社員のワークライフバランスについて考え、より働きやすい環境を整備することが求められる時代になりました。
もとは、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する「ウェルビーイング(Well-being)」という概念ですが、この数年はHRの領域でも広く取り上げられるようになってきています。
なぜ、ウェルビーイングは重視されており、積極的な取り組みによって企業に何をもたらすのでしょうか。
本記事では、2022年8月23日・24日に開催したHR NOTE CONFERENCE2022より、株式会社カインズの横井氏、サイボウズ株式会社の野間氏、モデレーターとして大室産業医事務所代表の大室氏が登壇したSession1-Dの内容をご紹介いたします。
これから「ウェルビーイング」実現に向けて動く際に課題となる人事労務トピックを取り上げながら、それらを解決するための人事施策とは何か考えていきます。社員の「ウェルビーイング」実現に向けた様々な取り組みを進めていかなければならない方に、そのヒントとなる実践事例をご紹介いたします。
横井 良典|株式会社カインズ 人事戦略本部 人事戦略・企画部
健康経営推進G グループマネジャー。禅宗の寺の長男として生まれる。大学卒業後、人材業界での営業・管理、社会保険労務士事務所勤務、IT企業の人事を経て2021年にカインズに入社。現在は同社で推進する人事戦略であるDIY HR®の1つ、DIY Well-beingを主に担当。
野間 美賀子|サイボウズ株式会社 人事本部 人事労務部 すこやかチーム所属
広島大学経済学部卒業後、2016年サイボウズ株式会社に新卒入社。人事部に配属され、総務・労務の分野を幅広く担当。現在は人事労務部に所属し、労務手続きや金銭報酬制度の運用を担当する他、すこやかチームの一員として“一人ひとりが心身ともに健康に働ける環境づくり”をミッションに活動している。
【モデレーター】大室 正志|大室産業医事務所 代表
産業医科大学医学部医学科卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。社会医学系専門医・指導医 著書「産業医が見る過労自殺企業の内側」(集英社新書)平成ノブシコブシ吉村さんとNewsPicks動画OFFRECO出演中。
目次
1. 「ウェルビーイング」がHR領域で注目される理由|大室産業医事務所 大室さん
まず、私から「ウェルビーイング(Well-being)」の重要性についてお話したいと思います。
ウェルビーイングという言葉は最近出てきた言葉ではありません。1948年に世界保健機構(WHO)の健康に関する定義の中で表記されています。
ここで言われている健康とは、「病気ではない」「弱っていない」といった狭義の意味ではありません。肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、全てが満たされた状態にあること。これがウェルビーイングな状態とされています。
また、ウェルビーイングという言葉は、公衆衛生や予防医学などの医療的な分野でも、よく統合された広義の意味での健康という意味合いで使われることもあります。
その他にも、「幸福とは何か」という話でもウェルビーイングという言葉を使ったり、福祉の分野では統合された健康的な状態を指していたりと、様々な分野がそれぞれの訳語を使っているような状況です。そのため、広義の健康という概念として捉えることが最もわかりやすいと感じます。
ウェルビーイングは「業績」や「生産性」に関係している
ウェルビーイングがなぜHR(人事)領域で注目されているのか。それは、「業績」や「生産性」に大きく関与しているからだと考えています。
10年前のデータにはなりますが、ハーバードビジネスレビューには次のような「幸福」と「生産性」に関する調査結果が発表されており、この内容は現在の経営学の中でも取り扱われています。
他にも、ストレス/怒り/悲しみが低かったり、ポジティブな感情が頻繁であったり、仕事の満足度が高かったりすると、従業員の健康や欠勤減少に表れることが心理学的にも分かっています。
これが個人や組織のパフォーマンスに影響し、収益性に影響して来るため、HR(人事)領域で無視できないという認識が持たれるようになりました。
ウェルビーイングについて、日本の働き方の変遷から考える
先ほどご紹介した、ハーバードビジネスレビューのデータは、当時そこまで注目された内容ではありませんでした。しかし、現在はこのようなHRに関するイベントでセッションが設けられたり、ウェルビーイングをテーマにした本も多く出ています。
ここで、ウェルビーイングに関する代表的なトピックを上げさせていただきますが、2015~2016年に起きた出来事がおおきなきっかけとなって、各企業がウェルビーイングに向けた対策を求められるようになっていることがわかります。
ウェルビーイングの実現は、非常に難しいテーマです。
たとえば、大手企業の広告は、その時代の社会の欲望を示していると思いますが、たとえば1983年のトヨタのキャッチコピーは「いつかはクラウン」というメッセージでした。これは、「お金を稼いで出世し、いつかは高級車に乗ろう」といったことが、当時の社会全体の欲望だったということです。
しかし、現在のトヨタの使命は「幸せを量産すること」に変わっています。時代の変化にによって各個人の幸せが多様化し、その状況に合わせた幸せの定義をおこなう必要が出てきているのです。
それでは、ここから各社のウェルビーイングに関する取り組みについて詳細を伺っていきます。まずは、株式会社カインズの横井さん、次にサイボウズ株式会社の野間さんにお話をお聞きします。
2. 多様な価値観を持つメンバー同士がリスペクトし合う文化風土作り|カインズ横井さん
カインズの横井と申します。私からはカインズで推進する「DIY Well-being®」についてご紹介したいと思います。
カインズは、ホームセンターとして成長した第1創業期、SPA(製造小売業)宣言をし、オリジナル商品の製造販売を始めた第2創業期を経て、現在は第3創業期として、店舗環境の進化や新たなサービスの創造に向けたデジタルイノベーションを推進しています。
この3段階の成長に合わせてコアバリューも進化させてきました。
創業時からあって社名の由来でもある「Kindnessでつながる」、SPA化・ものづくりを推進してきた第2創業期に関連した「創るをつくる」、更なる成長チャレンジを促す「枠をこえる」、この3つのコアバリューを大切にしながら働いています。
コアバリューを体現するための人事戦略として制定された「DIY HR®」
ここから、「DIY HR®」と呼んでいるカインズの人事戦略を紹介いたします。この人事戦略は、先ほどご紹介した3つのコアバリューを体現し、メンバーの自律と成長を促すことを目的にして、2021年に新たに制定しました。
具体的には、5つの柱で構成されており、その中に本日お話する「DIY Well-being®」が位置づけられています。
この「DIY HR®」は、Do It Yourselfを組織文化として浸透させたいと考えており、事業成長とメンバーの自己実現の両立を目指している人事施策になります。
具体的には、非常に多くの施策を、昨年の戦略策定から6ヶ月という短期間の中で立案から実行までおこなっています。
“カインズらしい”3つのウェルビーイング施策
最後に、DIY Well-being®の中からカインズらしい施策を3つご紹介します。
1つ目は、アグレッシブな産業保健体制です。産業医や保健師は待つ姿勢ではなく、自らメンバーに働きかける取り組みを行っています。
具体的には、「らららジオ」という社内ラジオを企画・運営しており、「女性特有の病気」といったフィジカルに関するものから、「メンタルヘルス」「ラインケア」「セルフケア」といったようなコンテンツなど、様々なテーマで毎週配信しています。
2つ目は、健康に関する情報発信です。上記のようなコンテンツ配信だけでなく、社内向けにメールマガジンの配信もおこなっています。
3つ目は、ハラスメント啓蒙教育です。10代から80代までの多様なメンバーが働くカインズでは、考え方に世代の差があると感じています。そんなカインズだからこそ、何がハラスメントにあたるかしっかりと伝えて、多様な価値観を持つメンバー同士が、お互いにリスペクトし合う組織作りに取り組んでいます。
3. 自立心を持った個人が主体性を持って動く組織へ|サイボウズ野間さん
サイボウズ人事本部の野間と申します。
2016年にサイボウズに新卒で入社し、人事分野に携わり始めて7年になります。現在は、すこやかチームの一員として「健康」「安全」「衛生」といった分野や、他チームの労務・給与・評価といった業務を担当しております。
「チームワークあふれる社会を創る」ために
サイボウズは、「チームワークあふれる社会を創る」を企業理念に掲げ、ソフトウェア事業とメソッド事業の2つの事業をおこなっています。在籍する方の職種としては、ソフトウェアエンジニアが多い会社です。
また、企業理念の他にも、次の4つの文化(カルチャー)を大事にしています。
今回の「ウェルビーイング」という観点においては、特に「多様な個性を重視」「自立と議論」といったものがキーワードになってくると考えています。
ウェルビーイングを実現する組織体制
サイボウズでの「ウェルビーイング」に対する考え方は、下記の通りです。
そして、これらを実現するために、サイボウズでは健康安全に関する体制を、次の図のように整えています。
人事本部には、ミッションごとに様々なチームがありますが、健康安全衛生については、その中の1つであるすこやかチームを中心に体制を構築しています。
すこやかチームは、産業医の先生や、各部の人材マネージャーと連携しながら施策の検討をおこない、いわゆる衛生委員会を「すこやか推進委員会」という名前をつけて活動しています。
各本部の人材マネージャーは、メンバーのラインケアを担当しており、各メンバーは自分自身でのセルフケアやセルフマネジメントも重要です。その他、外部サービスの相談窓口や健康保険組合の窓口等も用意があります。
サイボウズで実践される「すこやか推進施策」
サイボウズのすこやか推進施策の特徴は、次の3点です。
今回は、1つ目の「選択肢を用意する+そのサポートを行う」という点についての事例をご紹介したいと思いますが、たとえば、サイボウズでは「100人100通りの”働き方宣言”」といって、一人ひとりの働く時間や場所の希望を伝えることができる制度があります。
これは、育児や介護はもちろん、副業や自身の体調管理などを目的とした変更も可能になっています。
朝早くの方が生産性高く働ける人もいれば、夜の方が働きやすい人もいるでしょう。また、お休みを週3日確保できる方が、持続的に体調良く働き続けることができる人もいます。
このように、「自分の幸福」と「チームの生産性」が上がる働き方で業務内容をマッチングさせられる選択肢があることがポイントだと考えています。
そして、何の知識や情報もなく選択することは勇気が必要です。そのため、その選択をサポートするために、人事は必要な知識や情報を積極的に共有するようにしています。
たとえば、労務チーム主催の勉強会で労働時間に関する知識インプット機会を設けたり、感染症の流行によって在宅勤務の選択肢が広がった際には、在宅勤務を選択する際に気をつけたいポイントを科学的な観点で産業医の先生からアドバイスいただいたうえで情報発信したり、といった取り組みをおこなっています。
4. パネルディスカッション
それでは、ここからはパネルディスカッション形式で進めていきたいと思います。
Q1. ウェルビーイング施策に取り組むことになった背景
カインズでは、2021年にDIY HR®を策定し、「ウェルビーイング」に本格的に取り組み始めました。
元々、産業医の先生がいたり、健康診断やストレスチェックを実施していたり、メンタルヘルスサービスを導入していたりと、一定の土台はありました。これに先ほどお話したような、アグレッシブな産業保健体制、健康に関する情報発信、ハラスメント啓蒙教育、といった項目を取り入れていきました。
1人ひとりのウェルビーイングに関する内容は異なります。だからこそ、各メンバーが自分でウェルビーイングな状態を作っていく、DIYすることを大切にしたいと思っています。
そして、そのような状態を作るために、個に寄り添って必要なサポートができるようにしたいと考えています。
サイボウズでは、組織の規模の拡大や多様化による変化が背景にあったと思います。
私が入社した頃は、法律で定められている健康診断やストレスチェックといったマイナスをゼロにするような最低限必要な取り組みをおこなっているだけでした。
しかし、事業の成長に伴って組織課題がいくつか出てきた中で人事本部の中でチームが分かれるようになり、2019年にはそれぞれの専門性を活かし、ミッションを自分たちで考えて、そのミッションに対してアクションをとる体制に変わりました。
このような流れの中で「すこやかチームとは何か」「すこやかチームとしてどのような施策をするべきか」といったことを+αで考えるようになっていきました。
先程ご紹介いただいた「100人100通りの”働き方宣言”」は、とても理想的な形だと思います。しかし、人事側の工数的に大変ではないでしょうか。人事担当者として、自身のウェルビーイングは大丈夫でしたか?
大変ではありますね(笑)。
ただ、働き方に「枠」を設けることで、各個人の働き方に関する希望がわかりづらくなってしまうので、そのままだと認識がずれてしまう人もいるでしょう。
各個人がどのような働き方をしたいのか、その個々の働き方をありのまま表現できる方が良いと考えています。
Q2. ウェルビーイング施策の効果を測定する方法
サイボウズでは、人事施策全般において数値的な目標をあまり置かないことが特徴です。
その代わり、それぞれの施策のコンセプトは明確にするようにしており、そのコンセプトを達成できているかどうか、必ず振り返りをおこなって日々PDCAを回しています。
カインズは、これから具体的なKPIに落としていく段階です。
たとえば、年2回の頻度で「DIY HR®アンケート」というエンゲージメントサーベイを実施していて、その中でeNPSを測定しています。また、各店舗においてはNPSを取っています。
eNPSとNPSには相関があることがわかっており、最終的にはいかに業績への貢献やバリューを体現しているメンバーを増やしていくことができるか、といった状態を目指していくことになると思ってます。
ありがとうございます。なかなかわかりにくい部分かもしれませんが、実際に実施している施策は浸透していると思いますか?
メンバーへの浸透度は計測している最中といったところですが、認知度に関しては7~8割ぐらいではないかと思っています。引き続き、繰り返し発信を続けていく必要があると思います。
同じく、まだまだこれから、繰り返し発信していくステータスだと思っていますが、健康分野に興味があるメンバーは確実に増えてきている実感もあります。
社内にいるすこやかチームのメンバー以外から少しずつ広がりを見せていくこともあるので、協力の輪を広げていけるといいなと考えています。
Q3. ウェルビーイング施策による社内(組織・個人)の変化とは?
ウェルビーイングに関する認知が広がってきたことで、各人材マネージャーとすこやかチームでの連携が取りやすくなってきていると思っています。
「部下の体調面が気になる」「チームワークがうまく機能していない」といった際に声をかけてもらい、一緒に解決するためのアクションを取ることが、最近少しずつ増えてきました。
また、このような社風を外部に発信したことをきっかけに、採用の応募をいただくこともありました。
先程ご紹介した「らららジオ」という社内ラジオは、再生回数が1万回を超える回があるなど非常にメンバー(従業員)からの注目度も高く、反響があると感じてます。
CHROの西田が社外の経営者の方と話したり、お客様のお褒めの言葉をシェアしたりする様々なコンテンツを配信していますが、カインズの働き方とツールがマッチしていると感じます。
お店が地方にあったり、車通勤だったりする従業員が多いため、そういった通勤時間にラジオでインプットしてもらうという発想は良かったと考えています。
Q4. これだけは欠かせないウェルビーイングの推進ポイント
ウェルビーイングというテーマは、抽象度が高く広いため、とても難しい領域だと感じています。
会社としてウェルビーイングを進めていくとなった際に、「会社としてどこまでやるか」という話はきっと判断に迷われるのではないかなと思いますので、事前に経営陣を含めてコミュニケーションを取っておいた方が良いと思います。
また、これから先進的な取り組みをおこなう企業も多く出てくると思いますが、「カインズとして考えるウェルビーイングとは何か」を根幹にすることで、「カインズとして取り組むべきことなのかどうか」も考えながら、取り組んでいく必要があると感じています。
「施策のコンセプトや理想が何か」という点は、サイボウズでもよく出るキーワードなので、大事なポイントだと思います。
事業会社の人事として、「誰をターゲットに」「何のために」「どこに」「どのように」投資するかといった点は人事として欠かせません。
事業を支援するための手段として、何が自分の会社に合ってるか念頭に置いて進めないといけないなと思っています。
社風が明確にあると、逆に楽ですよね。「この施策はうちに合わない」といったような判断ができるようになります。
5. 視聴者からの質問
Q1. エンゲージメントサーベイの結果をもとに、人事施策の実行に落とし込むポイントをお伺いしたいです。
エンゲージメントサーベイの結果を人事施策に繋げていく際には、HRBPの存在が大きいと思っています。
カインズでは、HRBPを様々な本部ユニットごとに置いており、HRBPが現場のリーダーとコミュニケーションをとりながら考え、自分たちの組織をどのように改善していくのか考えています。
Q2. ウェルビーイングの中には「仕事の充実」も含まれると思います。しかし、ワークライフバランスの観点から、仕事が悪に見られやすくなっているケースもあると思います。「仕事の充実」に価値を置いている人は、どのようにすれば良いでしょうか。
社内でも、そういった声はありますね。
人事側としては、働く上限の労働時間について会社側がケアすべきラインを明確にしつつ、そこを守って頂ければ働きたいタイミングで働きたい人が働けるようにしておくのが良いと考えています。
法律は守った上で、やりたい人はOKにしているということですね。労働時間を抑えめで働きたい人と気にせずに働きたい人とで評価は変わりますか?
サイボウズは、給与テーブルがなく、働き方・業務内容・給与を個別に決めることができます。様々な制度が絡み合って実現できている感覚があります。
今は個々にコミュニケーションをとって条件を決めていますが、給与テーブルがあると、働き方は選択肢の中から選択することになるだろうと思いますね。
ありがとうございます。横井さんは、いかがでしょうか。
カインズの店舗では10万点程の多種多様な商品を扱っており、それらは日常生活(ライフ)と繋がっています。
そう考えると、ライフもワークも両方を自らつくっていける環境を整えたいと考えています。
たとえば、「スポーツウェアの販売会社の社員はスポーツ好きな人が多い」といったように、カインズさんにはDIYが得意な人が多いといった特徴はありますか?
そうですね。カインズは広義な意味でDIYをとらえており、育児や洗濯などもDIYといえるかと考えています。もちろん、ものづくりや家庭菜園が好きな方も多いと思います。
面白いですね。中には、ベビーシッターのお金を補助するといったアウトソーシング的なサポートをおこなって、仕事に集中してもらう会社もありますが、カインズさんはDIY精神を大事に、各メンバーが子育てをしやすい環境にしたいと考えているんですね。