様にしてあります。
素早くスキルを身に着ける方法としては、こちらを手に取っていただいてもいいですし、私が講師をしている「戦略的プレゼン資料作成講座」2日間集中講義を受講していただくのも習得への近道になると思います。
※法人向けの研修はこちら
最近では、資料作成を禁止し、ホワイトボードやチャットアプリの使用を推奨する企業も増えています。
業務の性質がフロー型でかつ、スピード感が必要な“事業開発フェーズ”ならこれでもいいのかもしれません。
しかし、事業が拡大・効率化していくフェーズに突入すれば、「積み上げたものをどう改善するか」というストック型の業務となり、社内だけでなく、外部の大きな組織も巻き込んでいかねばなりません。
そこで、「人を動かす一人歩きするドキュメント」の存在が不可欠になります。
10枚の完璧な資料を作れなくても「1枚の分かりやすい資料」があれば、それだけで物事はぐんと前へ進みます。ぜひ、この「ドキュメント・コミュニケーション」を習得して、働き方を変革していって欲しいと思います。