
昨今、人事業務における「データに基づいた意思決定」の必要性が高まる中で、「因果分析」の手法が注目されています。
そこで今回は、国内大手マーケティングリサーチ企業グループのインテージホールディングス様に、エンゲージメントサーベイの因果分析に関する取り組み事例について取材をおこないました。因果分析の意味や、サーベイに因果分析を活用する利点などを知りたい方はぜひご一読ください。

登場人物今井 輝夫氏株式会社インテージホールディングス 経営企画部 人事企画グループ
新卒で大手総合物流企業に就職。社会保険労務士事務所に転職し人事系のキャリアをスタート。その後企業人事としてSIer、自動車部品メーカーで採用、研修、人事制度、海外人事等を担当。電子書籍のベンチャー企業に一人目の人事として入社し、組織の拡大に伴う様々な人事課題に対応。その後CHROとして人事領域を管掌。2022年よりインテージホールディングスに入社。従業員エンゲージメントサーベイなど海外を含めたグループ会社横断の人事企画に従事。
目次
マーケティングリサーチのリーディングカンパニーが取り組む因果分析とは

― インテージホールディングスの事業概要について教えていただけますか?
インテージは、マーケティングリサーチを専門とする会社です。「ものを売る」「人に情報を届ける」といったマーケティング活動の土台となるデータを、クライアントに提供しています。
提供するリサーチサービスは、「パネル調査」と「カスタムリサーチ」に大別されます。パネル調査は、小売店や消費者を対象にした定点観測型の調査で、継続的に市場の動向を把握するのが特徴です。一方、カスタムリサーチは、クライアントのニーズに応じて設計されるオーダーメイド型の調査となります。
取引先は主に2つの分野に分かれ、ひとつは化粧品や飲料などの消費財・自動車や家電などの耐久消費財を扱うメーカーやサービスを提供する企業、もうひとつは医薬品の販売・開発を行う企業です。これにあわせて、消費財・サービス領域を担当するのが主に株式会社インテージ、医薬品領域を担当するのが主に株式会社インテージヘルスケアです。
さらに、システム開発やビッグデータの解析を担う株式会社インテージテクノスフィアもグループの一員として位置づけられています。
― 今井さんのご経歴も教えていただけますか?
インテージグループは、海外含めて28のグループ会社があり、それぞれに人事部門(または人事担当者)を置いています。私はホールディングス付の人事として、グループ横断の人事企画を担当しており、サーベイやグループ共通研修、グループ共通の規定策定などに携わっています。
私は1社目の物流会社を除き、20年以上にわたって人事の仕事に携わってきました。これまでに、社会保険労務士事務所での労務実務を皮切りに、部品メーカー、電子書籍の販売会社、SIerなど、さまざまな業種で人事職を経験しています。
担当してきた業務領域は、人事労務、採用、人事制度、組織開発など多岐にわたり、特に上場企業における組織開発に関心を持ったことが、現職に就くきっかけとなりました。現職では、2025年で4年目を迎えます。
なお、ホールディングスの人事は私を含めて3名在籍しており、グループ会社それぞれに人事部門が置かれています。今回お話するエンゲージメントサーベイ分析は、国内グループ会社を横断して取り組んだときの話です。
エンゲージメントの因果分析とは
― はじめに、「因果分析」と「相関分析」の違い、定義について教えていただけますでしょうか。
相関分析は、データ(各変数)の関連性の強さを分析する手法で、そこには因果という概念はありません。
一方、因果分析は、変数間の因果関係を想定したモデルを設けて、それが妥当であるかどうか、またそれぞれの関係の強弱の程度はどうかを統計的に明らかにする方法を指します。
我々はマーケティングリサーチを生業にしているため、日ごろから様々な分析手法に取り組んでいます。サーベイ結果における変数の全体的な関係性を明らかにするために、因果分析が必要だと考え、実施することになりました。また、海外でトライアルの機会があったことも因果分析をはじめまたきっかけの1つです。
― 以前は、どのようなサーベイ分析をおこなっていましたか?因果分析に着目した理由を教えてください。
以前は、各変数を1つひとつ分析をおこない、2つの変数の相関関係を継続的に追いかけてきました。しかし、相関分析を数年続けても、さほど変化が見られなかったため、別の示唆を入れるために因果分析に取り組むことになりました。
人事領域では、「あの人はいつもこうだ」「会社は多分こうするよね」など、感覚や推論で判断するケースが少なくありません。長年の人事経験に基づく判断を完全否定するわけではありませんが、感覚だけで経営を動かすのは難しいものです。
一方、因果分析は、ファクト(データ)に基づき統計的な分析手法を用いてロジカルに結果(仮説)を示すことが可能な手法です。経営陣をはじめ、社員に説明責任を果たすうえで有効であり、人事自身が納得感を持って人事施策をおこなうためにも必要だと考えました。
相関分析は、変数間の関連性の強さを示すものですが、因果分析を用いればデータ全体の因果構造が可視化されます。示されたデータの構造や数字を根拠に、ロジカルに物事を考えて経営戦略や人事施策に落とし込むことは、非常に効率的だと思いました。

― Vision Suggestの概要をお伺いしたいです。
「Vision Suggest」とは、データから因果構造仮説を可視化して、インサイト(洞察)を提供するインテージの因果分析サービスです。因果分析により原因と結果の構造が可視化されるため、施策の最適化と改善に活用できます。
例えば、植物由来のヴィーガンナゲットという商品に関して、「植物由来だから人気だ」「エシカルだから買いたい」「美味しいから食べたい」など、複数の要因がある中で、もっともブランディングに寄与している要因を特定することが可能です。
各要因の構造と因果関係を抽出することで、最も消費者の魅力につながっている要因を明らかにして、マーケティング活動に活かせます。

もう1つ、人事領域の例を挙げてご説明します。例えば、「働きがい」を向上させる要因は複数存在しており、「仲間がいること」「給与が高いこと」「会社のビジョンが明確であること」といった要因が考えられます。どの要因が、最も「働きがい」に影響を与えているかについて明確にできることが、「Vision Suggest」の特徴です。

上記のイメージ図では、「達成感」に対して他の要因から矢印が向いています。反対に、達成感から他の要因に矢印が向いておらず、達成感が最終的な結果になっていることが読み取れます。
達成感を高めるためには、「心理的安全性」「成長実感」「組織としてのチャレンジ推奨」「プロフェッショナリティ」などを高める必要があり、分析結果の数字が大きい方がより影響度が大きいと考えられます。
ここで、「達成感」を高めるために、矢印が向いている「成長実感」の要因に対して施策を検討してみましょう。
分析結果を見ると、成長実感の要因に向いている矢印が存在しないことに気付きます。それよりも、「プロフェッショナリティ」に影響を与えている「顧客意識を上げる」の要因に施策を講じたほうが、結果として「達成感」向上に寄与することがわかります。
このように、それぞれの関係性と全体構造を明らかにすることで、人事施策のポイントが見えてくるというわけです。
― 優先順位をつける際に、因果関係の結果が活用できるのですね。
仰るとおりです。人事の勘を頼りにすると、恐らく「勤続年数や年齢、性別が、達成感や成長実感に影響を与えているだろう」などと考える方が多いのではないでしょうか。
しかし、因果関係の結果を見ると、性別、役職、年齢、勤続年数などは、直接的に達成感や成長実感などに影響を与えていないことが分かりました。属人的な勘、感覚に頼りすぎず、ファクトと突き合わせて考えることが非常に重要だと思います。
人事ならではのバイアスを捨てて因果関係を経営に活かす

― これから因果分析に取り組む会社にとって、何が課題になると思いますか?
まずは相関分析、因果分析の概念や違いについて理解することが、最初の壁になると思います。実践前に、各分析手法の特徴をおさえて、それらの分析で得られる成果や重要性を腹落ちさせることは少々難しいかもしれません。
もう1つ、因果関係のハードルとして挙げられるのが、自由回答の活かし方です。当社が取り組んだ当時、今ほどAI活用が進んでいなかったこともあり、約3,000名ほどの自由回答を読み込んで代表的なワードを約20個抽出してラベリングをおこないました。
現在、AI活用が普及してきたため、自由回答をAIに読み込ませれば瞬時にラベリングが可能になりましたが、サーベイ結果のような機密情報をAIに入れる際、セキュリティ観点を鑑みると、一定量の手作業・目視確認が求められます。自由回答の分析、活用次第で結果が変わってくるため、ここの取り組み方は各社で検討が必要だと思います。
― 因果分析をおこなう際、専用のシステム利用は必須でしょうか?
何かしらの分析ツールを活用するか、あるいは分析の専門家に依頼する方法が一般的だと思います。今回、我々が取り組んだ際も、サーベイ結果を専門家に解析を依頼し、20パターンほどのモデルを提示いただきました。各モデルに対して「この矢印の向きは現実的だ、間違っていそう」などとコメントをして、最終的なデータを出していただく流れで進めました。
今後、エンゲージメントサーベイを販売する会社に、このような分析サービスをセットで提供いただけると良いなと思います。
― 因果分析を進めるうえで工夫したポイントを教えてください。
分析結果を受け取った際、自分のバイアスにとらわれないことを意識していました。「勤続年数は社員の成長に影響するはずだ」等といったある意味確信的な思い込みと、実態のデータに乖離がある時に、そのことを恐れず、ファクトを受け入れることがポイントです。
もう1つ、私が大切にしていることは、“因果分析結果から得た示唆と経営課題の紐づけ”です。例えば、当社の経営課題の1つに「グループシナジー」が挙げられます。今回のサーベイの因果分析において、何かしらグループシナジーを生むことに軸を置き、検討する必要があると考えます。
経営課題と人事課題の連携性は、当然必要なのですが、結果的に組織目標と距離のある施策を講じてしまうケースは少なくないと思います。経営課題を解決し、企業価値向上を目的とした因果分析をおこなうことがポイントになると思います。
― 今回の因果分析結果を見て、経営陣や社員からどのような感想がありましたか?
経営陣からは、一定の評価をいただきましたし、因果分析に基づいた施策を行い続け、最近になってエンゲージメントサーベイの項目の中で良化傾向を示しているものも複数あります。引き続き、定期的なエンゲージメントサーベイの結果を注視し、フィードバックを繰り返しながら取り組んでいこうと思います。
エンゲージメントサーベイを含めて、各人事施策が一方通行にならないことも留意したいですね。またサーベイの高い回答率を維持していくために、私たち人事の発信力強化も課題の1つだと考えています。
“働きがい”の因果関係を見出し、会社の成長や社会貢献を目指したい
― 今回の分析結果を受けて、今後どのような取り組みを進めていきたいですか?
私個人が掲げている展望としては、世間で注目されている「働きがい」と、他要因の因果関係を調べていきたいと考えています。人々の「働きがい」は、株主やマーケット、働く個人などから求められる重要テーマであり、IRの文脈でも説明責任があります。
「働きがい」に対して、どんな矢印が向けられているかを解明できれば、社員の働きがい向上に寄与し、ひいては人々が活躍できる社会づくりに繋がると考えています。
当社だけでなく、様々な会社で「働きがい」の要因を分析し、働きがいを向上できれば、それぞれの会社の価値が高まって成長できるはずです。その成長サイクルが回っていけば、人々が活躍する社会が実現し、経済効果も期待できるでしょう。このように、因果分析を切っ掛けとして、社会貢献に繋がれば嬉しいです。
― これから因果分析に取り組む人事担当者には、どのようなスキルが必要だと思いますか?
巷でよく「虫の目、鳥の目、魚の目が大事」と言われるように、バランスの良い視点を持つスキルが重要です。
投資家はどう考えるか、経営陣はどう見るのか、そして目先のオペレーション業務はどうするのかなど、様々な角度から物事を見る力が試されると思います。
また、フットワークや好奇心も重要なキーワードですね。むしろ、人事以外のインプットもしたほうが良いのかもしれません。
― 最後に、HR NOTEの読者へメッセージをいただけますか?
人的資本、従業員エンゲージメントという言葉もかなり浸透してきていると感じています。この流れによって人事から経営への提言のチャンスが拡大していくのではないでしょうか。
因果関係を活用することで、数字をもって、且つロジカルに従業員エンゲージメントを可視化し、経営に踏み込んでいけると期待しています。人事から直接的に企業価値向上に貢献出来ればいいなと思います。

