2021年までに普及率を35%まで引き上げることが計画されているテレワーク。
国をあげて推進している中で、テレワークを導入することで企業に起こる変化やメリット、運用時の注意点などを気にされている人事担当者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで、テレワークプラットフォーム「moconavi」を提供する株式会社レコモットの代表東郷剛氏に、日本におけるテレワークの現状から、懸念する企業も多いであろう「情報漏えいのリスク」についてまで、網羅的にお伺いしました。
働き方に対する個人の考え方が変化し続けている昨今、多様な働き方に興味をお持ちの人事担当者の方におすすめのインタビュー記事です。
目次
【人物紹介】東郷 剛 | 株式会社レコモット 代表取締役CEO
1996年 ディー・アンド・ビー・テクノロジー・アジアにて、国産ソフトウェアベンダのでマーケティング職に従事。2005年に旧親会社の元で創業し、代表取締役CEOへ就任。2010年 旧親会社から全株式を取得して独立し、レコモットに社名を変更。
テレワークの普及率は現状19.1%。導入が増えた背景とは?
-そもそも、テレワークはどのような働き方なのでしょうか。
東郷さん:テレワークの定義は、「ICT(情報通信技術)を活用し、時間と場所にとらわれることなく働くことができる柔軟な働き方」とされています。
つまり、働く方の性別や年齢、住んでいる場所にかかわらず、多様な生活スタイルに合わせて仕事ができる働き方ということになります。
テレワークは大きく「在宅勤務」「モバイルワーク」「サテライトオフィス勤務」という3つの形態に分かれています。
【テレワークの3つの形態】
- 在宅勤務…オフィスに出社せず、半日~1日と多くの時間を使って自宅で仕事をする働き方
- モバイルワーク…外出先や出張先といった会社以外の場所(たとえば公共交通機関内やカフェ)で仕事をおこなう働き方
- サテライトオフィス勤務…共同のワークスペースなどを利用して仕事をする働き方
働く人の労働条件やライフスタイルによって、3つの形態のうちどの手段を選ぶかは変わってきますが、どれも時間と場所に制御されずに働くことができ、国としても制度としてテレワークを導入することを推奨しています。
取材時に提示した「平成 30 年通信利用動向調査の結果」の資料
-総務省のデータによると、現状のテレワークの普及率に関して、2017年には普及率17%、2018年には19%と上昇しています。これについて東郷さんはどう思われますか。
東郷さん:政府が働き方改革を推進するようになってから、大企業を中心にテレワークを導入する企業が増えたと感じます。
また最近は、2020年のオリンピックに向けて総務省が「テレワーク・デイズ」を実施したこともあり、普及率の伸びが高まったのではないかと思います。
取材時に提示した「平成 30 年通信利用動向調査の結果」の資料
-テレワークを導入している企業の内訳を見ると、産業別で大きくバラつきがありますね。
東郷さん:たしかに、導入しているのは、金融・保険業、そして情報通信業といった業種が多くなっていますね。一方で、社数が多い建設業や製造業の企業でテレワークを導入している企業は少ない。
また、金融・保険業が多くなっていますが、この点はひとつポイントがあって、「保険代理店」がテレワークの普及率を底上げしていると考えられます。
損害保険や生命保険の営業は、外回りで会社から出ることがありますよね。こういった外回りをする営業が多い企業は、「モバイルワーク」に向いています。モバイルワークを活用すれば、ノートパソコンや専用タブレットを会社が配って、外出先で仕事をすることができますからね。
ですので、金融・保険業のテレワークの普及率が高いといっても、たとえば銀行に絞ると一気に下がったりと、業界の内訳によっても普及率に差が出てきます。
-テレワークの普及率が上がっている産業に関しては、数字が伸びている理由があるのでしょうか。
東郷さん:大きな理由は、「生産性の向上」を重要視する企業が増えたためではないでしょうか。
「少子高齢化」や「人手不足」「成長の鈍化」といったネガティブなワードをよく聞くようになり、「もっと生産性を上げなければ生き残れない」という危機感を持つ企業は多く存在するかと思います。
テレワークを導入すれば、お客様先へ向かう途中の移動時間にメールやスケジュールをチェックできたり、チャットで社内の人とやり取りしたりできます。通勤時間も同様に会社にいない時間を有効活用できるため、移動時間・通勤時間の短縮は、生産性の向上にもつながると考えられます。
生産性を重要視している企業の中で、従業員数が多く社会に大きなインパクトをもたらす大手企業を筆頭に、次々と導入が進んでいったのでしょう。
東郷さん:また出産・育児など、やむを得ない事情によって会社に通うことが難しくなってしまった人が、会社に来ずとも仕事ができるという面でもテレワークは注目されています。
たとえば、優秀な人材であったにもかかわらず、育児のために出社できない人がいたとします。先ほども言ったように、企業は生産性を高めていかなければならない中で、成果を出す人材が減ってしまうのは望ましいことではありません。
今までは休みを取るか退職するかしか選択肢がなかった状態から、自宅で作業をする選択肢を増やすということで、テレワークを活用した働き方は評価されています。
数年前から、テレワーク実現の機能はあった。でも、導入する企業はほとんどゼロ。その理由は…
−日本社会が変化する中で、テレワークは注目を集めていったのですね。東郷さんがレコモットを創業された2005年時点のテレワークの普及状況は、どのような感じだったのですか?
東郷さん:2005年当時はインターネットの普及は進んでいたものの、スマートフォンもなく、テレワークという言葉自体がありませんでした。
ただ、「モバイルワーク」をおこなうために必要な技術自体は、2005年くらいからあったんです。通信スピードは今と比べると遅かったですが、PHSでモデム通信を利用して外にパソコンを持ち出してメールの返信をしたり、携帯の簡易ブラウザでスケジュールを確認したりと、簡単な作業くらいはできましたね。
2008年にiPhoneが登場してからはネットワークの速度がぐっと速くなったので、通信を含めたモバイルワークの環境は格段に良くなりました。2010年頃から、スマートフォンや高速なモバイルインターネットを使って外出先で仕事をする人が出てきたなと考えています。
-技術的な進歩は10年前から進んでいたのですね。
東郷さん:そうですね。テレワークができる環境は随分前から十分に整っていたと思います。
ただ、それでも現状テレワークを導入する企業がまだまだ少ない要因は「文化の問題」があるためでしょう。というのも、日本はもともと製造と建設業で成長してきた国であり、現場での仕事が重要視されてきました。
たとえば、始業と終業、休憩の時間が統一されているといった特徴は、従業員を時間と場所で管理し、みんなが同じ働き方をすることが当たり前ということを意味します。
一方でテレワークの場合「目に見えないところで、それぞれ違う働き方をされては不安だ」と感じる経営者や上司が多い傾向があったため、いくら通信環境が整っていても、従業員が会社以外の場所で働くことを許可できない企業が多かったんです。
東郷さん:それが今になってようやく「テレワークを導入しましょう!」という風潮になりつつあるのは、個々人の働き方に対する考えが変わってきたこと、政府が国をあげて働き方改革を推進するようになったことに加えて、企業が生産性を上げないと生き残れないと本気で考えたからでしょうね。
働き方改革は、「終身雇用」「年功序列」といった日本企業特有の労働環境では国の成長が見込めないとして、企業の生産性をより高めるために、2016年くらいから提唱されるようになりました。また、長時間労働による過労死が問題となり、働き方の改善に乗り出す企業が増えたと感じています。
-それでも未だに製造業や建設業は普及が進んでいないと言われていますが、何か特別な障壁があるのでしょうか。
東郷さん:一番の要因は、「現場での作業が多い」ためでしょうね。現場というのは、工場や工事現場のことです。
その場にいなければ仕事が進まない業態であるがゆえに、場所を離れて作業するテレワークの定義に向いていないというのが、普及が進まない背景にあるでしょうね。
ただ、一概に建設業や製造業がテレワークできないというわけではないと思っています。たとえば、現場の写真を送ることによる進捗報告や、作業終了の連絡を本社に送信するといったことは、これはもう立派なモバイルワークだと言えます。
このように視点を変えて、現場もリモート環境と捉えればそれはモバイルワークであり、ツールを活用すればさまざまな作業をおこなうこともできるということです。テレワークの定義を広義に捉えれば、建設業や製造業の世界でもテレワークはすでに広がっているのではないかと思います。
実際に当社のお客様でも大手のゼネコンや製造業のお客様が多く存在します。ただし、中小の製造業や建設業への普及はまだ少ないと感じています。
どう定義するかでテレワークの普及率は変わる。注意すべきは、導入することを目的化しないこと
-東郷さんが考えるテレワークとはなんでしょうか。
東郷さん:私の考えとしては、テレワークとは「デジタルなワークプレイス」です。ITを活用して、場所と時間にとらわれず柔軟に働くことができる手段となるのが、テレワークだと思っています。
手段と言いましたが、最近はテレワークをやることが手段ではなく目的化してとしている企業が増えていると感じます。
そもそも働き方改革が推進されるようになったのは、国全体で労働生産性を上げるためです。その手段として注目され始めたのがテレワークという前提となる背景があります。
ところが、最近は「テレワークを導入している」という事実が評価されやすく、本来の目的を見失っている企業が多いように感じます。
極端な話を言えば、すべての企業・従業員がテレワークをする必要があるとは思っていません。
例えば実際のオフィスでの業務や、対面でのコミュニケーションのほうが、高い生産性につながるケースも多いです。つまり、テレワークもオフィスワークも、企業の生産性を上げるための手段であり、選択肢だと捉えるべきなんです。
-ちなみに、今年おこなわれた「テレワーク・デイズ」の取り組みは、テレワークの導入を促すイベントでしたが、東郷さんはどうお考えですか?
東郷さん:テレワーク・デイズはテレワークの普及率の向上に効果的な取り組みだと思います。
テレワーク・デイズがおこなわれた背景には、オリンピック開催期間に通勤が混乱だろうと予想されているためですよね。東京オリンピックといったイレギュラーなイベントがある際に、テレワークは混乱を解消する効果があると思います。
テレワーク・デイズと銘打ってイベント化することで、イベント前後の企業内の変化を比較しやすくなる点でも、企業にとってのメリットもあるのではないかと思います。
-オリンピックの期間でなくても、テレワークができることで通勤時にストレスを感じる人は減りそうですね。
東郷さん:その通りだと思います。
通勤ラッシュを避けるためにメールを自宅でチェックした後に少しゆっくり出社するだとか、逆に朝早く来て早めに退勤するといった柔軟な働き方を実現するには、制度だけでなく、テレワークの環境整備が不可欠ですし、従業員の肉体的・精神的なコンディションにも良い影響を与えると思います。
一般のビジネスマン、テレワークビジネスマン、フリーランステレワーカーという勤務形態の異なる三者を対象実施されたアンケート調査では、テレワーカーがより幸福度が高いことがわかりました。
ストレスを抱えながら通勤するより、自分の生活スタイルに合った働き方ができるほうが、間接的に生産性の向上にもつながるのではないでしょうか。
-他になにか、テレワークによる効果やメリットはあるのでしょうか。
東郷さん:採用にも良い影響があると思っています。
たとえば私たちの会社でいうと、採用ページに記載されている社内制度の中のテレワーク環境の整備とフルフレックスといった柔軟な働き方を目的に応募してくる求職者の方が多いです。
やはり、働き方に対する個人の意識が変わってきている中において、比較的自由に働くことができるテレワークは、求職者が魅力的な制度だと感じるのかもしれません。
テレワークは、企業の成長に貢献するだけでなく、従業員の満足度も高める制度だと思っています。
まずは「意識の変革」それから「情報収集」を。テレワークは導入する際におこなうべきこと
-さまざまなメリットがあるテレワークを導入しようとなった際に、企業はまず何から始めればよいのでしょうか。
東郷さん:テレワーク制度を取り入れる際にやるべきことは2つあると思っています。
1つ目は、「意識の変革」です。トップが「テレワークを導入しよう!」と主張しても、現場のマネージャーがテレワークにネガティブな印象を持っていたり、労働生産性の向上につながることを理解していなかったりすれば、制度の効果が見込めなくなってしまうかもしれません。
具体例として「従業員が目に見えない場所で働くことに対する不安」がありますが、「1週間のうちこの曜日のこの時間は定例会議をおこなう」といったルールを設けることで不安は解消されるかと思います。
1週間でまったく会わないといったやり方ではなく、上司と部下が対話する時間を作ったり、報告・連絡・相談といった基礎的なコミュニケーションを可視化したりと、工夫次第でテレワークに対する懐疑的な感情は解消できるのではないでしょうか。
東郷さん:また、「情報収集」も大切です。外出先で社内情報を扱うことになるテレワークは、企業情報が社外に漏れてしまうのではないかと懸念する企業は多いでしょう。
大企業では、テレワークに関する情報収集やリスクの調査を入念に行った上で、ITツールの導入を検討するケースが多いですが、一方で特に中小企業は、十分な情報収集をせずにテレワークに対してネガティブな印象を持っているケースが多いように感じます。
これは、先ほど言った働き方改革関連法の適応対象が大企業のみであるということが関係しているのかもしれません。現時点で適応外の中小企業はテレワークの必要性と情報収集に重きを置いていないのだと思います。
ただ、実際には私たちのサービスのようにテレワークによる情報漏えいを防ぐツールが存在します。社内データの共有や、社員とのメッセージのやり取りをしても、端末自体にはそのデータが残らない仕組みになっています。
来年の4月には中小企業に対しても働き方改革関連法が適応されますし、今の時点で私達のようなリモートアクセスサービスを扱う企業がしっかりと啓蒙していかなければならないと考えています。
-東郷さんは、テレワーク普及の今後について、どういった考えをお持ちですか?
東郷さん:政府は2020年までに普及率を35%という目標を掲げていますが、達成は難しくないと思っています。
現在普及が進んでいないと言われている製造業や建設業に関して、視点を変え「モバイルワーク」が浸透していくことでテレワークが普及していくのではないかと考えるためです。
在宅勤務やサテライトオフィスでの作業ではありませんが、リモートアクセスツールを活用してスマートフォンやタブレットからモバイルワークをおこなうことは可能です。
重要なのは、先ほど申し上げた「意識の変革」と「情報収集」です。この2つを実践する企業が増えれば、国全体のテレワークの普及率はぐっと上がるのではないでしょうか。
時間と場所に捉われないテレワークは意義があると思っていて、私達の会社も強く推奨しています。テレワークの目的は生産性の向上。「テレワークを導入すること」を目的化せずに、企業の成長を目指して導入に前向きになってもらえるといいなと思います。