先日、スポーツ包括団体として組織力の向上に向けた組織改革を進める旨を発表したJFA(日本サッカー協会)。
「満席のサッカースタジアムを作りたい」という想いのもと、日本のサッカー界全体を盛り上げるために組織改革を推し進めるようです。
この記事では、なぜJFAが組織改革をしようとしているのか、どういう組織改革をしようとしているのか、そしてJFAはどんな組織を目指しているのか、「JFAの組織づくり」について紹介します。
【人物紹介】須原 清貴 | 公益財団法人日本サッカー協会 専務理事
目次
「サッカースタジアムを満席にしたい」
須原氏:JFAは、日本サッカー界を統括し代表する団体として、「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の発達と社会の発展に貢献すること」を目的とした組織です。
日本のサッカー界全体を盛り上げ、ひいてはスポーツ界全体を盛り上げるべく、組織一丸となってさまざまな取り組みをしています。
今日、アジアのサッカーレベルはかなり上がってきていて、我々としてはそれを上回って強くなる必要がある一方で、まだまだ日本のサッカーレベルはもっと強化しなければなりません。
一応、アジアで見るとまだ組織運営がうまくいっている方ではありますが、ヨーロッパに目を向けるとまだまだで、もっともっと組織運営力を強化する必要があります。
それと、JFAにはもう1つのミッションがあります。それは「満席のスタジアム作り」です。
現状、キリンチャレンジカップを例にとっても、チケットは完売しますが満席にはなりません。ある程度の空席が生まれてしまっています。
サッカー選手にとって満席のスタジアムでプレーすること以上に幸せなことはないでしょう。
そんな環境を作り上げるためにも、我々は組織改革やガバナンス向上も通じて、マーケティングや集客などの強化を図ろうとしています。
組織強化は日本サッカーの成長のための十分条件ではなく、必要条件である
須原氏:さて、なぜ我々がさらなる組織の強化を目指しているのか、その経緯をお話しします。サッカー協会は異質なことに、外部環境の影響を大きく受けてしまう組織です。
というのも、私たちJFAはFIFA(国際サッカー連盟)、AFC(アジアサッカー連盟)に所属しており、このFIFAやAFCが何か新しい動きをとると、それにあわせて私たちJFAのプランも変更しなければなりません。
要は組織としては独立しているにもかかわらず、FIFAやAFCからのトップダウン的な決定がしばしば下されてしまいます。
そういった影響によって、スポンサーとの契約や強化スケジュールなど、さまざまな前提条件がコロっと変わってしまいます。そして前提条件が変わると、それに応じたビジネス的な側面での打ち手を変更していく必要があります。
こういった背景から、サッカー協会は大きく2つの部門に分かれます。1つは専ら「どうやって勝つか」を考える選手や監督たちの、サッカーのサイドです。
そしてもう1つは選手たちが戦いやすい環境を整えたり、はたまた経営戦略ですとか財務、経理、マーケティングについて考える事務のサイドです。
この後者に関して、この経営母体・経営基盤がしっかりして、更にガバナンスもしっかりしているかどうかというのは、サッカーで良い結果を残すための十分条件ではないけれど必要条件だと思っています。
要は、事務方が強かったら結果が出るわけではないけれど、事務方が弱ければ結果は出ないということです。
これは一般企業でも同じことが言えると思いますけども、我々サッカー協会も同じです。
日本のサッカーを成長させる上で、組織力は必要条件として強化する必要がある、そしてサッカーサイドの人たちが万全に戦える環境を整える必要があるということです。
そのため、我々はこれまで以上に組織改革を行い、それと同時にガバナンスもさらに強化していこうと決意しました。
組織改革の一環としての人事部長公募
須原氏:組織改革をするにあたって一度、ビジネス的な目線で見たときに「我々は何屋さんなんだろうか」という自問自答を繰り返しました。
もちろんサッカー屋さんであることは間違いないですが、一方で私たちはそのサッカー屋さんの中でもサービス業だと思っています。
サッカーファミリーに対して、常に楽しく安全で意味のあるサッカーをできること・楽しめること、そしてその環境を提供するという意味において、サービス業だというふうに位置付けています。
ただ、サービス業は何か目に見えるものを提供するわけではなく、目に見えないものを提供し、お客様に喜んでもらう必要があります。
その中で、本当の商品は何かというと結局「人」だと思っています。そして、このJFAで働いてくれているメンバーが実は本当の意味での商品だと考えています。
その商品を強くしていきたい、組織を強くしていきたいという意味を込めて、今回人事部長を大きく公募し、そして新たに外部の方に入っていただくことになりました。
事務サイドを強くする必要がある中で、これまでなかった人事部を作り、組織体制の整備と人の成長によって経営体制の強化を図ろうと考えています。
組織における権力、権限のバランスはどうなっている?
Q:サッカーサイドと事務サイドとで2つに分かれているというお話がありましたが、権限や権力に関してはどのように整理されているのですか?
須原氏:定款に書かれているわけではないですが、基本的にサッカーに関することはフットボーラーに任せています。
だから、例えばチームの強化はどのようにするのか、どうやって育成を進めていくのかといったことは、基本的に僕は一切口出ししません。
JFAには、そういったサッカーに関することをしっかりと議論してリードすることができる技術委員会があるので、そこに任せるようにしています。
ただ一方で、経営的な側面で見たときに、事務サイドの権限もある程度強化しておかなければ必要条件として成立しません。
事務サイドが強ければ日本サッカーが強くなるかといわれるとそうではないですが、事務サイドが弱ければ日本サッカーは絶対強くなれません。
そのため、僕はこの事務サイドに立って、組織の経営を強くし、収入増加と透明性の向上に専念しています。
Q:経営の中で、投資をする場面があると思います。その際、この投資のための判断をするのはビジネスとしての知見がある事務サイドの領域なのか、それとも現場での経験からくる知見があるサッカーサイドの人たちに任せるのか、どうされているのでしょうか?
須原氏:今回は、予算編成に関しては基本的に事務サイドが主導しました。全体の収入規模を推測し、そこからそれぞれの領域にどのくらい配分するかというのを考えて進めました。
ただ、その大まかな予算配分が決まったら、それをどう使うかは全部それぞれの領域に任せています。
とはいえ、トータルでリターンを上げていく必要があるので、そのための戦略に関しては我々経営の方でしっかり全部見ていくというやり方で進めています。
マーケティングの強化
Q:サッカーを見ることを楽しみにしているファンやスポンサーの企業、また日本代表を排出しているクラブチームなど、日本代表の試合にはさまざまな種類の顧客がいると思いますが、そのそれぞれの顧客に対してどういうマーケティングをしているのか、どういうサッカーを見せていくのかというお話が聞きたいです。
須原氏:このマーケティングは我々にとっても大きなチャレンジの1つです。スポンサーさんとの関係という側面とエンドユーザー、いわゆる試合を見てくださるお客様という2つに分けてお話します。
対スポンサーに関しては、このわずか12カ月の間で自分の中でもさまざまな試行錯誤を繰り返しています。
スポンサーさんから投資をしていただく中で、私たちはどんな付加価値を提供できるのだろうか、彼らが私たちに投資するメリットは何なのかという点に関して、最初はROI(投資利益率)だろうと思っていたのですが、最近は必ずしもそうではないのではないかと考えています。
じゃあ何がそうではないのか。
スポンサーの方々がなぜ私たちを応援してくれるのかと考えたときに、日本代表が強くなるという直接的な要因と、あとはグラスルーツも含めた日本サッカーそのものがどんどん盛り上ることを期待してくれているという間接的な要因があると考えています。
我々はこの後者に注目しています。この後者に関して、スポンサーの方々はサッカー界が盛り上がることでそのスポンサーとしての価値も上がるという、期待も込めた投資をしてくださっているのだと考えています。
つまり、サッカー全体が盛り上がった時に、同時にスポンサーのファンも増え、彼らの私たちへの投資が報われるという話になります。
対エンドユーザーに関しては、今は顧客理解を深めています。
誰がどういう楽しみ方をしているのか、何がフックになってサッカーに触れ合うのか、またそのエンゲージメントは高いのか低いのかというのを1つひとつグルーピングして分けて、それぞれにマーケティング戦略を打ち出そうと考えています。
いろいろなチャレンジをしながら、Jリーグと一緒になって、エンドユーザー、サポーターの方々の思いを理解できるような取り組みをしていきたいと思っています。
そして、どういうタイプのお客様がいるのか、そして彼らはどういった時にサッカーに触れ合うのかを整理して把握することで、もっと意味のあるサービスを提供できるだろうと考えています。
サッカー協会ならではの組織改革の難しさ
Q:スポーツ団体、サッカー業界ならではの組織改革の難しさといったものはありましたでしょうか?
須原氏:まず、一般企業との比較においてサッカー協会の場合はKPIの設定が複雑です。
例えば、何かの大会で優勝すると、「〇〇監督すごいね」「〇〇選手すごいね」となりますが、「JFAすごいね」とはなりません。
とはいえ、初戦で負けたり、ふがいない結果を出してしまったりすると、「JFAがよくないのじゃないか」という意見も頂戴します。
じゃあJFAとしての収入を上げればいいのかといわれるとそういうわけでもありません。一方でこれは逆もしかりで、収入が下がったら怒られてしまいます。
こう考えたときに、そもそも組織としての評価があってこそチームやメンバーの評価につながるので、このそれぞれがしっかり繋がっているかどうか、繋げたうえでどう全体としてのKPIを設計するのかにいつも悩まされています。
例えば育成年代の指導者は、U-20やU-17世代は、その世代の大会で勝つことが最終目的ではなくて、彼らがどんどんビルドアップした結果、最終的に日本代表としてワールドカップで勝つことが最終目的であり、そのために今育て上げているわけです。
だから、仮にU-20、17の大会で優勝したとしても、それはとても素晴らしいことですが、必ずしも成功ではありません。そこでピークアウトしてしまうと本末転倒です。
そう考えると、彼らは一概に勝てばいいのかといわれるとそういうわけではなくなってきます。
したがって、最終的にこれはアートの世界なのだと考えています。サイエンスで1+1=2で割り切れない世界がそこにはある、という難しさも同様にあります。
サッカー協会にはまだまだ伸びしろがある
須原氏:サッカー協会が持っているリソース、特に人的リソースを考えたときに、一般的な企業経営・組織経営と比べて大きな伸びしろがあると考えています。
それは経営戦略だとか財務、経理、マーケティングといった分野にもあてはまります。いわゆる、組織的な側面でもまだまだ大きな伸びしろがあると考えています。
したがって、この人的リソースを活用しながら組織を強化していき、サッカー界を盛り上げるための必要条件を整えるべく、この団体の経営にあたっています。
編集後記
JFAは今後、組織改革を進めて経営体制の構築、ガバナンス強化を進めていきます。
今回はその端緒として人事部長公募を実施しましたが、今後はサッカー界を盛り上げるためにさまざまな仕掛けを繰り出してくるでしょう。
いつか須原氏のいう満席のスタジアムが実現する日も近いかもしれません。HR NOTEでは今後もJFAの動向に注目していきます。