みなさま。こんにちは。2009年から約630社の企業の採用、人材育成を支援している株式会社アールナインの長井亮です。
2025年度の新卒採用活動が、本格化しています。新型コロナウイルス禍からの経済回復で企業の採用意欲が高まる中、オープンカンパニーなどを活用し、一人でも多くの学生に自社の魅力を伝えたいと考えている人事担当者も多いでしょう。
しかし、よく聞くのは「オープンカンパニーやインターンシップの内容を充実させても、本選考に参加してくれる学生の数が増えない」という嘆きの声です。
当たり前ですが、最初の接点をどれほど工夫しても、最終的な内定承諾に導くまでの戦略が曖昧なら採用は成功しません。みなさまの会社では「この企業をもっと知りたい」と、学生に毎回思わせる戦略的な情報提供ができているでしょうか。
個々の学生の価値観に向き合い、適切な時期に適切な情報を「小出し」にすることで、内定承諾に至る意思決定ストーリーを描く手助けが必要です。本稿では、その理由と考え方のポイントをお伝えします。採用成功への第一歩として、ぜひお読みいただけると嬉しいです。
長井亮 | 株式会社アールナイン代表取締役
1999年、青山学院大学経済学部卒業。株式会社リクルートエイブリック(現リクルート)に入社。 連続MVP受賞などトップセールスとして活躍後、2009年に人材採用支援会社、株式会社アールナインを設立。 これまでに2,000社を超える経営者・採用担当者の相談や、5,000人を超える就職・転職の相談実績を持つ。 北陸学院大学にて非常勤講師を務めるなど全国で学生・ビジネスパーソン、経営者を対象に年間約100回のキャリア・採用・育成・定着に関する講演、セミナー、研修を行う。 キャリアに対する啓蒙活動及びキャリア・スペシャリストの普及を行い、一般社団法人国際キャリア・コンサルティング協会の代表理事に就任。人材プロフェッショナルの育成にも取り組む。
1.内定承諾は年々早期化
まず、少子化に加えて学生有利の売り手市場が続く中、企業の2025年度卒採用を巡る状況は一層「これまで通り」の踏襲では厳しくなると考えられます。
新型コロナ禍で落ち込んだ企業の採用意欲は堅調に回復し、リクルートワークス研究所が今年4月に発表した調査によると、2024年春卒業予定の大卒求人倍率は前年から0.13ポイント高い1.71倍でした。新型コロナウイルス感染拡大前の2019年と同水準に近づいています。
学生が意思決定する内定承諾の時期も年々、早まっています。就職みらい研究所が今年3月に発表した調査では、2023年3月卒業の学生が初めて内定を得た割合が最も高かった時期は、前年より1か月早い大学3年生の3月でした。
コロナ禍を経てオンライン選考が定着し、採用のプロセスが効率化したことも早期化の背景にあると言えます。
こうした状況から学生は、オンライン化で企業へのアクセスが容易になり、選考数が増えてスケジュールが過密になっている状態です。
しかし、意思決定を迫られる時期が早まっても人生にかかわる判断をくだすことの難しさは変わりません。内定承諾後も就職活動を続け、最初に入社の意思を伝えた企業の内定を辞退することも当たり前になっています。
そこで企業が選考中の学生の離脱を防ぎ、入社意欲を高めるには、単に自社の情報を目いっぱい伝えたり、熱意に任せて訴えたりするだけでは不十分です。
「これだけ訴求したから、伝わっているに違いない」と満足しているのは人事担当者だけで、実は、学生側はほとんど理解していなかったというケースも多々あります。
大切なのは、企業側が伝えたいことではなく、学生が知りたがっている情報を提供し、意思決定しやすい環境作りに注力することです。「いつ」「何を」伝えるのかを戦略的に決めることが鍵となります。
2.学生は、一律の一方的な情報を信じない
もう一つ、2024~25卒の学生に見られる特徴があります。大手企業への就職を望むなど安定を志向する傾向は変わりませんが、その判断基準、意思決定の方法として他では得られない、自分個人に向けられた情報を基に何が事実かを自分で判断する傾向が強まっていることです。
一例として、インターネット上の企業の口コミに対する反応が挙げられます。
数年前までは、悪評を見つけるとそもそも選考に来ないか、仮に参加しても、あえて悪評の内容について尋ねることはありませんでした。しかし、近年は真偽を確認するため自ら説明会に参加し、質問するといった動きが目立ちます。
就職活動に限らず、ネット上で関係者が他人を装い、好意的な投稿をするサクラなどの横行が一般に知れ渡るなど、ネット情報自体の信憑性が薄まっていることが背景にあると考えられます。
そして口コミは誰でも見ることができる不特定多数向けの情報ですが、近年の学生はこうした一律の発信ではなく、信頼できる関係性の中で、自分個人に向けられた情報から「事実」を見つけ出そうとする傾向もあります。これも就職活動に限った話ではありません。
例えばあらゆる人の目に付く広告やCMより、ネットショッピングや動画投稿サイトでの購入・視聴履歴から表示される「あなたへのおすすめ」の方が、精度が高く、「自分のことをわかってくれている」と感じるのではないでしょうか。今、就職活動をする世代は意思決定の際、個別に情報を提供されることが当たり前の環境で育っています。
採用活動では、学生個人の価値観やニーズを知ることができる座談会や面談の活用がポイントになります。
3.タイミングを図らない情報伝達は逆効果
以上のような背景から、計画性を伴わない、いわゆる従来の「押しつけ型」「説得型」の訴求は「しつこい」という悪印象を与える可能性が高いと言えるでしょう。
学生が不満を直接企業側に伝えることはありませんが、気の置けない仲間同士で作る鍵付きのSNSなど閉鎖的な場所で実体験として投稿し、「あの会社の人材担当者は、同じ話ばかりで疲れる」といったネガティブな情報が見えない場所で拡散される恐れがあります。良かれと思ってしていることが裏目に出て、理由不明のまま敬遠されてしまう形です。
こうした状況を回避するには、アピールの押し付けではなく、事実情報を与えて学生に会社の魅力を見つけてもらう形で、判断をサポートする環境を作ることが求められます。鍵となるのは、個々の情報を伝えるタイミングです。
例えば、最初の接点となることが多い大学3年生の夏のオープンカンパニーで、自社の細かな事業内容や福利厚生の良さを伝えても、聞かされる側は就職活動に踏み出したばかりで、業界研究すら進んでいないかもしれません。この場合は、業界動向や業界内での自社の立ち位置を中心に説明する方が、ニーズに合っていると言えるでしょう。
あえて詳細を伝えすぎないことで興味を惹き、選考に参加したいという気持ちを醸成する効果もあります。社内の雰囲気の良さを感じてもらうにとどめ、「この会社、気になる」と思ってもらうのも一つの戦略です。
逆に、最初に全部の魅力を細かく語ってしまうと、本選考で話せる内容がなくなります。選考を通じて多くの従業員に会ってもらったとしても、その時々の学生の価値観や気持ちの揺れ、意欲の程度を踏まえ、いつ誰が何を訴求するのかを考えないと、人を変えて同じ話をただ聞かされている状況です。
企業は手を変え、品を変え、毎回、学生の志向や原体験と自社との重なりを示すヒントを与えることで「この仕事、実は自分にぴったりではないか」と気付いてもらう意思決定ストーリーを描く手助けが求められます。
中途採用と違い、新卒採用は社風や面接の印象が意思決定に大きな影響を及ぼします。小さな気持ちの高まり、学生自身の目を通した発見の積み重ねが最終決定を後押しすることが多々あります。
4.最初から高い意欲は必要ない
少子化に加え、起業など卒業後の選択肢の広がりもあり、新卒採用の母集団は減る一方です。優秀かつ、自社の社風に合う学生を見つけて内定承諾を後押しするには、意欲を高め、離脱を防ぐことに意識を向けることが欠かせません。
理想は、内定承諾時に最も意欲が高い状態に導くことです。最初から意欲の高い学生はいません。そうある必要もありません。
10年以上、さまざまな企業の採用を支援させていただく中で「母集団が足りない」と嘆く人事担当者の声を聞いてきましたが、数を集めること以上に、集まった学生との真摯な向き合い方が問われる時代になりました。意欲も志望動機も、企業が与えるものです。
個々の学生の価値観に向き合い、ニーズに合った情報を伝え、毎回「もっと知りたい」と思ってもらうこと―。出会いのきっかけとなるオープンカンパニーからぜひ意識してみましょう。