本記事では、株式会社INDUSTRIAL-Xが2023年12月15日に開催した『Conference X in 東京2023』のスペシャルセッションに関する内容をまとめたイベントレポートをご紹介いたします。
原 尚子 | 株式会社ANA総合研究所 専務取締役
1986年ANA入社。販売企画部門でマーケティングを経験。2000年よりIT領域。ANAグループITガバナンスの基盤を構築。上流工程の重要性を提唱。2013年ANAシステムズ(株)にて開発運用を経験し執行役員。2021年ANA執行役員、兼ANAテレマート社長。CX/DX経営戦略策定。2023年より現職。
八子 知礼| 株式会社INDUSTRIAL-X 代表取締役CEO
1997年松下電工(現パナソニック)入社、製造業の上流から下流までを経験。その後複数のコンサルティング企業に勤務し、2016年(株)ウフルに参画、様々なエコシステム形成に貢献。2019年(株)INDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役を務める。クラウドやIoT、DXの分野で多数の企業を支援。
講演の概要
DXの先にある “産業の未来” を描き、発信することをテーマに開催されるConference Xは株式会社INDUSTRIAL-Xが主催する今年で8度目の開催となるイベントです。
Conference X in 東京2023スペシャルセッションでは、株式会社ANA総合研究所専務取締役の原尚子さんと、株式会社INDUSTRIAL-X代表取締役CEOの八子知礼さんによる対談がおこなわれました。
デジタル化とは、勘や経験、コツといったそれまで人が「感性」で判断してきたことを「数値化」することであると言います。
同講演では組織マネジメントの観点から、「数値化」が必要な領域を判断する視点、そしてデジタルを活用する「感性」とは何かという問いを、原さんのご経験を交えながら議論されました。
デジタル化・システム化が組織に必要とされる背景
まずデジタル化やシステム化は本当に必要なのかという問いについて考えていきたいと思います。原さん、いかがでしょうか?
デジタル化やシステム化は業務効率を高める一方で標準化でもあります。
そのため、現場の中で属人化しているものや自社の価値観やカルチャーを鑑みずにシステム化してしまうと自社の競争優位を失うリスクも生じます。
デジタル化というと、この技術を使って何をしようというプロダクトアウトの発想になりがちですが、自社が顧客に提供している独自価値は何かをマーケットインの発想で思考することが大切であると思います。
氷山と同じで、デジタル化すると水面下で実態が分からなかった要素が顕在化しますよね。デジタル化する領域を増やすと、誰でも分かりやすくなる一方で、水面下の部分がないと競合に真似されてしまうというリスクもありますね。
事業は同じであっても、成り立ちやビジョンが違えばカルチャーも違うはずですよね。競合と比較して何が自社の価値なのかを考えることが重要だと思います。
システム部門ではない人は、デジタルを打ち出の小槌だと思っている場合も多いと感じます。
非定型業務の面倒事は、システム化によって解消されると思われがちですが、システムに置き換えられるのはルール化できる業務のみであるという前提が抜け落ちているんです。
たとえひずみが生じてもルール化、数値化をしてシステムで代替するのか、あえて非定業務を残しておくべきのかという視点を持って決断する必要があると思います。
全てシステム化することはできないという現場の状況を、経営陣も理解していらっしゃるのでしょうか?
理解しようとしていると感じる一方で、現場での客観的な評価には乖離があるとも思います。
そのため、言語化できていない行動基準があるということを積極的に訴えていきたいと感じているところです。
カルチャーや業務の性質など、様々な要素の相関関係を見据えて判断することが重要であるという点を心得たうえで、経営は特に何に重点を置いてデジタル化の判断をおこなえば良いでしょうか?
文化や独自価値を残すために、どの程度、人的資本に投資する必要があるのかということを判断していただきたいなと思います。
同時に、IT部門はIT部門で、その投資の必要性を経営に対し客観的に示して説得する必要があると思っています。
デジタル化における組織課題を乗り越えるには
システム化する中での反発はありましたか?
システムを入れることに対する反発よりも、システムを入れた後の定着化のフェーズで反発が生まれることが多い印象でした。
導入の上流工程の段階でシステムで解決するべき課題の要件定義が甘かったことが要因ではないかと考えています。
たとえば、人事システムを選ぶ中で、簡素化したい部分の優先順位や自社の特徴のどの点に注意する必要があるのかを明確に定める必要があるでしょう。
しかし、表面的な機能の多さやパッケージプランのお得感に流されて安易な導入を進めてしまった場合、結果として自社に馴染まない事態が発生し、システムそのもの、あるいは、システムの開発者が悪者になってしまうというケースがあります。
批判までは受けなかったにしても、実際の現場が使いにくさを感じながら運用をおこなわなければいけない可能性もありますね。
人的コストを削減したいのにも関わらず、使いにくいシステムで結果的に人的コストが増えるということも発生しかねません。
IT部門はシステムが主語、現場はユーザーが主語になってしまいがちなので、そのまま議論を進めると当然思想が擦りあわずうまく運用できなくなってしまうと思います。
実際に、ANAはIT部門と現場との意識乖離をどう乗り越えて来たのでしょうか?
現場の人間をシステム開発のプロジェクトにアサインし、意見を交えながら取り組んでいきました。
ただ、システムの専門用語を理解していない現場側が、要望を言語化する段階に苦戦する場合も多くあります。
もしかすると、今後生成AIを取り入れることで、現場の主観ベースの要望をシステム部門に体系的に示せる状態に落とし込んでいける可能性もあるのではないかとも期待しています。
経営と融合するためにIT部門が経営に示すべきことは何だと考えますか?
「クラウドシステムが良いらしい」というような具体的な手法の存在やを経営層も認知している一方で、実際に経営が中身を理解していないという場合もあります。
たとえば住宅であれば、注文住宅、建売住宅、マンションでコストやニーズへの合致などそれぞれ一長一短があると思いますが、システムもこれと同様で一長一短があるものです。
そのため、きっと理解しているだろうと思い込まずに、たとえ基礎的な部分であっても適切な投資判断を仰ぐために必要な情報は詳細に提供することが大切だと考えます。
経営者やマネジメント層が持つべき視点
効果があると論理的にも理解している一方で、DXに対する「怖い」という先入観からなかなか取り組めないという様子が散見されます。この状況はなぜ起こると考えられますか?
ITコストは莫大な投資を伴うので、コスト面で心理的な障壁があるというのは一理あると思います。一方で、世代からくる思考バイアスも要因としてはあるのではないかと予想しています。
デジタルネイティブ世代はデジタルを前提とし、「使いこなそう」という思考回路の場合が多い一方で、そうでない世代は、潜在的にアナログがデジタルに「置き換わる」という意識を持っているために「人でやればよいのでは」という思考に向かいがちです。
経営側も投資を判断する際は、「単なる業務の置き換えではなく、中長期的に違う価値を生み出す可能性があるか」という視点を持ってシステムに対峙することが大切かもしれません。
「感性」で捉えていたものが、デジタルに置き換わり「数値化」されることに対しての社内の反応はいかがでしたか?
自分の仕事が失われる可能性があるからシステムに反対する人も中にはいました。
実際に現場時代には暗黙知で行動を決断することが行われていましたが、属人化した判断基準や判断軸では、対応者の人件費でしかコスト算出をする際の定量的な判断ができなくなってしまいます。
そのため、業務を客観的に工数化し、人を投下して解消するべき業務なのか、それとも人ではなくシステムを導入していくのかを判断していくことが必要になりました。
昨今、多くの企業で工数削減が推進されるが進められる動きがあると思います。
一方で、私は以前「工数を削減したら削減した工数で対応するべき仕事を増やさなければいけなくなる」という意見を受けてがあり愕然としてしまった経験があります。原さんは、システム化したことで必要なくなった人のリソースはどう使っていくのが良いとお考えでしょうか?
システム化によって工数に空きが生まれたら、今度はその工数をシステムを使いこなすための仕組み作りなど、更なる改善を考える時間に使っていってほしいなと思います。
システムをうまく使いこなせると、新しく提供できる価値を考え、そして生み出していくことに繋がっていくと考えます。
デジタルの時代だからこそ「感性」が重要になる
DXを進めると、「感性」が「デジタル」で置き換わり淘汰されるのではなく、「デジタル」を活用することでどのように価値を作るのかを思考する「感性」を更に磨き、高めていく力が求められるという主張が印象的な講演でした。デジタル化されないスキルを磨くことはもちろん重要ですが、スキルに加えてセンスを要求されるような業務の仕方に変化していくことが予想される中で、「デジタル」をどう活用していくかを思考する「感性」が重要になっていくのではないでしょうか。