突然ですが、「ISO30414」という言葉をご存じでしょうか。
あまり聞きなじみのない言葉かもしれませんが、「ISO30414」は人的資本に関する情報開示のガイドラインについての世界共通のシステム規格を表す言葉となり、日本ではまだ広く知られていませんが、これからぜひ注目していただきたいキーワードとなります。
今回は、なぜISO30414が必要なのか、言葉の定義やメリットについて解説します。
目次
1 ISO30414とは
ISO30414について、そもそもISOとはどのような言葉であるのか、人的資本とどのような関わりがあるのかについて紹介します。
ISO30414とは、2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した、人的資本に関する指針を11領域49項目58指標で表したものです。
持続可能な労働力の確保のサポートや、組織に対する人的資本の貢献を考え、透明性を高めることを目的に発表されました。
組織の規模や事業内容、性質、複雑さ関係なく、全ての組織に対応可能なガイドラインになっていることが特徴の1つです。
ISO30414は領域や項目が細かく設定されており、11領域49項目58指標で構成されています。
1-1 ISOとは
まず、ISOとはInternational Organization for Standardizationの略称で、「国際標準化機構」という組織の名前です。
ISOの活動は国際的に通用する規格を制定することで、ISOが制定した規格はISO規格と呼ばれます。
ISO規格は主に2つに分けられます。
・組織の活動を対象にしたマネジメントシステム規格
ISO30414は組織の活動を対象にしたマネジメントシステム規格に相当します。
1-2 人的資本とISO30414
ISO30414とは人的資本の情報開示に対するガイドラインであることを紹介しました。
この人的資本(Human Capital)とは、人間が持つ知識や能力、技術などを金銭と同様に資本と考える概念のことです。
経済産業省は人材を資本として捉えることで、資本(人材)の価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値向上に繋げる経営手法、人的資本経営に注目していることから、重要性が高まってきています。
昨今では投資家が投資企業を選定する際の1つの情報として企業の人的資本に注目するようになっています。
各企業では、投資家などの外部のステークホルダーに対して人的資本に関する情報を開示するところが増えてきています。
人的資本の開示を求める声があったこともあり、ISO30414は制定されたといわれています。
2 ISO30414が注目を浴びている背景
ISO30414の概要について紹介しました。
ここでは、なぜISO30414が注目されているのかについて、4つの観点から説明します。
2-1 投資家からの人的資本の開示要求
先ほど少し触れましたが、投資家やステークホルダーは企業の判断材料の1つに人的資本に着目するようになりました。
着目した理由は、財務諸表を参考にしても企業の成長を判断することが難しくなったからです。
近年ではサービス産業やソフトウェア産業が主流となってきており、企業価値の大半を無形資産が占めるようになりました。
財務諸表は有形資産を表しているため、無形資産を扱う企業の成長度を判断する際には財務諸表以外のものを参考にする必要があります。そこで注目を集めたのがISO30414です。
ISO30414では企業の無形資産=人的資本に関する情報が開示されているため、あらゆる業種の企業の成長度を判断することが可能となりました。
2-2 人材版伊藤レポートの刊行
ISO30414が注目されている背景の1つに「伊藤レポート」の刊行が挙げられます。
伊藤レポートとは、2014年当時一橋大学の教授であった伊藤邦雄氏が座長となり、経済産業省の『持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクトの最終報告書のことです。
この報告書では企業と投資家が互いに支えあうことで持続的な企業価値の向上を目指すべきであることや、両者の関係性を共創関係となるよう、再構築の手段として対話を重視するべきなどが書かれています。
2020年9月、経済産業省が伊藤レポートの人材版、「持続可能な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」を発表しました。
この報告書では、「持続的な企業価値の向上を実現するには、ビジネスモデル、経営戦略と人材戦略が連動していることが不可欠である」との記載があり、最高人事責任者には「人材戦略を内部や投資家をはじめとするステークホルダーに対して積極的に発信・対話する役割が重要である」という見解が示されました。
この報告書の内容を受け、各企業では人材戦略を目に見える形で示すために、特に人事部や経営層が連携して自社の人的資本の現状を把握する流れが生まれました。
企業が人的資本の実態を把握し、社内外に向けて公表するためにISO30414が用いられるようになったことで注目されるようになりました。
2-3 ESG投資やSDGsの関心が高まっている
昨今、世界的にESGやSDGsへの関心が高まっており、企業はESGやSDGsの目標を達成するために、自社の人材をどのように育成し、社会に貢献してもらうかを考えるようになりました。
ISO30414は社内の人的資本の状況を把握することができることから、注目度が高まっています。
2-4 コーポレートガバナンス・コードの改訂
2018年6月に上場企業は企業統治をおこなう(コーポレートガバナンス)においてガイドラインとして照らし合わせるべき原則・指針を表した「コーポレートガバナンス・コード」が改訂されました。
このコードの中に、「事業ポートフォリオの見直しや、人材投資などを含む経営資源の配分等に関して具体的に何を実行するのか、株主に分かりやすい言葉で明確に説明を行うべき」という記載がありました。
改訂された内容に人的資本の活用(人材投資)に関する記載があったことにより、注目が集まりました。
3 ISO30414の効果
ISO30414が注目されている理由について紹介しました。
ここからはISO30414を導入することでの効果について3つの観点から説明します。
3-1 ステークホルダーに透明性の高い情報提供がおこなえる
ISO30414に基づいて情報の開示をおこなうことで、投資家をはじめとしたステークホルダーは企業の人的資本の状況を多角的に把握することができるようになります。
明確な情報開示により、ステークホルダーは情報を吟味して投資をおこなうことができ、企業側も正当な評価を受けられるようになります。
ISO30414に基づいて開示された情報は比較がおこないやすい利点もあり、ステークホルダーに限らず、求職者も企業選びの際に参考にしやすくなります。
3-2 企業価値や採用の向上
ISO30414を参考に開示された人的資本の情報は、その企業の人材に対してどのように教育をおこなったのかを見ることもできます。
求職者の中には、入社後に自分がその企業でどのように働きたいかをイメージする人もいるため、判断材料の1つとして情報を提供することができます。
情報の開示が明確であると、よりイメージがしやすくなるため、採用数や採用力の向上にも繋がります。
3-3 経営戦略と人事戦略の繋がりを可視化できる
ISO30414に沿って開示した情報は経営戦略と人事戦略の繋がりを可視化することができます。
人的資本の価値向上には、経営戦略と並行して人事戦略を計画する必要が出てきますが、ISO30414の活用により、人事戦略の現状に関する情報が見えるようになります。
これにより、戦略が不安定になってしまったとしてもスムーズに修正をおこなえます。
4 ISO30414の具体的な項目
ISO30414による効果について紹介しました。ここではISO30414の具体的な項目について紹介します。
冒頭でも触れたように、ISO30414は11領域49項目56指標に分かれて構成されています。
各領域と項目は以下のとおりです。
領域 | 項目 |
1 コンプライアンスと倫理 →企業のコンプライアンスや倫理全般が対象の領域 |
・違反行為の数と種類 ・苦情の数と種類 ・コンプライアンスと倫理に関する研修を受講済みの従業員比率 ・外部関係者とのトラブル ・外部との争いから来る外部監査による発見とアクションの数と種類、情報源 |
2 コスト →給与や人件費といった人材にかかるコストが対象の領域 |
・総人件費 ・外部人件費 ・平均給与と役員報酬の比率 ・雇用にかかる総費用. ・採用1人当たりの費用 ・採用にかかる総費用 ・離職にかかる総費用 |
3 ダイバーシティ →企業の人材の多様性に関する領域 |
・労働力の多様性(年齢・性別・障がいの有無など) ・リーダー層の多様性 |
4 リーダーシップ →社長やCEOといった企業内でリーダーシップをとる人材に関する領域 |
・リーダーシップに対する信頼 ・管理する従業員の数 ・リーダーシップの開発 |
5 組織文化 →従業員のエンゲージメントなどの組織の文化が対象の領域 |
・従業員エンゲージメント・満足度・コミットメント ・従業員の定着率 ・リテンション比率 |
6 組織の健康・安全・福祉 →組織の健康経営が対象の領域 |
・負傷等のアクシデントにより失った時間 ・業務上のアクシデント数 ・労働災害による死亡者数 ・研修を受講した従業員の比率 |
7 生産性 →従業員と利益の関係性に関する領域 |
・従業員1人あたりのEBIT、収益、売上高 ・人的資本に関する利益率 |
8 採用・異動・離職 →従業員の採用から異動、離職に関する領域 |
・空きポジションに適した候補者の数 ・入社前の期待に対する入社後のパフォーマンス ・ポジションを埋めるまでの平均期間 ・移行と将来の労働力の能力の評価 ・社内人材で埋められるポジションの比率 ・社内人材で埋められる重要なビジネスポジションの比率 ・重要なビジネスポジションの比率 ・重要な全ビジネスポジションに対する空きポジションの比率 ・社内異動比率 ・従業員層の厚さ ・離職率 ・自主退職 ・重要な役職にいる従業員の自主退職比率 ・退職理由 |
9 スキルと能力 →従業員のスキルや能力やそれらを向上させるための取り組みに関する領域 |
・人材開発の費用 ・学習・開発 ・労働力のコンピテンシー比率 |
10 後継者の育成 →組織の重要なポジションを担う後継者の育成に関する領域 |
・後継の有効率 ・後継者のカバー率 ・後継者の準備率 |
11 労働力の確保 →組織が抱える労働力に関する領域 |
・従業員数 ・常勤従業員 ・外部労働力 ・休職 |
5 人的資本の情報開示方法
ISO30414の領域と項目について紹介しました。
ISO30414が人的資本の情報開示するためのガイドラインであることを先ほど解説しました。
具体的にはどのように情報を開示するのか、ここではその方法についてご紹介します。
5-1 他部署と連携しデータを収集
ISO30414で示されている指標に関わるデータは人事の領域を越えた財務、従業員の健康、コンプライアンスに関するデータなどがあります。
これらのデータを集めるには他部署との連携は欠かせません。
中でも採用・育成・報酬などのコストに関する指標が多いため、基本情報として売上・利益・コストは入れておくべき項目です。
部署ごとにどのようなデータを収集できるかを把握することも大切です。
5-2 自社にとって重要なKPI(重要業績評価指標)の明確化
手分けして集めたデータをもとに数値の関係性に着眼点を当て、どの項目や指標が自社のKPI(重要業績評価指標)に当てはまるのか確認をします。
確認をおこなう際に、指標の因果関係を把握することが重要です。
具体的には、
などが挙げられます。
因果関係がはっきりすると、今後の経営方針も考えやすくなります。
5-3 データアクセスの体制整備
ISO30414に則って情報開示をおこなう上で注意すべきことは、情報を開示しただけで終わってしまうことです。
集めた情報を内部でも活かすためには、すぐにデータにアクセスできるようにすることが大切になります。
BI(ビジネスインテリジェンス)ツールなどを活用し、リアルタイムでデータにアクセスできるようなシステムの導入を整備することが重要です。
6 ISO30414による人的資本の開示事例(導入企業)
ここでは実際にISO30414に基づき情報開示をおこなっている企業を紹介します。
6-1 株式会社リンクアンドモチベーショングループ
株式会社リンクアンドモチベーションは2021年に「Human Capital Report 2021」を発行し、翌年3月に日本で初めてISO30414の認証を取得した企業です。
このレポートではISO30414に基づいたデータ収集をおこなっただけでなく、経営戦略の重要点について企業としての考えをわかりやすく示しました。
また内容は経営モデルにもなっている「事業戦略と組織戦略のリンク」に焦点を当てたものとなっています。
6-2 豊田通商株式会社
豊田通商株式会社は、2022年10月に卸売業として初めてISO30414の認証を取得しました。
認証の取得を経て発行された「Human Capital Report 2022」では35ページに渡って人的資本に関する情報を定量的にまとめられています。
人的資本経営に向けての取り組みでは
・健康経営
・Diversity, Equity & Inclusion (DE&I)
・適所適材・適材適所
・人権尊重
の5項目が挙げられています。
当社では人財の価値を高めるための取り組みをおこなっていましたが、ISO30414の認証を取得したことにより、ISO30414に準じた客観的な比較やPDCAサイクルの実践が期待されています。
7 まとめ
今回は、ISO30414について紹介しました。
ISO30414を用いた情報開示をおこなうことで、企業の現状を把握し、課題の発見や改善点を洗い出すことができるだけでなく、ステークホルダーなどの外部からは適切な評価を受けることができるようになります。
必要な情報を集める作業は大変ではありますが、収集することができればISO30414に基づいて情報を整理することで誰もが見やすい情報を作成することが可能になります。
ぜひ一度ISO30414に基づいた情報開示について検討してみてはいかがでしょうか。