組織の多様性を活かすためにCQが不可欠な理由とは?心理的安全性と併せて考えたい知的誠実性【現場を変えるCQ白書 第3回】
こんにちは。アイディール・リーダーズ株式会社CCO(Chief Culture Officer)の宮森千嘉子と申します。アイディール・リーダーズではパーパス経営支援、リーダーシップ開発、組織文化の変革などへのソリューションを展開しています。
私は文化をリーダーシップのツールとして活用するために世界中から知見と経験を持ち寄るコミュニティCQ Fellowsの一員、ホフステード博士認定ファシリテータとして、「違いに橋を架けパワーにする」を生涯のテーマに国内外の多くの方や企業をサポートしてきました。
この連載では次世代リーダーに欠かせないCQという力についてお話ししていきます。
近年注目されてきたキーワードに「多様性」があります。多様性やグローバル化へのあからさまな反発も見受けられる昨今ですが、組織がこれらから目を背けるわけにはいきません。
しかし組織がただ多様性を高めても、それを活かす組織文化がなければ意味がありません。そこで多様性を活かす力となるのがCQ(文化の知能指数)です。
連載第三回では、CQが組織のどのような力を高め、そして多様性を活かすのかを紹介していきます。

寄稿者宮森 千嘉子氏アイディール・リーダーズ株式会社 CCO(Chief Culture Officer)
「文化と組織とひと」に橋をかけるファシリテータ、リーダーシップ&チームコーチ。 サントリー広報 部勤務後、HP、GEの日本法人で社内外に対するコミュニケーションとパブリック・アフェアーズを統括し、 組織文化の持つビジネスへのインパクトを熟知する。 また50カ国を超える国籍のメンバーとプロジェクトを推進する中で、 多様性のあるチームの持つポテンシャルと難しさを痛感。 「違いに橋を架けパワーにする」を生涯のテーマとし、日本、欧州、米国、アジアで企業、地方自治体、プロフェッショナルの支援に取り組んでいる。英国、スペイン、米国を経て、現在は東京在住。ホフステードCWQマスター認定者、CQ Fellows、米国Cultural Intelligence Center認定CQ(Cultural Intelligence)及びUB(Unconscious Bias)ファシリテータ、 IDI(Intercultural Development Inventory) 認定クォリファイドアドミニストレーター、 CRR Global認定 関係性システムコーチ(Organization Practitioner, Gallup認定ストレングスコーチ。著作に「強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化」、共著に「経営戦略としての異文化適応力」(いずれも日本能率協会マネジメントセンター)がある。 一般社団法人CQラボ主宰。
目次
多様性の重要度が高まる今日
今年4月、経済産業省から「企業の競争力強化のためのダイバーシティ経営(ダイバーシティレポート)」が公表されました。経産省はダイバーシティ経営を「多様な人材をいかし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義し、推進しています。
みなさんの組織でも、多様性の推進が広がっているのではないでしょうか。
「多様な人材」の特性を活かす環境を整えれば、生産性向上や競争力強化といった大きな成果を期待できますね。
特に日本では人口減少から、働き手も減っています。多様性の推進は人口減少時代にも有効です。人事のみなさんも人材の活用というテーマに直面していることでしょう。
ところがそもそも多様性への理解不足という課題もあると感じます。
組織で多様性を活かすためには、水平的多様性と垂直的多様性という二つを理解しなければなりません。
水平的多様性とは、同じ階層にいる人々の間の違いです。性別、年齢、国籍、学歴、価値観、所属部署、専門分野など。さまざまな特徴やカテゴリーによる多様性です。
対して垂直的多様性とは、組織内の階層や役職、権限の違いに基づく多様性を指します。新入社員、ミドルマネジメント、役員など、異なる階層の人々の間にある違いです。
昨今、多くの組織が多様性への取り組みを推進していますが、水平的多様性ばかりに重きが置かれていることが少なくありません。
また一方で世界に目を向ければ、「多様性疲れ」という言葉も聞かれますよね。
米国では今年1月、連邦政府との契約を持つ民間企業に対し、DEI(Diversity, Equity and Inclusion:多様性・公平性・包括性)関連の取り組みを禁止する方針を提示。多様性を尊重する概念は活かすものの、特定のカテゴリーを優遇するアファーマティブアクションのような制度を考え直す風潮や、一部の企業ではDEIに関する目標設定を廃止したり、その投資を減らしたりする動きもあります。
なぜ、こうした状態が起こるのでしょうか?
心理的安全性は多様性を活かすポイント
私がお会いする国内外の組織のリーダーたちは、こんなことをおっしゃいます。
「多様性を尊重するあまり、政治的に正しい発言を心がけるようになり、自由に意見を言い合う場が減ってしまった」
「マイノリティを差別してはいません。けれども、マジョリティにいる自分の立場に居心地の悪さを感じ、本音で対話できなくなりました」
私は、多様性の専門家ではありません。ただ、こうした課題感とそしてCQを踏まえると見えてくるものがあります。
多様性を活かすためには心理的安全性がポイントになります。
心理的安全性とは、自分の意見や気持ちを表現しても拒否や非難をされない感覚があること。たくさんの書籍や研究がありますし、みなさんも肌感覚として重要性を実感しているのではないでしょうか。
個々のキャリアも、生い立ちも、価値観も異なれば、「違う意見を言える」という環境はいっそう重要になります。
ただ「心理的安全性さえあれば、違う意見を言える」とまで言えるのでしょうか。
見落とされがちだが欠かせない知的誠実性
企業イノベーションの専門家である、ブリガム・ヤング大学のジェフ・ダイヤー教授は次のようなことを指摘しました。
「心理的安全性を重視しすぎると、知的誠実性が損なわれる可能性がある」と。
知的誠実性とは、自分の意見や知識に対して正直であるだけでなく、他者の意見や考え方に対しても誠実に向き合う姿勢です。
自分が知らないことや間違っていることを認め、他者の意見を公平に尊重し、感情や偏見に左右されず、事実に基づいて考え、議論を進めることが含まれます。
たとえば心理的安全性が高いと、意見は言いやすいでしょう。けれども知的誠実性が低ければ、議論の深まりに欠けます。ごく簡単に言えば「話し合いを通じて異なる視点から学ぶということをしなくなる」ということです。
そこで知的誠実性も高ければ、その場に出てきた意見を掛け合わせたりできる。つまり「イノベーションが生まれやすくなる」のですね。
知的誠実性には重要な原則があります(下図)。
知的誠実性がない組織は、多様な視点をないがしろにして、信頼が築かれません。生産性やチームの結束を弱めますし、深刻な対立を生みかねません。
しかし、だからといって知的誠実性だけを重視すればいいわけではありません。
スティーブ・ジョブズは、部下に非常に高い期待を寄せ、常に最高のパフォーマンスを求めました。その期待に製品開発が応えられないと「それはクソだ」「君は何を考えているんだ?」など、非常に厳しいフィードバックを与えたことで知られています。一部の社員には恐怖やプレッシャーとなったこともあったかもしれません。
心理的安全性と知的誠実性から見た、4つの組織文化
ダイヤー教授らは、心理的安全性と知的誠実性から、組織文化を4つのタイプに分けました。以下はそれぞれを簡単に紹介しましょう。
痛みを抱える組織文化
心理的安全性と知的誠実性の両方が低いと、チームは傷を負って苦しんでいる状態です。メンバーは学習やイノベーションが苦手です。また、リーダーや同僚に対して正直な懸念を表明できず、誠実な意見交換が行われません。
居心地の良い組織文化
心理的安全性は高くても、知的誠実性が低いと、単に居心地の良いチームというだけにとどまります。
メンバーは協力的に働き、お互いを尊重します。けれども「人に嫌われたくない」とも思い、意見を言わないことがよくあります。挑戦にも消極的です。チームは安定的にパフォーマンスを発揮しますが、積極的に新しいアイデアをぶつけ合うことはありません。
プレッシャーの強い組織文化
居心地の良いチームとは逆に、知的誠実性が高く心理的安全性が低いチームには、強いプレッシャーがかかっています。
メンバーには率直な意見交換が奨励されます。正直であることが重視され、競争の中で「正しい意見」を述べることが重要視されます。意見の違いや議論も当然です。
ただし、このアプローチが過度に強調されると、感情的な負担が大きくなり、心理的安全性が下がります。
革新的でインクルーシブな組織文化
心理的安全性と知的誠実性が高く、バランスが取れている。長期的に見て、最も革新的なチームです。
メンバー同士の異なる視点によって、意見を言い、共通の目標に向けた共創のために、ベストを尽くそうと促し合います。
心理的安全性と知的誠実性を育むCQ
このような心理的安全性と知的誠実性を育む力がCQです。CQの高い組織は、心理的安全性と知的誠実性を共存させ、意見やアイデアをぶつけ合うことができます。
最後に、下の図はCQと多様性、パフォーマンスの関係性を示したものです。
出典:Distefano, J.J., Maznevski, M.(2000), “Creating Value with Diverse Teams in Global Management”, Organizational Dynamics, 29(1), 45-63.をベースに宮森氏作成
図の左側は、CQの低い、多様性のある組織。多様性はうまく活かされず、むしろ真ん中にある単一文化のチームのほうがパフォーマンスは高くなります。
ですが、それだと創造性のある仕事には限界があります。右側のCQの高い、多様性のある組織では、違いを活かそうとし、それがパフォーマンスの向上につながっていきます。
拙著『強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化』(発行:日本能率協会マネジメントセンター)では、心理的安全性・知的誠実性、そして多様性についても詳しく説明しています。ぜひお読みいただき、みなさんの組織で活用いただければと思います。きっとお役に立つヒントがあるはずだと思っています。
書籍について
【こんな方におすすめの一冊】
- 組織に課題感がある人事担当者
- 組織文化の変革に取り組みたいマネジャー・経営層
- 多様性を活かしたリーダーシップやチームマネジメントに関心のある方
- 異なる背景や価値観を認識し、チームとして最大化する思考を身につけたい方
【書籍情報】
タイトル:「強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化」
著者:宮森 千嘉子(アイディール・リーダーズ株式会社 CCO/一般社団法人CQラボ 代表理事)
監修:ディヴィッド・リヴァモア
発売日:2025年4月26日(土)
Amazon発売日:2025年4月28日(月)
定価:2,090円(税込)
出版社:株式会社日本能率協会マネジメントセンター
ISBN:9784800593221
<オンライン購入>
amazon: https://amzn.asia/d/67TyT63
楽天ブックス:https://books.rakuten.co.jp/rb/18168564/
<取り扱い書店一覧>
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プレスリリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000014688.html
ピープルアナリティクスを開始するために、チームにはどのようなスキルが必要か?|クニラボ武田
はじめまして。データドリブンHRコンサルタントの武田邦敬と申します。現在、企業向けにピープルアナリティクスの定着に向けた伴走支援をしながら、ピープルアナリティクスの普及活動を行っております。

執筆者武田 邦敬氏一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会上席研究員 / クニラボ代表
データドリブンHRコンサルタント。富士通で人事データ分析チームを立ち上げ、採用・配置・育成・ジョブ型移行を経験した後独立。現在はピープルアナリティクス定着支援やDX人材育成を行う。また、ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会上席研究員、早稲田大学組織経済実証研究所招聘研究員、成城大学非常勤講師、ISO 30414リードコンサルタント/アセッサーとして、人事と経営の変革を推進している。
今回新たに「実践知で導く、ピープルアナリティクス内製化への道」というコラムを連載させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
目次
ピープルアナリティクスの成功の鍵は「内製化」
近年、人的資本経営や人的資本の情報開示といった動きが注目される中で、「人事の現場でもデータを活用した意思決定が求められるようになってきた」と感じている方も多いのではないでしょうか。
私はデータドリブンHRコンサルタントとして、様々なピープルアナリティクスのプロジェクトを支援させていただいています。そうした中で、次のようなご相談をいただくことが増えてきました。
「ピープルアナリティクスを始めたいのですが、どこから始めらばいいでしょうか?」
「データ分析を外注したのだけど上手くいかず…。自分たちで分析したいと思っています」
これらはピープルアナリティクスの内製化に関するご相談です。人事担当者が自らデータ分析を行い、業務課題の解決に利用していくわけですね。このアプローチはデータドリブン人事を実現する上で、重要なポイントだと私は考えています。
では、なぜピープルアナリティクスの内製化が必要なのでしょうか?その理由は大きく分けて3点あります。
理由①:自社組織の文脈に沿った深い分析ができるため
第一には、自社組織の文脈に沿った深い分析を行えるからです。
客観的な事実を俯瞰的に捉える上でデータは有益です。その一方で、ピープルアナリティクスを行うときには、データには現れない暗黙的な組織構造や組織文化を踏まえて分析をデザインすることが重要になってきます。
また、等級制度や人事評価制度の変遷や人事施策の経緯など、データの解釈に影響のある業務イベントを理解しているのも人事担当者です。外部ベンダーや社内の技術部門に在籍しているデータアナリストは高い技術力を有していますが、こうした「人事の中に閉じた」文脈を完全に理解することは難しいものです。
理由②:データ分析サイクルの速度を上げることができるため
第二に、データ分析サイクルの速度を上げられるからです。
一般的に新規のデータ分析プロジェクトを立ち上げて外部ベンダーを含めた体制で進めた場合、分析レポートが完成するまでに短くても2~3か月の時間を要します。データの入手や前処理に時間がかかる上、データの文脈を捉えるのに時間がかかるからです。
更に、分析依頼者とデータアナリストの相性によって、コミュニケーションギャップが埋まる時間が変わってきます。特に、人事以外の分野、例えばカチッとしたKPIがあることを前提としたマーケティングや製造品質分野のデータアナリストと人事担当者の方が会話すると、そのギャップが大きくなる場合もあるようです。
人事内にデータ分析チームを持つことでこうした壁を壊し、データ分析サイクルを早く回すことができるようになります。
理由③:人事データ分析をすることが当たり前の組織文化に転換するため
最後のポイントは組織文化の転換です。
私がピープルアナリティクスの世界に足を踏み入れたとき、人事部門の上級幹部の方が発した言葉が今も記憶に残っています。
「人事はこれまで勘と経験で議論し、組織内の人間関係を使って施策を展開していくスタイルだった。これを変えたい。変えていかないと従業員の賛同を得られないし、若い人事担当者も活躍できない」
もし、こうした問題にメスを入れるとすれば、それは人事部門内の組織文化を変えることになります。
誰かに「データ分析をやってもらったらこうなった」という話ではなく、人事担当者や管理職が意思を持ってデータ分析を取り入れる必要があるのです。ピープルアナリティクスが人事部門内で公式な仕事と認知され、日々のディスカッションにデータ分析が自然と入り込む状態になるのが理想です。
これを実現するためには、ピープルアナリティクスを内製化することが望ましいわけです。
チームにはどのようなスキルが必要か?
では、いざ自分たちで分析を進めようとしたとき、チームにはどのようなスキルが必要なのでしょうか?今回は、ピープルアナリティクスの実践に欠かせない「課題・データ・手法」という3つの要素を軸に、はじめの一歩を考えていきます。
課題から始める
ピープルアナリティクスの実践には、大きく次の3つの要素が必要です。この3つは、よく「三角形のようにバランスよく支え合う関係」に例えられます。

- 課題や問い(なぜそれを知りたいのか)
- データ(どの情報を活用するのか)
- 分析手法(どうやって明らかにするのか)
このどれが欠けても分析は成立しませんが、なかでも最初に取り組むべきは課題や問いの明確化です。どれだけデータを集め、どれだけ高度なツールや分析スキルを駆使したとしても、「何を解くべきか」が曖昧なままでは、良いアウトプットは得られません。
課題が定まったら、それに答えるために「どんなデータが必要か?」を考えます。人事データベース、勤怠記録、1on1の記録、アンケート結果など、多くの情報が候補になります。
そして、その課題とデータの性質に合わせて、適切な分析手法(集計、クロス集計、回帰分析、可視化など)を選んでいきます。重要なのは「高度な手法を使うこと」ではなく、「課題に対して正しく答えられる構造をつくること」です。
したがって、人事データ分析チームがはじめに持つべきスキルは、高度な分析スキルよりも「解くべき課題を見つけるスキル」だといえるでしょう。
日々の業務の中で生まれる疑問を捕まえる
とはいえ、いきなり「解くべき課題は?」「問いは?」という言葉と向き合っても、なかなか言葉が出てこないのではないでしょうか。データアナリストやコンサルタントに正面から「仮説を立てましょう」といわれても困りますよね。
人事におけるデータ分析は、日々の業務で生まれる違和感や疑問を拾うところから始まります。たとえば、次のような素朴な疑問が、立派な出発点になります。
- 中堅社員のエンゲージメントが低下している気がする。実際どうなんだろう?
- ある部門の時間外が増えている。何が起きているのか?
- 活躍している社員に共通点はあるのか?採用に活かせないか?
まずは、こうした疑問や話題をそのまま素通りするのではなく、いったん立ち止まって捕まえてみてください。そして「それは本当だろうか?」「データで確かめてみるべきでは」と考えてみるのです。
良い問いは対話の先に
クライアントと分析テーマをディスカッションをしているとき、解くべき本音の課題が場に降りてくるのは決まってミーティングの後半です。そして、ミーティングが始まったころに話をしていた話題と異なるテーマに落ち着くこともしばしばあります。
たとえば、次のような具合です。
- 採用でのデータ分析の話からスタートしたはずなのに、いつの間にかタレントマネジメントの話題になっていた。
- 異動・配置業務の効率化を議論している中で、従業員が自律的にキャリアをデザインできるようにアシストするアイデアがだされ、テーマが変わっていった。
- 管理職の長時間労働の実態を捉えるプロジェクトの途中で、従業員エンゲージメントの問題に関心が移っていった。
このような大きな方向転換が、データ分析のプロジェクトの中盤で起きることも珍しくありません。こうした事象はデータ分析プロジェクトでは少なからず起きる可能性があるものですが、人事領域では振れ幅が大きいように感じています。
私がピープルアナリティクスを始めた頃、この振れ幅を抑えようとプロジェクトの初期段階で議論を精緻に固めようとしたことがありました。セオリー通り、まずは「あるべき姿」の議論からスタートし、目標値やKPI(重要業績評価指標)の設定を行い、ギャップ分析を行うというアプローチです。
この方法は事業部門のデータ分析では一般的なものです。しかし、ピープルアナリティクスの立ち上げ段階でこれをやってもなかなか上手くいかないという事態になりました。言い換えると、会話の初期段階でストレートな問いかけをしたり、結論を急いだりするとメンバーの本音に到達できず上手くいかないのです。
そこで、ミーティングのスタイルを変え、ロジカルな議論の前にメンバーの対話を促すような工夫をしてみたところ、少しずつ本音にアクセスできるようになりました。不思議なことに、ちょうどデータ分析のことが頭から離れた頃に本質的な議論が始まるように感じています。
このように、良い問いは良い対話から生まれるものです。ピープルアナリティクスはそのきっかけになるものなのかもしれません。
ピープルアナリティクスの現場から
ピープルアナリティクスは、難しい数式や高機能なツールだけの世界ではありません。
「ちょっと気になる」「これってどうなんだろう」——そんな問いを出発点に、チームメンバーと一緒に考え、形にしていくことが内製化の第一歩です。
このコラムでは、現場で感じやすい素朴な疑問に寄り添いながら、少しずつ理解を深めていくお手伝いができればと思っています。気になるテーマや「こんなことで困っている」といった声も、ぜひ気軽にお寄せください。
ネットワークリクルーティングとは|YOUTRUST岩崎
転職市場を10年ほど見ていて、確信していることがあります。その時代の転職の平均回数によって皆さんの転職のルート・方法が変わっていくということです。

執筆者岩崎 由夏氏株式会社YOUTRUST 代表取締役CEO
大阪大学理学部卒業後、2012年株式会社ディー・エヌ・エーに新卒入社し、2016年子会社に経営企画として出向。採用担当として経験を積む中で、求職者にとってフェアでない転職市場に違和感を覚え起業を決意。「日本のモメンタムを上げる 偉大な会社を創る」というビジョンを掲げる、株式会社YOUTRUSTを2017年に設立。2018年4月にリリースしたキャリアSNS「YOUTRUST」は、信頼できるつながりからキャリア・オポチュニティに出会えるサービスで、累計ユーザー数は約40万人に成長。同時に転職潜在層が集まるSNSの独自性を基盤にしたHR Tech SaaSも法人向けに展開。
人生において転職が1回あるかないかの時代は「プロであるエージェントに相談しよう」と思われる方が多いのですが、2回目が普通になると「直接企業とやりとりしよう」とダイレクトで転職される方が多くなります。そして3回目以降が前提になると、ある種人間の原点に戻るかのように今までのネットワークをベースに知人から の紹介で転職する方が増えるのです。
現在の日本人の平均転職回数は約3回弱。この数は、誰に聞いても「今後さらに増える」と言います。近いうちに確実に来る「平均転職回数が3回以上の社会」におい て、転職市場はどうなるでしょうか。
目次
日本の転職市場はすでに”第三フェーズ”に入った
エージェント全盛の“第一フェーズ”、ダイレクトリクルーティングが広がった“第二フェーズ”を経て、私たちは今、明確に“第三フェーズ”へと踏み込みました。
今の求職者はダイレクトスカウトの洪水の中で疲弊し、企業も「スカウト疲れ」「媒体疲れ」を起こしていることは人事ならば多かれ少なかれ気付いている事実だと思います。
全員で同じ母集団を奪い合い、スカウト数だけが虚しく積み上がる――この構図はそろそろ限界が近いのではないでしょうか。
第三フェーズの「ネットワークリクルーティング」における重要なキーワードは「関係性」と「文脈」です。ちなみに平均転職回数が11回以上にもなるアメリカにおいてはネットワークをベースに転職するのが最も主流で、それを支えるLinkedInが普及しているという構造になっています。
超売り手市場で”採用強者”の企業になるために
皆さんの周囲でも「採用広報を頑張ろう」とか「リファラル採用に注力しよう」というのをよく聞くようになったのではないでしょうか?これはある種、前述の限界を感じた業界先駆者たちの叫びに近いものかもしれません。
労働人口が減り続ける求職者にとって超売り手市場において、無数のアプローチの中から振り向いてもらうには、候補者の時間と注意を点で奪うのではなく、彼らの 人生の文脈に自分たちの物語を丁寧に載せていく必要がある時代になりました。
だからこそリファラル採用や採用広報という話が出てくるようになったのです。この文脈があるかどうかで、候補者にとって魅力的な転職先かどうか優先度が変わってくることに人事の皆さんは気付いているはずです。
そして、そういう出会いを再現性のある形で採用実績を積み続けることができるのが「ネットワークリクルーティング」です。
「ネットワークリクルーティング」の時代
ネットワークリクルーティングとは、企業が保有する“関係資産”――社員・顧客・OB/OG・ファンコミュニティなどのあらゆるネットワークを採用活動の中心に据えるアプローチです。要は、自社と求職者の関係性を構築し、そこからマッチ度の高い人を採用し続ける仕組みを戦略的に設計すること。
具体的には、
- 社員紹介
- 勉強会やイベント開催
- SNSでのネットワークの可視化とスカウト(YOUTRUST、LinkedInなど)
- アルムナイ採用
を戦略的に設計し、目標数管理のもと採用成果まで設計・実行していくことです。偶然に任せる紹介採用ではなく、プロセス設計・データ化・運用まで含めて再現性 を作る点に決定的な違いがあります。
想像してみてほしいのですが、突然「紹介お願いします」と言われて「わかりました!」と紹介できるでしょうか。「今度会社でこんなイベントやるから遊びにおいでよ!」みたいな何かしら誘い文句やきっかけがほしいと思うのが普通だと思います。
特に人事の方なら、頼んだからとすぐに紹介してもらえるわけではないことは痛いほどご存知だと思います。ただ紹介の依頼を投げるのではなく、誰に何を託し、どんなストーリーで口説くのかを言語化し、継続して回る仕組みにまで落とし込むことが採用担当の責務です。
素敵なチームと強烈なビジョンとカルチャーがある会社こそ、ネットワークリクルーティングによって“自分たちの土俵”で戦えるようになるのです。
ネットワークリクルーティング、良い点悪い点
とはいっても全てにおいて言えるように良いことばかりではありません。特に導入初期は苦労するポイントもあります。
- 選考合格率・定着率が非常に高い:経歴以外の内面的情報が事前にあるので、入社前からカルチャー理解が進みミスマッチが減り選考通過率および内定承諾率が高くなる傾向にあります。
- コストは半減:いわゆる採用単価は人材紹介経由の半分くらいに着地することが多いです。継続するほどコストが減少していく傾向も。
- (副次効果)社内メンバーのロイヤリティ向上:社員自身が採用の当事者として紹介やカジュアル面談をするので、自社へ入社した理由や魅力を何度も話すことになり、改めて自社を愛するきっかけになり、定着率の向上にも。
- 関係者を巻き込む熱量が必要:人事・現場が同じ熱量で動けるかがカギになります。採用に非協力的な人をチームに入れてしまうと成果が出るまでに時間がかかることも。
- 短期成果だけを見ると“割に合わない”と感じがち:成果が出るまでは最低でも2〜3ヶ月程度のタイムラグがあります(新しい施策はすべからく結果が出るまでにタイムラグがあるものではありますが)。
これらの難しさは、他社が簡単には真似できない障壁であり、結果として自社の資産になります。一度ネットワークリクルーティングの仕組みを構築すると、継続してタレントプールが資産として積み上がり続けます。
だからこそ、一期一会の採用手法よりも投資する価値がある。ここを乗り越えた企業が、採用市場の第三フェーズの世界で「採用勝ち企業」になっているのです。
「どんな人でもいいからとにかく人数を揃えたい」という会社には向かない
先に向かない会社を言ってしまうと「とにかく短期で人数を揃えたい」「採用に時間をかけたくない」という場合はネットワークリクルーティングはおすすめしませ ん。質の高い人材のタレントプールを中長期の資産にしていくネットワークリクルーティングとは相性が悪いためです。
逆に以下のような会社の場合は「資産は早めに作り始めたほうが良い」という観点から、今すぐにネットワークリクルーティングを開始すべきと言えます。
- 組織作りにこだわりのある会社
- 中長期で採用を継続することを前提としている会社(途中ブランクがあるとしても)
- 採用コストを下げていきたい会社
もちろん万人のものではないですが、近年急成長を遂げている会社は意図的/無意識的問わずネットワークリクルーティングをやってきた会社が多いのも事実です。
ネットワークリクルーティングをやりやすいところから始めよう
とはいっても、「社員紹介のインセンティブを設計しよう」とか「イベントを開催しよう」というのは数字も読みづらく、準備や検討事項が多いので普段忙しい人事の 方からすると若干腰が重たくあります。
今の採用の延長でまずできるネットワークリクルーティングでいうと、YOUTRUSTやLinkedInでスカウトから始めるのが良いと思います。メインは人事で実行するの で、メンバーへの負担は最小限なまま、採用成功に向けての数値設計と管理がしやすいためです。
「いつまでに何名を採用したい、そのためにいつまでに何名内定をお出しする、そのためには最終面接を何件作って…」と逆算することで、送信すべきスカウトの数ま でKPIを容易に引くことができますし、その時期までに、賭けに出ることなく決めたスカウト数を打つことでKPI達成することができます(やってることはダイレクトリクルーティングと同じですが、返信率など歩留が圧倒的に良いのも魅力!)。
イベントや社員紹介は数字が出たとこ勝負にもなりがちなので、初手は期待値計算がしやすいネットワークリクルーティング専用の採用媒体がオススメです。
採用はもっとロマンチックでいい
私は、採用は“その人のその後の人生を左右する大きなイベント”だと思っています。その交点に、運命を感じるような”ご縁”を感じるのは、ただの転職よりも大きな意味を持つのではないでしょうか。
採用企業としても素敵な人に効率的に会える、求職者としてもご縁を感じて納得感と共に入社の日を迎えることができる。そんな出会いをネットワークリクルーティングがかなえるようになっていくのは確実な未来ですし、それが普通になる世界をとても楽しみにしています。
「管理職になりたくない」社員増加を止める、令和の理想のマネジメント像とは|Hajimari有賀
「管理職にはなりたくない」──。
こうした声が多く聞かれるようになってきました。 かつては出世の象徴であり、誰もが目指すべきキャリアパスの一つとされてきた管理職というポジションが、いまや「なるべく避けたいもの」という認識に変わりつつあるのです。この傾向は若手社員に限った話ではありません。中間管理職層の中にも、昇進を打診されても躊躇するケースや、あえて専門職としての道を歩むことを選択する人が増えています。
実際、私たちHajimariが実施した20〜50代の会社員700名(管理職150名・非管理職550名)を対象とした調査*でも、半数以上は、管理職になることに対してポジティブな意見を持っていないという結果がでています。
* ITプロパートナーズ:【700名調査】良い上司との出会いが管理職志向を左右。「褒めて伸ばす、でもビジネスライクに接して」令和の理想的なマネジメント像が判明
管理職の減少は、企業の未来にとって非常に深刻な問題です。
なぜ今、これほどまでに管理職を目指す人が減っているのでしょうか。そして、この「管理職不人気時代」において、企業が目指すべき、社員が「なりたい」と思えるような、時代にふさわしい「理想のマネジメント像」とは一体どのようなものなのでしょうか。
本稿では、弊社の調査データを深掘りしながら、令和時代に求められる新たなリーダーシップのあり方について考察していきます。

執筆者有賀 誠氏株式会社Hajimari 執行役員 CHRO
1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。 三菱自動車常務執行役員人事本部長、ユニクロ執行役員、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役、日本IBM人事部門理事、日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、ミスミグループ本社グループ統括執行役員人材開発センター長、日本M&Aセンター取締役人材本部長などを歴任。 世代を越えての学びの場「有賀塾」、経営目線を持つ人事リーダーの育成を目的とした「CHRO養成塾」等を主催。2020年日本HR Award 受賞。 2024年11月より株式会社Hajimari執行役員人事統括に就任。
調査からわかる、令和のマネジメント像を深堀り
管理職になりたくない人の理由を聞いたところ「責任が重すぎる」(20.9%)「仕事量が増える」(18.4%)が上位を占め、「プライベートの時間が減る」(12.2%)「メンタル面での不安」(14.6%)と続きました。 また、「給与面でのメリットを感じない」(11.9%)という回答も多く見られ、管理職としての責任や負担に見合う待遇が期待できない職場が多いと推察されます。
この結果からは、これらの回答からは、現代の管理職が置かれている厳しい現実が浮き彫りになります。 名ばかり管理職やプレイングマネージャーといった言葉に象徴されるように、多くの管理職は、自身の業務をこなしつつ、チームや部下の目標達成、育成、評価、そして部署内外との調整といった多岐にわたる責任を負っています。
その結果、業務量が大幅に増加し、精神的・時間的な負担が過重になっていることが伺えます。
また、従来の「出世=成功」「長時間労働=美徳」という価値観が薄れていることも管理職の人気を下げている要因です。
現代は、仕事一辺倒ではなく多様なライフスタイルやキャリアを尊重する風潮が社会全体で広がっています。
私たちの調査でも、理想の理想の働き方として「オン・オフをはっきりさせ、プライベートを大切にする」と答えた人が260人で最多、次いで「本業の給与をしっかり上げていく」「成果にこだわらず、ストレスフリーでゆるく働き続ける」という結果が得られました。
一方で、「出世して組織を率いる」という回答は少数で、かつての出世競争や肩書きを重んじる働き方は、多くの人々にとって魅力が薄れていることがわかります。 このような価値観の変化は、管理職志向の低下に直結しています。
しかし、全てのビジネスパーソンが管理職になることをネガティブにとらえているわけではありません。調査からは、過去に「良いマネジメントをされた経験がある」人は、管理職志向が比較的高い傾向が見られたのです。
どのようなマネジメントを受けたかによって、管理職というキャリアパスへの認識が大きく変わりうることがわかります。
では、現代で求められるマネジメントとはどのようなものでしょう。 調査内では、「どのようなマネジメントをされたいか」、つまり理想とされるマネジメント像についても深掘りました。
最も多かった回答は「チームの雰囲気を良くしてほしい」(18.8%)でした。この回答は20代から50代まで全世代で高い支持を集めており、年齢やキャリアフェーズを問わず「職場の空気感を整える上司像」が理想とされていることが伺えます。
さらに、「長所を褒めて伸ばしてほしい」(12.7%)が続き、かつての“厳しく指導する”スタイルよりも、“伴走型”“共感型”のマネジメントが求められていることもわかりました。
これらの結果から言えるのは、令和の部下たちは、指示命令で統率する「監督型」ではなく、雰囲気づくりや人間関係を重視する「キャプテン型」のリーダーを望んでいるということです。
管理職という立場には“チームの空気を整え、後押しする存在”が求められるようになっているのです。
トップダウンはもう古い?関係性重視の時代
かつての日本企業における管理職は、時に家族的なリーダーシップで部下の私生活にまで踏み込む「家長」のような存在でした。飲みニケーションや深夜残業は当たり前、長時間働くことが美徳とされていたのです。
しかし、現代ではそのような関わりは「ハラスメント」と受け止められるリスクをはらんでいます。 特に若手世代にとっては、仕事と私生活は明確に切り分けたいもの。職場には心理的安全性が求められるようになっています。
現代のリーダーには、指示命令で部下を動かす「監督」ではなく、一体感や和を生む「キャプテン」としての姿勢が求められていると感じます。信頼関係をベースにした支援型・共創型のマネジメントが主流になりつつあるのです。
管理職は業務の管理だけでなく、メンバーが安心して働ける雰囲気づくりの旗振り役となる必要があります。
社員のライフスタイルや事情に配慮し、個別最適な働き方を支援する柔軟性も必要です。 副業解禁やフリーランス活用が進む中、社内外問わず最適なリソースを活かせる視野の広さも不可欠と言えます。
一方で、ルール違反や不正に対しては毅然とした態度が必要です。ただし、恐怖ではなく信頼に基づいた指導が前提。これが、昭和の「トップダウン」とは決定的に異なる点です。
“令和のマネジメント人材”を育てるには
現代のビジネス環境は、VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity:変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)と称され、企業を取り巻く状況は常に変化しています。このような中で、組織のパフォーマンスを最大化し、社員のエンゲージメントを高めるためのマネジメントは、従来の常識だけでは立ち行かなくなっています。
ここで私が提唱したいのが、「ハイブリッド型マネジメント」という概念です。
これは、かつての昭和に重んじられた「人情味」や「統制力」といった、組織をまとめる上での骨格となる強さと、令和の時代に不可欠な「柔軟性」や「心理的安全性」といった、個の力を引き出すためのしなやかさを融合させるものです。どちらか一方に振り切るのではなく、双方の良さを取り入れたマネジメントスタイルこそが、これからの理想だと私は考えます。
社外の専門人材やメンターと連携しながら、管理職一人で背負い込まない体制づくりも必要です。
日々の業務に加えて、現代に適応するマネジメントという難しい役割を一人で背負い込むことは、多くの管理職にとって過大な負担となり、結果として「管理職になりたくない」という若手の増加にも繋がっています。
実際に、管理職の役割を外部から支援する当社の「メンタープロパートナーズ」には、若手を幹部候補に育てたいという声が多く集まっています。
今、管理職という役割は「なるべく避けたいもの」から「誰かの成長や組織の力を引き出す面白さを味わえる役割」になれるかどうか、進化を問われているのではないでしょうか。
この進化に対応するためには、私たち一人ひとりが、古い常識や成功体験に固執せず、時代に合ったマネジメントスタイルを主体的にアップデートしていくことが不可欠です。部下を導くリーダーとして、自らも変化を恐れずに学び、新しいアプローチを試み、成長し続ける姿勢こそが求められます。
VUCAの時代を生き抜き、組織を次のステージへと導くのは、過去の成功体験に囚われず、常に未来を見据え、柔軟に進化し続ける「ハイブリッド型リーダー」です。 そのような管理職こそが、令和の「理想の管理職像」なのだと私は考えます。 そして、彼らが自信を持ってその役割を全うできるよう、私たちのような外部パートナーが最適な形で支援していくことが、これからの企業成長には不可欠となるでしょう。
採用担当者の工数を軽減できるマイナビの採用方法とは?
中途採用のニーズが高まる一方で、採用担当者の負担が年々増加しています。しかし、実際の現場では応募者対応や日程調整といった事務作業が煩雑で、採用の質やスピードに課題を抱える企業も少なくありません。
本記事では、中途採用を幅広くご支援している私達が実施した調査結果から見えてくる、現在の中途採用にかかる問題点について解説します。
また、実際にこうした問題に直面していた株式会社ワイ・デー・ケー九州の採用改善事例もご紹介しておりますので、ぜひ最後までご覧いただければと思います。

サポネット編集部|株式会社マイナビ
「HUMAN CAPITAL サポネット」は、新卒・中途採用ご担当者さま、経営者さま、さらには面接や育成に関わるすべてのビジネスパーソンに向けた、採用・育成・組織戦略のヒントが満載の情報メディアです。
目次
1. 現状の中途採用にかかる問題点
弊社が中途採用担当者に実施した調査によると、2024年の中途採用人数は1社あたり年間平均20.8人と、2年連続20人を超える結果となりました。
引用:マイナビキャリアリサーチLab調べ|中途採用状況調査2025年版(2024年実績)
また、2024年の中途採用に積極的な企業は9割を超えており、前年に引き続き未経験者の採用にも積極的な動きが見られました。依然として人材不足の問題は続いているといえます。
引用:マイナビキャリアリサーチLab調べ|中途採用状況調査2025年版(2024年実績)
そして、採用担当者が採用業務に対し煩雑に思っている業務内容は「応募者の対応」(34.0%)、「応募者の管理」(32.2%)、「社内の面接官日程調整」(30.0%)が上位をしめました。
採用業務の中でも日程調整や管理などの事務的な作業に対して煩雑になってしまっている担当者が多くみられます。
つまり、人材不足による採用を進める企業が多い一方で、現場の採用担当者は事務的な業務に煩雑さを抱えながら作業している問題点が浮かびあがります。
2. 採用業務の工数に課題を感じていた株式会社ワイ・デー・ケー九州
半導体製造装置を中心とした産業用設備の設計開発・製造を行う株式会社ワイ・デー・ケー九州。同社も採用業務に課題を持っており、従事できる人員が少ないために十分な対応ができず、求める人材を採用につなげることに苦戦していました。
そこで弊社が提供している「マイナビ転職 Booster」をご利用いただき、その結果、選考にかかる手間と時間を大幅に削減し、自社に合った人材の採用に成功することができました。
今回、同社人事部の西 美惠子様、山口 清成様に詳しいお話を伺いましたので、ぜひ参考にしていただければと思います。

「マイナビ転職 Booster」の利用で採用工数を削減。専属スタッフのサポートのおかげで、マッチング率もアップ
こちらの記事より内容を編集し掲載しています。ぜひこちらもご確認ください!
応募が増えた一方で、従来の体制では対応しきれない採用業務を解消
Q. マイナビ転職 Boosterを利用する前の中途採用の状況を教えてください。
西美惠子様(以下、西):従来は、「現場から新たな人材がほしいという要望が上がってくるたびにハローワークに求人を出し、応募が来るのを待つ」というやり方で採用していました。しかし近年の半導体へのニーズの高まりとともに、当社でも技術者を中心に、より多くの人材を確保しなければならない状況になりました。
そこで2021年から、マイナビ転職に求人広告を掲載するようになりました。マイナビ転職を選んだのは、当社の新卒採用でマイナビの就職情報サイトを利用していて、採用実績があったからです。
おかげで応募数は増えましたが、選考や応募者との日程調整に手間と時間がかかるうえに選考途中の辞退も多く、なかなか自社に合う人材の採用につなげられませんでした。
Q. 当時、どんなことに中途採用の課題を感じていましたか。
西:一番の課題は、こなさなければいけない採用業務が多すぎて、志望動機を醸成する効果的な応募者対応やフォロー、スカウトまで手が回らなかったことです。というのも、当時、当社には人事部がなく、中途採用については、管理本部に所属していた私と山口が、経理や総務などの業務と採用業務を兼務していたため、最低限の対応だけでも精いっぱいだったのです。
ハローワークをメインに使っていた頃は、そもそも応募が少なかったので、従来の体制でも大きな問題はありませんでした。マイナビ転職に経験不問で求人掲載をするとそれなりの数の応募が来るようになり、書類選考やその後の応募者対応に、かなりの手間と時間を取られるようになりました。
技術者の採用では、各部門の業務内容に応募者のスキルがマッチするかどうかは、経歴と面接での本人の申告だけではわかりにくいため、他の職種以上に、吟味と現場との調整が必要です。私たちが十分な経歴があると判断して現場に提案しても、現場の担当者がスキル不足とみなして不採用となるケースも多々あります。
必要なスキルを備えた応募者がいても、私たちが他の業務に時間を取られているうちに現場への提案が遅くなり、先に他社から内定が出て選考途中で辞退されるケースもありました。振り返ると、他の業務もこなしながら、多数の応募者のなかから各部門の業務内容にマッチする技術者を選考するのは無理があったと思います。
Q. 採用課題の解決のために成果報酬型サービスを利用することにした経緯を教えてください。
西:マイナビ転職の利用開始から半年ほど経った頃、マイナビの担当者からマイナビ転職 Boosterの利用を勧められたのがきっかけです。ちょうど、追加で費用をかけてでも課題を解決する必要があると感じ始めていたタイミングでした。
もっとも大きな負担になっていた書類選考をはじめ、面接や工場見学の日程調整、内定者フォローなどの応募者対応を代行してもらえると知り、利用を決めました。
また、マイナビ転職 Boosterの担当者による紹介やサポートを受ければ、技術者や経験者を募集するにあたって、より当社の採用要件や社風に合った人材を採用できるようになると考えたことも、利用を決めた理由の一つです。さらに、現場への提案が遅くなったのが原因で、他社に先に内定を出されて辞退された経験から、選考スピードをアップさせたいという思いもありました。
採用業務が効率化され、見極めに集中できるように
Q. 実際にマイナビ転職 Boosterを利用してみて、どんな印象を持ちましたか。よかった点や採用活動に役立った点など、効果を感じられたエピソードがあれば教えてください。
西:書類選考を代行してもらえるようになり、採用業務にかけていた時間と手間が大幅に削減されました。このことは、マイナビ転職 Boosterの利用による大きなメリットだと感じています。採用業務が効率化された結果、現場への提案スピードが速くなり、スピードで他社に負けるリスクを軽減できたのもよかったです。
山口清成様(以下、山口):私たちだけで採用活動をしていた頃は、書類選考のほかに、面接や工場見学の日程調整も負担になっていました。マイナビ転職 Boosterの導入後は、応募者対応や日程調整を担当者に任せられるようになったため、自社に合う人材の見極めに集中できるようになりました。
西:担当者による内定者フォローが採用につながった面もあったと思います。例をあげると、内定者のなかに、遠方からの転職で住まいが見つからず入社を決めかねている方がいたのですが、マイナビ転職 Boosterの担当者がその方の要望に合う転居先を探して提案してくれました。選考過程全体を通して、応募者に寄り添った親身なフォローで志望度アップに貢献してくれた印象があります。
Qマイナビ転職 Boosterを利用した採用活動によって、応募者や採用者がどのように変化したかを教えてください。
西:マイナビ転職の求人広告を見た求職者自身からの応募に加えて、マイナビ転職 Boosterの担当者がスカウトした求職者からも応募があったので、応募数、採用数ともに増加しました。担当者が当社の特徴を理解したうえで、業務内容に合ったスキルや経歴のある人材をスカウトして紹介してくれたおかげで、応募者とのマッチング率も高まりました。
また、ハローワークに募集を出して待ちの姿勢で採用していた頃に比べると、若手人材や理系人材からの応募が増えました。
電気設計、機械設計の技術者採用では、求人広告を掲載するたびにマイナビ転職 Booster担当者からの紹介も含めて数十名の応募があり、選考を経て、計4名の技術者を採用することができました。そのほか、総務、経理、製造管理、品質保証の部長候補、資材調達の課長候補についても各1名の採用に成功しています。
Q. マイナビ転職 Boosterの担当者とは、どのように人材の判断基準を共有していたのでしょうか。
西: 基本的な採用要件は、現場からの要望をもとに社内で決めたうえで、マイナビ転職の求人広告を制作するための打ち合わせの際にマイナビ転職 Boosterの担当者に伝えていました。選考時の細かい判断基準は、ともに採用活動を進めるなかで直接伝えたこともありますが、担当者自身も当社の社員や選考通過者の傾向から汲み取る努力をしてくれたと感じています。
特に技術者については数回にわたって求人掲載したため、回を重ねるにつれて担当者が当社の判断基準を熟知して選考に通りそうな人材を紹介してくれるようになり、選考フロー全体が効率化されました。
3. 最後に
現在の中途採用の問題点と実際の事例について解説いたしました。
今回ご紹介した事例のように、自社の採用課題を分析したうえで、採用活動の効率化や新しい採用手法を取り入れることで、課題解決に繋がるケースもあります。
採用業務について事務的な工数削減をしたいとお考えの採用担当者様は、採用活動の1つの手段として、成果報酬型のサービスを検討いただけたらと考えています。
【ミドルマネジャーのオーバーワークを乗り越える4つのアプローチ#4】ミドルマネジャーの「業務の質」に対処する2つのアプローチ|リクルートマネジメントソリューションズ
ミドルマネジャー(課長層、以下マネジャー)の過重負担や長時間労働、業務の難しさなどが、多くの企業で問題となっています。
「マネジャーは罰ゲームだ」「マネジャーになりたくない人が増えている」「マネジャー限界説」などの声もよく耳にするようになりました。そうした問題を解決するにはどうしたらいいのでしょうか。マネジャーのオーバーワークを乗り越える4つのアプローチを紹介します。
第4回は事例を交えながら、「業務の質」に対処するための後半2つのアプローチを具体的にお伝えします。

寄稿者石橋 慶(いしばし けい)氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ レーニングマネジメント部 トレーニング開発グループ マネジャー
2005年リクルートマネジメントソリューションズ入社。ソリューションプランナーとして、幅広い業種・規模の企業に対し、人材採用・人材開発・組織開発の企画・提案を行う。2012年よりミドルマネジメント領域の調査研究およびトレーニング・モバイルラーニングの商品企画・開発に従事。

寄稿者木越 智彰(きこし ともあき)氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ トレーニングマネジメント部 トレーニング開発グループ 主任研究員
ビジネス系出版社にて書籍の編集・企画業務に携わった後、2009年にリクルートマネジメントソリューションズに入社。海外事業の立ち上げ・専属トレーナーのマネジメント業務を経験し、現在は研修の企画開発に従事。主にマネジメント領域を担当する。著書に『部下育成の教科書』(共著・ダイヤモンド社)がある。
目次
【アプローチ3】「制度・仕組み」で質に対処する
3つ目は、「制度・仕組み」で質に対処するアプローチです。環境変化に対応できる望ましい組織運営のあり方を再検討し、マネジャーの役割も再考した上で、新たな制度や仕組みを用意してマネジャー業務の質を高めていきます。
多くの企業が「管理統率型+自律共創型マネジメント」へ移行しつつある
結論から言えば、私たちは今、多くの企業に「管理統率型+自律共創型マネジメント」への移行を勧めています。これまでの管理統率型マネジメントをある部分で維持しながら、自律共創型マネジメントを新たに導入するのです。
実際、多くの企業が自律共創型マネジメントを導入したり、導入を検討したりしています。私たちの調査では、人事担当者及び管理職層の7割程度が、自律共創型組織への移行が必要だと考えており、5割程度が実際に自律共創型の組織運営に何らかの形で取り組んでいることが分かっています。
出典:「マネジメントに対する人事担当者と管理職層の意識調査2023年 」リクルートマネジメントソリューションズ
「管理統率型マネジメント」とは、マネジャーが目標・戦略・計画を決め、メンバーがそれらを素早く実行する従来型のマネジメントのあり方です。1on1の垂直コミュニケーションのもとで、個人の知識や経験を重視して、計画された分業による協調を行います。
対して、「自律共創型マネジメント」とは、チームで考え、柔軟に価値を生み出すマネジメントのあり方です。チーム全員が、共有ビジョンの実現に向けて、実践知を交換しながらより良い方法を生み出していくのです。1対多のコミュニケーションや学びなおしを重視し、自律的なメンバー行動による協働を行います。
自律共創型マネジメントが必要とされているのは、リーダーも課題解決の方法が分からないから
自律共創型マネジメントが注目されている理由の1つは、多くのビジネス課題が、技術的挑戦から「適応的挑戦」に変わったからです。
技術的挑戦の場合、マネジャーが解決方法を知っており、メンバーに対して適切な指示をすることで問題解決を図ることができます。しかし、適応的挑戦の場合、マネジャーも解決方法が分かりません。
この種の挑戦において、マネジャーはメンバーとともに課題に対応していくことが欠かせません。マネジャーには、メンバーのアイデアを積極的に引き出し、メンバーとの相互作用で課題に対処していく行動が求められます。
もう1つは、「他部署と連携する必要性(タスク依存性)」と「業務遂行上の情報の不確実性(タスク不確実性)」がどんどん高まっているからです。
タスク依存性が高い職場では、マネジャーの対外活動がカギになります。マネジャーには、自部署はもちろんのこと、上司・他部署・社外の関係者を巻き込む動きが求められます。
タスク不確実性が高い職場では、メンバーの心理的安全性を確保し、積極性を促すリーダーシップが必要とされます。
現状、多くの日本企業は、管理統率型マネジメントをある程度残しながら、自律共創型マネジメントの導入を進めています。例えばE社は、人事制度と評価制度を抜本的に見直し、自律共創型マネジメントの体制を整えました。
具体的には、成長支援や評価をメンバー同士で行う仕組みを導入し、組織がもつ情報や権限を一人ひとりに分散させたのです。そうすることで、個々のメンバーが自律して自ら意思決定する「自律・分散・協調型組織」への移行を後押ししています。
この仕組みの導入により、E社は目指す組織像に近づきつつあります。
【アプローチ4】「能力開発」で質に対処する
4つ目は「能力開発」で質に対処するアプローチです。自律共創型マネジメントを行うためにマネジャーに求められる力を高める施策群です。
多くの企業が、管理統率型マネジメントの限界に直面しており、マネジメントにおける新たな考え方やスキル開発の必要性を感じています。自律共創型マネジメントに向けた人材育成施策が求められているのです。
自律共創型組織の実現に必要なマネジャーの「3つのキー行動」
自律共創型の組織運営に向けて、マネジャーが特に難しいと感じているのは、「組織のビジョンを打ち出すこと」「失敗を恐れず挑戦する組織づくり」「これまでの成功パターンからの脱却」の3点です。
出典:「マネジメントに対する人事担当者と管理職層の意識調査2023年」リクルートマネジメントソリューションズ
言い換えれば、自律共創型組織の実現に必要なマネジャーの3つのキー行動は、「ビジョン策定」「組織・チームでの共創」「振り返りと学習」です。マネジャーがこの3つに取り組めば、自律共創型組織を形成していけるのです。
「ビジョン策定」は、まずメンバーとの対話を通じて、メンバーのやりたいことや問題・課題意識を明らかにすることが大切です。その上で、メンバーとともに変化を洞察し、自組織で実現したいこと(ビジョン)を明らかにしていくのです。
具体的には、マネジャーは1on1・評価面談・キャリア面談などの場を通して、メンバー一人ひとりがどのようなことに興味・関心があるのか、何に意欲をもつのか、どんな価値観をもっているのか、中長期のキャリアの方向性に照らした現在地などを確認します。その上で、本人の志向や強みや課題を踏まえ、当面の能力開発テーマや仕事におけるチャレンジを一人ひとりと合意するのです。
メンバー一人ひとりのチャレンジしてみたいことをオープンに語り合う中から、自組織として取り組みたいことをメンバー全員と対話の中から見出していくことができます。そうして生まれた、組織の共通ビジョンの実現に向けてはコミットが高まることになります。
「組織・チームでの共創」のポイントは、ビジョン実現に向けた個人の自律的行動や試行錯誤を奨励し、それらを個人目標に織り込むことです。また、共創する際に、チームの中で誰もが意見を表明できるように心理的安全性を高めることが肝要です。
心理的安全性を醸成する上で欠かせないのが、チーム内の盛んな「対話」です。マネジャーがメンバーの発言に対して評価や結論を下すようなコミュニケーションをするのではなく、マネジャーとメンバーが互いの発言やその背景を聴き合いながら、意味を発見するやり取りをしていくのです。マネジャーは、こうしたオープンな対話を通じて、多くの気づきを得ることができるはずです。
「振り返りと学習」に最も必要なのは、チームでトライしたことを皆で振り返り、チーム全体が経験から学ぶ時間です。同時に、マネジャーが自身のマネジメントを振り返ることも極めて大切です。
かつての管理統率型マネジメントでは、「マネジャーは正しいことを言えなければならない」「マネジャーは悩みをメンバーに伝えてはいけない」「マネジャーは何が起きているかをすべて把握しておかなければならない」「メンバーに聞いても、よい意見は出てこない」「マネジメントとは、きつくてしんどいものだ」といったことが通念となっていました。
しかし、自律共創型マネジメントでは、「マネジャーは、たとえ間違っていても、自分の考えや思いを言えることが大事だ」「マネジャーは悩みをメンバーに相談したり、頼ったりしてよい」「メンバーが自律的に判断できる環境・仕組みをつくることが大事だ」「メンバーはマネジャーにないアイデアや問題意識をもっている」「マネジメントは、案外面白くて、創造的だ」といった考え方を持つ必要があります。
マネジャーのメンタルモデルがこのように変わっていけば、自律共創型組織への移行はスムーズに進んでいくはずです。
管理統率型(before)/自律共創型(after)のマネジメントメンタルモデル
以上で、「マネジャーのオーバーワークを乗り越えるための4つのアプローチ」の紹介を終わります。少しでも皆さんの参考になれば幸いです。
“正しい”人事データの活用で競争力を高める!グローバルHR SaaSから学ぶ組織戦略の未来
2025年6月25日~2025年6月27日に東京ビッグサイトで開催された「カイシャのミライ カレッジ 2025 Tokyo Spring」。経営者や総務、人事、経理といったバックオフィスの方を対象としたセミナー・交流会イベントです。
本記事では、jnjer株式会社 代表取締役社長 CEOである冨永氏と、一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会で上席研究員を務める髙浪氏が登壇した講演内容をイベントレポートとしてご紹介します。
人的資本経営が注目を集める中で、人事データに対する重要性が高まり、多くの企業が人事データの活用に取り組み始めています。人事データの基盤をどのように構築すべきか、そして人事データの質が「戦略的な意思決定」や「組織の成長」にいかに直結するかを紐解いていきます。

登壇者冨永 健氏jinjer株式会社 代表取締役社長 CEO
シスコシステムズで大手企業向け営業と組織マネジメントを担った後、アマゾンウェブサービスで営業責任者として日本のクラウドマイグレーションの加速に貢献。その後、株式会社Zendeskの社長としてカスタマーエクスペリエンス基盤の普及とオペレーション改善を主導し、国内市場でのプレゼンス拡大に寄与した。現在はHR Tech 企業 jinjer の代表取締役社長 CEOとして、これまで培ったグローバルビジネスの経験を基盤に、戦略策定、M&A・組織再編、業務オペレーションの効率化に取り組み、日本発のHR Tech企業の持続的成長をリードしている。

登壇者髙浪 司氏一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 上席研究員/EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ピープル・コンサルティング アソシエイトパートナー
外資系コンサルティングファームにて、会計領域のコンサルティングや、組織再編・事業統合に伴う事業モデル設計に従事し、大規模な業務改革・構想策定を得意とする。現職のEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社では、人事戦略を起点としたグローバルビジネスサービスの変革を推進。業務の高度化・効率化を通じて、デジタルシフトに伴うワークフォース変容に対応し、次世代型の人事機能・人事オペレーティングモデルの構築や、スキルベースアプローチの導入によるタレントマネジメントの進化に注力している。また、一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会では、Talent Acquisition and Retentionワーキンググループをリード。企業の競争優位を支える優秀な人材の確保と定着を、戦略的かつ継続的に推進している。人材獲得・定着における実務とアカデミアをつなぐ「知の交差点」として、ピープルアナリティクスの観点から課題解決に資するナレッジと実践を創出し、参加企業の持続的な組織力強化を支援している。
目次
1. 人事データの重要性と現場の課題
冨永氏:本日は「“正しい”人事データの活用で競争力を高める」というテーマで講演を進めたいと思います。1つ目のお題は、「人事データの重要性と現場の課題」についてです。
従来、人材は「ヒト・モノ・カネ」という経営資源の一つとして、コスト管理の対象とされてきました。しかし、近年の社会情勢の変化や人手不足を背景に、「人は資本である」という考え方へと変化しています。
人材を資本、すなわち投資対象と捉えることで、その質を高めることが企業の価値向上に直結するという認識が広まり、人材の質を向上することへの注目が集まっています。
また、IT技術が発展する中で、会計システムや生産管理システムなど、様々な業務システムが登場し、事業の利便性は大きく向上しました。しかし、「ヒト・モノ・カネ」の枠組みで見た場合、「ヒト」にまつわるシステムだけは、まだまだ遅れをとっている印象があります。
人事部の現場では、未だにExcelで作られた従業員台帳や紙のタイムカードが使われているケースが多く見られ、データ化に大きな遅れが生じています。人事データが適切に管理されていなければ、人事担当者は経験や勘に頼って人材戦略や人材配置を行わざるを得ません。このような属人的な取り組みは、経営戦略にも大きな影響を与える可能性があります。
髙浪さんは、日頃コンサルタントとして現場に赴かれる中で、このような人事データ活用の遅れを感じる場面はございますか?
髙浪氏:はい。実務の現場に立つ中で、人事データの整備や可視化が十分に進んでいない企業は依然として多数存在すると感じています。
特に入力ルールや管理基準が部門ごとに異なり、整備されたデータベースとして活用できる状態になっていないケースが散見されます。このような“即時に使える状態”にないデータ基盤では、戦略的な意思決定に結びつけることが困難であり、結果として属人的な判断に依存せざるを得ない状況が続いているのが実情です。
「本当に整備されている?」各企業における人事データの整備状況
冨永氏:人事部は、経営陣から急に「これに関するデータを出してくれる?」と依頼されることも少なくありませんよね。ここで、当社が実施した『人事データの整備と活用に関する実態調査』について共有したいと思います。
まず、「現在、貴社の人事データはどの程度整備されていると感じますか?」という問いに対しては、約半数が「整備されている」と回答しています。
私は、この結果を初めて見た際に、予想していたよりも人事の方々は人事データの整備について問題意識を持っていないのではないかと感じました。
しかし、より具体的に調査結果を見ていくと、面白いことがわかります。「整備されている」と回答している半数の方の中にも、実は人事データの運用に課題を感じていると回答した方が79%もいるのです。
髙浪さん、これらの運用における課題は人事部門で良く見られるものなのでしょうか?
髙浪氏:人的資本経営への注目が高まるにつれて、社内でデータ収集の自動化を促進する企業は増加傾向にあります。このように社内でのデータ収集の機運が高まっている一方で「データは存在するが、所在が把握できていない」「収集はしているはずだが、誰がどんな粒度で保持しているのか不明確」といったデータガバナンスの不在を示す声を頻繁に耳にします。
これは単なる管理の問題ではなく、経営判断に用いるべき人材情報が“活用不能な資産”として埋もれてしまっている、という非常に本質的な課題を示唆しています。
冨永氏:いざ人事データを活用しようとした際に、「取得していると思っていたデータが実際はなかった」あるいは「ないと思っていたデータが実は取得されていた」という状況は、まさに現場のリアルな悩みだなと思います。
現在、人的資本経営の情報開示が求められていることを背景にデータ収集を進める企業も増えているのではないかと思います。しかし、情報開示はあくまで結果であり、「情報開示のためだけに」データを集めるのは本末転倒です。
経営戦略や人事戦略を策定する際に、いつでも必要な人事データをすぐに確認できる状態を構築することこそが重要ではないでしょうか。
2. なぜ人事データを整備できていないのか?
冨永氏:続いてのテーマは、「なぜ人事データを整備できていないのか?」です。根本的な理由として、時代の変化に伴い、管理すべきデータが複雑化していることが挙げられます。
2000年代においては、従業員の雇用形態や保有資格といった人事の基礎情報を管理できていれば、人事データの管理は十分でした。この時代は、システム構築もオンプレミス型が主流です。
しかし、2010年代に入ると、従業員のスキルや経験に加え、業務手当や資格手当など、管理すべき人事データの項目が格段に増えていきました。この頃から、オンプレミス型システムに情報を追加する手間が増え始めたのです。
そして、タレントマネジメントシステムや福利厚生システム、さらにコロナ禍では在宅勤務を管理できるようにするためのシステムなど、業務やシーンごとにさまざまなシステムが増加していきました。現在では、従業員のメンタルヘルス対策や働きがいへの注目が高まり、ストレスチェックやエンゲージメントといった項目が人事データに加わっています。
このように管理項目が増加し続けた結果、人事・管理部門には複数のシステムが混在し、マスターとなるデータがバラバラに分散する事態となっています。さらに、システムだけでなく、アナログなExcelやWordファイル、紙によるデータ保管も混在している点も、現状の大きな課題だと考えています。
ここまでの時代の変化、そして人事データ管理の変化を見て、髙浪さんはどのように感じられますか?
髙浪氏:お話しいただいた通り、管理すべき項目は恐るべきスピードで増えています。特に近年注目を集めている“スキルベース・マネジメント”の観点では、スキル定義の精緻化と継続的な棚卸しが避けて通れない論点です。
例えば、「プロジェクト管理」といったスキルも、企業文化や事業特性によって要求される行動特性や知識構造が異なるため、何をもってスキルの有無や高低を判断するのか等、定義と測定方法を共通化しなければ、社内横断での活用や人材配置の最適化にはつながりません。
また、スキルは静的な資格情報とは異なり、実務経験や学習を通じて日々変容する“動的な資産”です。この動態を反映できるような更新フローやアセスメントロジックがなければ、データはすぐに陳腐化してしまいます。
こうした課題に直面している企業は非常に多く、今後の人事戦略において、スキルデータの“鮮度と信頼性”をどう担保するかが競争優位の分水嶺になると考えています。
冨永氏:確かに、資格情報のみであれば「有資格者」「無資格者」で明確に判断できます。しかし、保有スキルにはグラデーションがあります。さらに、世間で公的に認められた資格は持っていなくとも、それに匹敵するような高いスキルや知識を持つ人材もいるでしょう。
これらの情報はタレントマネジメントシステムで管理を試みることが多いですが、厳密に把握することは難しいと感じます。
そもそもの基盤となる「データの精度」が大きな課題に
冨永氏:また、タレントマネジメントシステムを導入してスキルや能力の管理を行っていても、そもそもデータの精度が低ければ、データ活用は進みません。
例えば、氏名を登録する際に姓と名の間に半角スペースを入れるか入れないかといった些細な違いでも、データの精度に影響します。また、特定のシステムだけが最新情報に更新されていないといったケースも、データ管理に関わる課題の典型例です。こうしたデータのバラつきを正確に管理していくには、非常に手間がかかります。
さらに、データ管理に関わる課題の例としては、「過去のデータ」を探しにくい点が挙げられます。「現在、この従業員はどの部署に在籍しているか?」という質問には答えられても、「この人は3年前にどの部署で何の仕事をしていたのか?」と問われると、すぐに回答できないケースが多いようです。
入社時から遡り、どこに配属され、誰と一緒に働き、どのようなスキルを身につけながら今に至るのか。過去のデータも含めて正確に把握できなければ、これからの企業経営は立ち行かなくなるでしょう。
縦・横・斜めに組み合わせた人事データの活用を
髙浪氏:ここで会場の方から「離職予測において取得をおすすめする人事データはありますか?」というご質問をいただきましたので、お答えしたいと思います。
以前、ある実証実験にて
- 従業員のコミュニケーション量(社内SNSの接触データ)
- 勤務時間(打刻データ)
- エンゲージメント(サーベイ)
という3種類の既存人事データを組み合わせ、ストレス状態および離職兆候との相関を分析しました。
単体では読み解けない因果構造が、複合分析によって明らかになる好例でした。今後、横断的にデータを“縦・横・斜め”に掛け合わせて解釈する視点は、人事領域において不可欠になると感じていますが、冨永さんはいかがですか?
冨永氏:そうですね。今保有している人事データに新しいものを加える視点だけでなく、保有している既存データの組み合わせを考えることはポイントだと思います。既存データを縦・横・斜めに組み合わせて見方を変えるだけで、今まで見えていなかったことが見えてくる場合があります。
3. 人事データの基盤をどう考えていくか
冨永氏:ここからは、「人事データをどのように整理していけばよいか」という人事データ基盤の考え方についてお話ししていきます。
システムをバラバラに導入していくと、どうしてもデータが散在してしまいます。これに対して、API連携によってあたかも一つのデータ(マスター)を保持しているかのように利用する方法もありますが、グローバルな視点で見ると、海外のHR SaaSでは統合型が主流となっているように伺えます。
髙浪さんは、この現状をどのように捉えていらっしゃいますか?
髙浪氏:
十数年前は構築型のERPが主流であり、その後SaaSシステムが次々と登場し、追加されていきました。しかし、現在は管理すべきデータの範囲が複雑化していることに加えて、さらにERPシステムの保守切れなどをきっかけに、システム統合を検討する企業が増えています。
また、最近は生成AIがもたらす“対話的インターフェース”の進化により、人事データへのアクセス性が劇的に変わる可能性を感じています。「〇〇事業における適切な後継者は誰か?」と問いかければ即時に返答がある未来は、単なる夢物語ではなくなりつつあります。
ただし、その前提としてシステムおよびデータ基盤が“統合されていること”そして“信頼に足る状態であること”が不可欠です。
冨永氏:私も人事部長に「今のうちの女性管理職の比率は何%だっけ?」といった質問をしたことがあります。これを生成AIに聞いて確認できるようになれば、非常に便利です。
人事データと生成AIの活用は、人事部のニーズも非常に高いと思います。もしかしたら、そのうち私も、人事部長から「その質問は生成AIに聞いてください」と言われるかもしれません(笑)。
4. 「正しい人事データ」の活用で競争力を高める
冨永氏:このように、1つのデータベースを持つ統合型システムに移行していくことは、企業の競争力を高める大きなきっかけとなります。
ここで、弊社サービスの導入企業様の事例を2つご紹介したいと思います。


このように、ジンジャーは統合型データベースの仕組みによって「正しい人事データ」の管理を実現し、企業様の経営戦略を実行に導くサポートをおこなっています。
この「正しさ」について、私たちは次のように考えています。
「正しさ」の要素 | “正しい”人事データの例 |
---|---|
①正確性 | 誤りがない従業員の基本情報 |
②網羅性 | 不足のない評価データ、スキル情報 |
③一貫性 | 統一フォーマットで管理された氏名・住所の情報 |
④最新性 | リアルタイムで反映される昇格や異動情報 |
➄適法性 | 労基法に基づく勤務時間と給与支払いの実績 |
これら5つを満たした人事データ、つまり「現場で使える人事データ」こそ正しい人事データだと考えています。
髙浪氏:
以前、ある医療機関のクライアントから、勤怠データが三重に管理されているというお話を伺ったことがあります。一つは紙による手書き集計、二つ目はモバイル端末による打刻、そして三つ目がそれら二つのデータを突合・整合した社内独自の管理ファイルでした。
理由を尋ねたところ、「それぞれのデータ間にしばしば乖離が生じるため、突合せを行わないと正確な実績が把握できない」というものでした。これは一見、現場の工夫とも捉えられますが、実態としては、元々の入力精度やプロセス設計に根本的な課題があることを示唆しています。
本来あるべき姿は、データを“整合させること”に労力を割くのではなく、初期入力の時点から「構造化され、かつ現場で即時に活用可能なデータ」を取得できる仕組みを設計することです。すなわち、“使えるデータ”とは、単に正しい情報を持つという意味ではなく、オペレーション全体が設計通りに運用され、ガバナンスが効いている証でもあるのです。
冨永氏:髙浪さん、ありがとうございます。ジンジャーは、もともと勤怠管理のシステムからスタートし、人事労務やタレントマネジメントといった機能を追加してきました。しかし、機能が増えても統合型のデータベースを基盤として開発を進めてきているため、人事データのバラバラ管理を防ぎ、正しい人事データを整備することが可能です。
ぜひ、皆様の企業で正しい人事データが整備されていくことで、競争力の高い組織作りに繋げていっていただきたいと思います。本日は、ご清聴いただきありがとうございました。
プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開にあたって|「プロアクティブ人材」育成実践術 #8
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。
本連載は、拙著「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)の内容をベースに、『「プロアクティブ人材」育成実践術』と題して、プロアクティブ人材を育成していく具体的な実践方法・ステップを中心にご紹介し、プロアクティブ人材を起点として人的資本経営を成果に結びつける実践的なアプローチを提示してきました。
連載を振り返ると、第1回から2回にかけては、プロアクティブ人材が「自らのキャリアと組織の成長を同時に切り拓いていく人材」であることを紹介した上で、「プロアクティブ人材は、人的資本経営を成果につなげるためには必要不可欠な存在であり、まさに成果創出の起点となる存在」であることを解説しました。
第3回と第4回ではプロアクティブ人材をどう育てるのかという具体的な方法論について踏み込んでいき、プロアクティブスコアの測定方法、プロアクティブ行動を高める因果モデル、そして自社にとって意味のあるターゲットと施策テーマ設定の方法について紹介しました。
続いて第5回では、具体的な施策を展開する上で、プロアクティブスコアを共通の言語として経営・人事部門と管理職との間で関係を強化していく必要があること、第6回では管理職のマインドセットがプロアクティブ行動を向上させる上では肝となることを解説しました。
そして第7回では、プロアクティブ人材を起点として人的資本経営を成果に結びつける一連のマネジメントサイクルを回していく際に有用な人的資本価値創造モデルを紹介しました。
第1回から第7回までの連載を読んでいただいた皆様は、「持続的成長に向けた重要な育成テーマとしてのプロアクティブ人材、その方法論」に関する解像度を深めて頂いたのではないでしょうか。
最終回となる第8回は、書籍でご紹介した内容からさらに一歩進んで、「最前線の試行錯誤」についてお届けしたいと思います。既にプロアクティブ人材育成に取り組んでいる先進企業が直面している“リアル”は大きく以下の3点です。
- 個に迫る育成の主役である管理職が機能しない
- 働き手が白けておりのれんに腕押し状態に陥っている
- 施策がマンネリ化する
①個に迫る育成の主役である管理職が機能しない
第5回、第6回でも解説した通り、プロアクティブ人材の育成には管理職が個人・チームに働きかけることが必要不可欠です。
しかし管理職は、「管理職の罰ゲーム化」と言われるほど高負荷・高ストレス状態にあると言われます。実際、運用の最前線では「挑戦的なテーマを立ち上げみんなを巻き込んでみよう」とか「部下の行動活性化のため、外部のイベント参加を勧めたり、それを披露したりする場を設けてみよう」といった新たな育成行動を正直取る余裕がない、という管理職の本音に接することも珍しくありません。
先進企業ではこうした管理職の高負荷問題に対して、人事部門の立場としてまずできることに取り組んでいます。具体的には「不要・もしくは効果の薄い人材育成・活性化施策を減らす」ということです。
この施策の優先順位付けにあたっては第7回で紹介した人的資本価値創造モデルアプローチが有効です。管理職が担っている施策を、成果へのインパクトと施策の負荷に基づき再評価し施策の見直しに繋げることができます。
新たな取組を行う余地を創ることと、これまでの施策を見直すことは両輪で考えるべきなのです。
②働き手が白けておりのれんに腕押し状態に陥っている
2000年代前半より「ブラック企業」、「やりがい搾取」といった企業と働き手の対立を煽るような言葉が社会に認知され始めました。日本型雇用の終焉とともに蜜月だった労使関係がバブルの崩壊とともに終わり、未だに建設的な関係が見いだせていないように思います。
このような環境で、一部の社員が、企業側の人的資本投資に対し「新たなやりがい搾取だ」と声を上げ全体の風土を棄損させるような動きに繋がることも昨今珍しくありません。
こうした場合、まずプロアクティブ人材となることに対する関心をどう惹きつけるか、という点がポイントとなりますが、外発的なモチベーションに働きかけるアプローチは前提条件的な位置づけであり、高めたからと言ってプロアクティブ行動を活性化する要因とならないようです。
プロアクティブ人材を育成するためには、内発的なモチベーションにアプローチすることが有効であり、先行企業ではその点に着目し、「プロアクティブ人材そのものが自身の仕事や自己実現においてどのような意味があるのか」を浸透させるための施策・活動が行われています。
例えばキャリア開発研修のテーマとして組み込む、プロアクティブ行動と様々な社内での成功を結び付けた発信・共有を行うといった活動です。
③施策がマンネリ化する
マネジメントが部下に対して働きかける場面は、日々の業務に関するコミュニケーション、雑談、目標管理・評価面談、そして最近では1on1ミーティングといった場面でしょう。人事部門は、管理職に対して、こうした場面の中で有効な部下育成を行うためコーチングやティーチング、アンコンシャスバイアス、傾聴といったスキルをある程度汎用化された形で提供しているのが一般的です。
しかしこのような施策は、ちょっとした研修でお茶を濁すという形で往々にしてマンネリ化しがちであり、プロアクティブ行動活性化についても同様のことが起こりがちです。例えば「部下の自己効力感を高めるためには、制御体験や代理体験などが必要です」といった講義と、ちょっとした練習などを行うといった形で研修がなされるだけといったケースも珍しくはありません。
第一歩としてこういう手段も非常に重要ではありますが、それだけではマンネリ化し、実際の現場では役に立たないという状況に陥ってしまいます。実際の現場でスキルを使いこなすためには、研修で学んだスキルを自分なりにアレンジすることは必要不可欠ですが、このアレンジ力で管理職による巧拙が明確に出てきます。このように汎用化されたスキル教育では届かない地平が生まれてくるのです。
こうした場合、人事部が主導して「極めてナラティブなプロアクティブ活性化ストーリーを成功事例として形式知化しシェアする」という組織開発活動を展開することが有効です。迫力のある形で、共感を呼ぶ成功事例を浸透させることで、管理職は実際の現場で使える様々なヒントを得ることができるのです。
従来の人事部門が行う施策展開よりも手間がかかることは確かですが、ここまで踏み込むと現場側からも「有効な情報提供をしてくれた」といった形で感謝されることも多いようです。人事部門と現場間の紐帯が強化されるという効果も期待できるため、是非お勧めしたい取組です。
最後に
全8回という長丁場の連載に最後までお付き合い頂いて本当にありがとうございました。これまでお読み頂いた読者の皆様に心より感謝申し上げます。
本連載が企業の持続的成長に繋がることを、そしてお一人おひとりの仕事人生の充実の一助となることを祈念し本連載を終わりたいと思います。
プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社が必要とする人事施策を見出せ!|「プロアクティブ人材」育成実践術 #7
連載の第6回では、現場の管理職が自身の部下に対する見方、およびそれに起因する自身の行動の癖を知ることで、個人・チームへの働きかけを変えていくことの重要性を解説しました。
第7回では、人材のプロアクティブ化を図るために自社が必要とする人事施策を見出し、それを組織全体で実践していくための手法について解説していきます。
個人・チームのプロアクティブ行動の活性化に向けた人事施策を全社的に推進していくためには、「自分たちは何を意識して取り組みをしていくと良いのか」「この取り組みはどのような成果につながっていくのか」という点に対する共通の理解・納得感が必要です。その際に是非活用いただきたいのが人的資本価値創造モデルです。
今回は、モデルをどのように構築し、人事施策の実践に活かしていくべきかを解説していきます。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。

寄稿者方山 大地氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 上席研究員。民間企業を中心とした人材領域のテーマに関するコンサルティングに従事。近年は、HRデータや採用・育成に関する科学知の適正活用に向けた調査・研究も行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)他、論文・寄稿多数。


寄稿者菅 章氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 ストラテジー&マネジメントグループ マネジャー
データ利活用・EBPMや戦略・組織・人事コンサルティングに従事。2023年より、週1日法務省へ出向(EBPMアドバイザー)。2025年1月から、日経グローカルで「明日から始められるEBPM実践術」 連載を掲載中。
目次
人的資本価値創造モデルとは
人的資本価値創造モデルは、
という道筋をモデルとして可視化したものです。
例えば、管理職向け研修や部門交流プログラムの実施を通じてプロアクティブ行動が活性化され、インパクトに至るまでの人的資本価値創造モデルは図表1のようになります。
図表1. 人的資本価値創造モデルの例(白枠:概念、薄緑枠:指標例)
人的資本価値創造モデルを策定する際に留意すべきこと
人的資本価値創造モデルを策定する際は、現状の人事施策やそれに伴う取り組みを整理したうえで、これらが人材のどのような意識・行動面に作用しているかを概念ベースで整理していくことから始めます。ここで、留意すべき点が二つあります。
①因果関係を丁寧に整理・記述する
ます第一に、人事施策に基づく取り組みが狙った成果を実現するまでの因果関係を一足飛びにならないように丁寧に整理・記述することが重要です。
特にアウトカムの部分は「なぜこの取り組みが狙った成果を実現するはずなのか」というロジックを丁寧に整理しておくことで、取り組みの効果を検証したり、取り組み内容をブラッシュアップしたりする際の強力なツールとして活用することができます。
②「概念」「測定する指標」を分けて考える
もう一つは、概念とその概念を測定する指標を分けてモデルを策定していくという点です。特に、アウトカムについては、「それをどのような指標で測定するのか」という点が定まり切っていないケースが多く見られます。
指標が上手く設定されていないと、人事施策の効果検証・改善が実施できなかったり、人事施策の実践者である現場の管理職が何を意識して取り組みを進めるべきか分からなくなったりする懸念があります。
人的資本価値創造モデルに基づき整理・分析
一連の人的資本価値創造モデルとして概念・指標を整理したら、次はこのモデルに基づいて現状の整理・分析を行い、人事施策に伴う具体的な活動が、企業として企図している成果につながっているかどうかを定量的に可視化していきます。
理想的には、第3回・第4回で紹介したように共分散構造分析(図表2参照)を実施して、さまざまな項目どうしの複雑な関係性をモデル化して分析したり、ある介入(取り組み)がアウトカムをどの程度向上させたか(テクニカルには効果量と言います)を統計的因果推論の考え方に基づいて分析したりしますが、このような高度な分析がリソース等の面から難しい場合でも、人的資本価値創造モデルに挙がっている各指標の推移等を可視化し、傾向や関係性を議論するだけでも、十分建設的な議論に繋げることができます。
図表2. 共分散構造分析の実施例
人的資本価値創造モデルから具体的なアクションに繋げる
人的資本価値創造モデルに基づいて現状を整理・分析した後は、人事施策の改善点を見出し、具体的なアクションに繋げることが重要です。人的資本価値創造モデルにより、取り組みが狙った成果を実現するまでの道筋を丁寧に記述出来ていれば、各指標の推移等を可視化するだけで、どの部分で躓いているのかが一目瞭然です。
例えば管理職向け研修で、管理職の意識変容にはつながっているが、行動変容にまで至っていないことが分かれば、管理職向け研修の中で日常業務への具体的な落とし込み方を紹介するようにする等、具体的な人事施策の見直しに繋げることができます。
また、人事施策を展開する際は現場の従業員の納得感が得られていないと、実質的な展開や浸透が進まないことが多々あります。先行的に一部の部署・従業員を対象として人事施策を実施して、実施した群と実施しなかった群の指標推移を比較することで、人事施策の効果を可視化できると、現場の従業員も「この人事施策はこんな効果があるから大切だ」と納得して取り組めるようになります。
このように、これまで実施してきた人事施策の効果を検証し、施策のアップデートを行う、というマネジメントサイクルを回していく時に役立つのが人的資本価値創造モデルと言えます。
プロアクティブ行動の促進というテーマに限らず、企業の人事施策は適切な効果検証が実施されずに、従来の人事施策がそのまま延長されていたり、単に現場の反応が悪いという理由をもって見直したりという状態が続いてきました。こうした企業の人事施策を巡る慣行を改める意味でも、人的資本価値創造モデルを用いた取り組みは必要になってきます。
人的資本価値創造モデルを用いたアプローチを促進するために
プロアクティブ行動の促進につながるとされる人事施策は、職場環境の改善に関するもの、上司-部下間のコミュニケーション促進に関するもの、従業員の学びをサポートするものなど数多くあり、大半の企業ではこれら施策の一部は既に実施されていますが、「自社の従業員のプロアクティブ行動の促進につながる施策は何か」という観点で効果検証を実施し、施策の適時適切なアップデートが実現出来ている例はまだまだ少ない状況です。
人的資本価値創造モデルを用いたアプローチは、まさにこうした現状を改善し、個人・チームのプロアクティブ行動の促進を確実に図っていく取り組みであると言えるでしょう。
続く最終の第8回は、第1回から第7回の連載を振り返った上で、現在取り組みを進めている企業実証における成果と展望を踏まえ、これからプロアクティブ行動の促進に向けて具体的な取り組みを進めようとする企業に対する提言を行います。
なぜ今、外部1on1の管理職コーチが必要なのか?わかっていてもできない——マネジメントの適応課題に向き合う
こんにちは。株式会社mento代表取締役の木村憲仁です。
mentoは法人向けに「管理職コーチ」を提供し、リーダーの本音を引き出して組織を変えるサポートをしています。高品質なコーチングをより手軽に使っていただけるプラットフォームをオンラインで展開し、これまでに提供したコーチングは累計70,000時間以上、登録コーチは約200名にのぼります。
管理職の育成に関して「何とかしなければ」と感じながらも、研修や制度は一通り試行錯誤した状況…抜本的な変化が見られないことに手詰まり感を抱いている人事の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、人事が感じる管理職育成の手詰まり感と背景、そして外部1on1の「管理職コーチング」という支援の形についてお伝えします。「管理職は罰ゲームのように見える」といった言葉が現実味を帯びる今、管理職に向けてできる支援を一緒に考えるきっかけになれば幸いです。

執筆者木村 憲仁氏株式会社mento 代表取締役/ビジネスコーチ
早稲田大学文学部卒。2014年にリクルートホールディングスに入社し、プロダクトマネージャーとしてサービス開発を牽引。2017年度リクルート全社イノベーションコンテスト2部門同時受賞。2018年に株式会社mentoを創業し、法人・個人向けにコーチング事業を展開。現在は管理職コーチを中心に、累計7万時間以上のセッションを提供し、ビジネスパーソンの成長と企業変革を支援。
https://www.mento.jp/
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マネジメントの難易度が上がる4つの背景
「管理職の負担増」に関する話題が頻繁に取り上げられる昨今。働き方改革の推進により、管理職に求められる役割は急激に増加し、その多忙な姿を見て、管理職は「罰ゲーム」とも言われるまでになってしまいました。実際、管理職になりたいという人が減っているという調査結果も複数出ています。
「管理職が大変」ということは周知の事実ではあるものの、具体的にはどのような背景からマネジメントの難易度が上がっているのでしょうか。大きく4つに分けてご説明します。
脱・金太郎アメ組織
まずは、“金太郎アメ組織”からの脱却。
これまでの日本企業では、新卒一括採用や終身雇用によって同質性の高い、まさに“金太郎アメ”のような組織が形成されてきました。しかし、今はキャリア採用(中途採用)を進める企業が増え、組織に多様なバックグラウンドを持つ社員がいることが当たり前になりました。
働き方や価値観が多様化し、これまでツーカーで通じていたマネジメント手法が通用しない——鶴のひと声でチームを動かすことは困難になり、1人ひとりに寄り添った個別対応が求められるようになったのです。これが従来のマネジメント方法を刷新しなければならなくなった大きな背景です。
働き方のカプセル化
続いては、チームや働き方のカプセル化です。
コロナ禍以降のリモートワークの普及でチーム内の働き方は「分断」され、オフィスで隣にいたメンバーが何をしているのか視覚的には分からない状況が生まれました。管理職としても部下一人ひとりの状況を直接リアルタイムに把握することが難しくなり、自分から“覗きに行かないと”状況を把握できません。
最近はオフィス回帰の流れもありますが、たとえ同じ空間にいても、チャットやテキストベースのコミュニケーションが主流になりつつあるなかで、相手の状況が見えづらいという課題はなくなりません。
働き方がカプセル化していることは、マネジメントの難易度と労力が増えた背景の1つです。
なんでもハラスメント
3つ目は、「なんでもハラスメント」の潮流です。
何事にもすぐ「ハラスメント」とラベルが付けられてしまう現象は、管理職の意思決定や指導を難しくしています。ハラスメントへの意識が高まるあまり過度な警戒心が生まれ、「言いたいことが言えない」「フィードバックしづらい」という声はよく聞かれます。
若手社員にとっても、管理職が指導を控えることで成長の機会を失うことになり、「ここにいても成長できない」と離職を選択する負の連鎖にもつながります。
ジョブ型雇用への転換
メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行も、マネジメントの変革が求められる背景です。
これまでの終身雇用・メンバーシップ型雇用では、評価が厳しく行われることは多くありませんでした。しかし、ジョブ型雇用では「ジョブ(職務)」が先にあり、人が入れ替わることを前提としているため、評価が非常に重要になります。
ほぼゼロベースの評価システムの構築から、基準に沿った実際の査定、モチベーションを下げない部下への伝え方など、新たな評価とモチベーション管理の複雑さが、管理職の負担を一層増大させています。
以上が、マネジメントの難易度が上がっている大きな背景です。企業の人事トップの方とお会いする際には、「うちもこれです」と共感いただくことがほとんどです。
解決すべきは「わかっていてもできない」適応課題
今挙げた背景から課題を感じ、多くの企業が研修や制度を整え始めたのは最近のことではありません。大企業では、管理職になる前からマネジメントの知識やスキルを身につける施策を投じている会社もあります。
しかし、管理職育成に「どうも手応えがない」というのが人事の本音ではないでしょうか。
あらゆる手は尽くしているけれど、拭えない手詰まり感…その理由は、今の管理職が本当に困っているのは「知っていればできる」技術課題でなく、「わかっていてもできない」適応課題だからです。
マネジメントには結局のところ正解がなく、実際の現場では教科書に載っていない例外が多く発生するため、知識の底上げだけでは不十分というのが実情。適応課題を乗り越えるためには、現実から切り離された座学での学習だけでなく、日々の業務で直面する個々の課題に一緒に向き合う支援が不可欠です。
そんな適応課題の解決策の1つとして、管理職個人に焦点を当てたコーチングが注目されています。かつて「傾聴」や「1on1」を中心としたコーチングスキルが注目された時期もありましたが、それはあくまで“やり方”の習得、つまり技術課題の文脈でした。
今求められているのは、根本的な「あり方」や「向き合い方」に変化をもたらす支援であり、適応課題に向き合うためのコーチングがあらためて注目されているのです。
「個別」「伴走」に加えて「外部」であることがポイント
管理職が抱える適応課題に対して、企業が支援する際に重要なポイントは3つあります。
ポイント1:個別の支援
ここまでに触れたように、チーム内に多様なメンバーがいるのが当たり前の時代では、管理職一人ひとりが抱えている課題もバラバラです。ある管理職はリーダーシップのあり方に悩んでいる一方、別の管理職は部下とのコミュニケーション方法に悩んでいるかもしれません。そのため、実際の業務に根ざして、個別化された内容に向き合っていくことが重要です。
ポイント2:伴走型のアプローチ
また、管理職が抱えるマネジメントの課題はスポットで解決する単純なものではありません。だからこそ、伴走型の継続的なサポートが求められます。
適応課題に向き合うには、”管理職自身も変わる”必要があります。人が行動を変えていくには、「話す」→「気づく」→「変わる」→「続ける」というサイクルを繰り返すことが有効です。このプロセスを通じて、本人の中にある答えを引き出し、行動を通じて学ぶ“行動学習”が促進されます。
コーチングで“宣言”したことを日々の業務で実践し、それをまたコーチと振り返り、次の宣言をする——このサイクルを回していくことによって、人は変わることができるのです。
かつてのコーチングは、高価で一部のエグゼクティブだけが受けられるというイメージがあったかもしれません。でも、今はテクノロジーの進化によって、1on1の「個別」でありながら多くの管理職に一斉に質の高いコーチングを届けることが可能になりました。
実際、管理職コーチを提供する弊社mentoでは、管理職100名以上へ一斉に1on1コーチングを導入する企業が複数いらっしゃいます。それぞれの管理職に半年から1年、人によってはそれ以上の期間、1on1でコーチが伴走しています。
ポイント3:外部コーチの安心感と専門性
さらに、個別支援の伴走者に「外部」の人間を置くこと。これが実は重要なポイントです。
管理職の方は立場も責任感もあるからこそ、たとえ部署やレイヤーが違ったとしても、相手が社内の人間であれば「この話がどこかに伝わるのではないか」「ジャッジされるのではないか」という懸念が生じ、本音は話しづらくなります。だからこそ、中立な第三者である外部の人間を置くことが管理職の本音を引き出すには有効です。
実際mentoのコーチングでは、守秘義務があるのでコーチと受講者以外に対話の内容が知られることはなく、弊社運営スタッフや導入企業の人事であっても内容を知ることはできません。結果的に、管理職の方が本音を打ち明け、自身の課題に深く向き合い、本質的な行動変容へ移していくことができています。
もちろん、社内メンターのように会社の状況や現場感を理解した人が、経験や知識に基づいたアドバイスをするのも1つの支援の形です。ただ、社内メンターの場合はどうしても会社が求める特定の方向や目的へ導きがちなので、管理職本人の内側からの動機形成を促すことと相反する状況も起こり得ます。傾聴のプロに内発的な動機付けを促してもらうことこそが、「わかっていてもできない」適応課題の克服へとつながるのです。
また、昨今では社内カウンセラーを置く企業も見かけ、違いについて質問も受けます。しかし、カウンセラーとコーチングもまた別物です。簡潔に言うと、カウンセラーは「マイナスをゼロに」、つまり心のケアや不調への対応が主な役割です。一方でコーチは「ゼロをプラスに」、これからどう行動を変えていくかに伴走する存在です。
これまでもお伝えしたように、外部コーチは管理職の内側にある声を引き出し、「適応課題」を乗り越える主体的な変化を促す存在です。社内メンターは現場の知見を活かしたアドバイスを、社内カウンセラーはメンタルヘルスのケアを、それぞれの役割があります。
企業が管理職に提供できる支援としては、どれか1つが正解というわけではなく、面での支援が企業に求められているのではないでしょうか。
実践企業に学ぶ、コーチング導入のリアル
ここまで、マネジメントにおける適応課題と、それに対する支援策として“外部1on1の管理職コーチ”の有効性についてお伝えしてきました。
とはいえ、「実際にはどのように導入すれば?」「他社ではどんな背景や効果が?」と感じる方もいるでしょう。そこで、実際に管理職コーチングを導入し、管理職の行動変容につなげている企業の事例をご紹介します。
- 導入目的:管理職に日常的に実践的に扱える「武器」を提供したい
- 対象者:部長・課長(導入人数230名以上)
- 導入前:
・組織の活性化には、部課長のパフォーマンス向上が鍵になると考え、支援施策を検討していた
・管理職には多岐にわたる業務が求められ、年々その負担は増しており、解決すべき課題だった
・技術やスキルの不足ではなく、「自信のなさ」や「人間関係への不安」といった内面的な悩みを抱える人が多いのでは、という仮説があった
・管理職ごとに異なる個別の悩みに対応できる支援を提供したいと考えていた - 導入後:
・「仕事を抱えてしまい忙しすぎる」「部下との1on1の正解を模索している」「急な昇進で自信が持てない」など個別の課題の解決につながった
・仕事を任せられない理由に気づき、部下へ仕事を任せられるように。1on1や成長の機会を意識的に設けるなど、部下育成に時間を使えるようになった
・組織パフォーマンスを高めるためには、一人ひとりの「想い」が重要だと考え方が変わり、自らも積極的に自己開示。メンバーとの距離感が縮まり、行動が変わった
- 導入目的:経営リーダー育成施策
- 対象者:異動者や海外赴任者
- 導入前:
・自動車業界が変化するなか、多様な人材を巻き込む実現力のある経営リーダーの育成が必要だった
・グループをまたぐ異動や海外赴任のタフなアサインメントでは、挑戦の意味を内省し、自己変容につなげることが難しい課題があった
・自分の中に軸を持ち、リーダーシップの幅を広げてほしいと考えていた - 導入後:
・「自分の枠を超えることができ、マネジメントのスタイルが変わった」「まだ見ぬ自分との出会いがあった」(対象者の声)
・大きな異動でこれまでのスキルが活かせないなか「コーチの存在が拠り所になった」(対象者の声)
・機能部門一筋でキャリアを歩んできた人が事業部門に異動。コーチングで新たな気づきを得て、上司が驚くほど言動に変化がみられた
- 導入目的:戦略・ビジョンの浸透
- 対象者:組織長
- 導入前:
・カンパニー制へ移行し、組織を再編したタイミングだった
・パーパス&バリューを軸に組織開発をするなか、戦略の浸透やコミュニケーションに課題があった
・組織長の内省や言語化を支援したかった - 導入後:
・75%がコミュニケーションの向上を実感
・87%が人間関係の向上を実感
・部下との日常的なコミュニケーションでも自己開示をするなどよい変化が見受けられる
・「コーチと話している言葉がより生々しい内容になり、内省と言語化についてポジティブな変化が起きている」(対象者の声)
・「コーチングによって内省して自らPDCAを回すことの価値を感じている」(対象者の声)
- 導入目的:海外組織長のマネジメント力向上
- 対象者: 海外駐在員
- 導入前:
・海外駐在員のマネジメント力向上が、収益向上やローカルスタッフ育成に不可欠だった
・海外駐在員は期待もプレッシャーも大きく孤独な上、多様な人材をマネジメントする難易度も高い状況にあった
・研修のみでは自己認知・振り返りができない課題があった - 導入後:
・88%が組織パフォーマンスの向上を実感
・「プレッシャーが大きい海外赴任の環境で自己開示がしにくい中、コーチングが内省の手助けになっている」(対象者の声)
・「コーチから問いをもらって整理することで、自分自身を健全に振り返って行動を変えることができた」(対象者の声)
上記はほんの一部ですが、大手メーカー・商社・広告代理店などを中心に、管理職の適応課題に向き合う企業は増えています。
管理職育成に手詰まり感を感じている人事の方以外にも、「制度は変えたのに、なぜかうまくいかない」「管理職の反応がどこか他人事に見える」といった組織の状況は、管理職自身の内面や行動に関わる“適応課題”が潜んでいるサインです。
知識やスキルの提供だけでは越えられない壁があります。「管理職は罰ゲーム」と言われる今こそ、その現実と向き合わなければならないタイミングなのではないでしょうか。
「AIにジャッジされたくない」採用担当者が知るべきZ世代の本音と対策|アレスグッド半井
AIの登場により、Z世代の就職活動に、かつてない大きな変化が起こりつつあります。AIを活用した自己分析やエントリーシート(ES)作成はすでに常識となり、今後さらに多様な変化が予想されます。
新卒採用の現場では、Z世代就活生の動向やインサイトを的確に把握し、時代に即した採用施策を講じることが欠かせません。
本記事では、「BaseMe」を運営する株式会社アレスグッドが実施した【Z世代就活生調査】の結果をもとに、企業が取り入れるべき新たな採用プロセスや成功事例を紹介し、AI時代における本質的な採用のあり方を探ります。

執筆者半井 翔汰氏株式会社アレスグッド 事業統括
新卒で株式会社リクルートに入社し、中小零細〜上場大手企業まで多岐にわたって採用コンサルタントを務めた後、事業戦略企画室に異動し、indeed plusなど主力商品の戦略設計・推進業務に従事。その後、2号社員としてアレスグッドに参画し、次世代型キャリア支援プラットフォーム「BaseMe」の立ち上げを牽引。学生含む求職者対応、採用企業双方の課題解決に奔走し、最新のキャリア・採用トレンドに精通。
Z世代の就活におけるAI活用実態
調査から、約6割の就活生が何らかの形でAIを就職活動に活用していることがわかりました。
Z世代にとってAIツールがすでに就活の「当たり前」となりつつあります。「ESの作成・添削」や「自己分析」にAIを活用している人が多く、現状は就活の準備段階で広く活用されているようです。
一方で、118人と3分の1以上が「AIは活用していない」と回答しており、デジタル世代と称されるZ世代内部においても格差が開いていることがうかがえました。
続いて、就活でAIを使うことに対してどう感じるかを聞きました。
「効率的で助かる」と感じている人が128人と最も多く、次に「新しい視点が得られて面白い」(83人)という回答が支持されました。
一方で、「AIを使ったことがバレないか心配」と答えた人も63人と多く、AIの活用に後ろめたさを感じたり、企業からの見られ方を心配する人が一定数いることもわかりました。
ところが、AIによる合否判断については強い拒否感を示します。
「AIにジャッジされるのは嫌だ」(88人)、「AIに判定されても納得感がない」(86人)という否定的な意見が圧倒的多数を占めました。同時に「AIよりも人に自分を理解してもらいたい」(77人)という回答も多く、選考の合否は人に判定してほしいと考える傾向が明らかになっています。
この矛盾こそが、Z世代を理解する鍵です。彼らは、効率化のためにAIを使いこなしつつも、自分という人間の価値を判断するのは人間であってほしいと願っているのです。
採用担当者にとって、AIで作られたESをどう評価すべきかは難しい問題といえます。重要なのは、ESの内容だけでなく、面接などで本人の思考や人間性を直接確認するプロセスを設けることでしょう。
人事担当者は非常に多忙です。だからこそ、AIを活用して採用プロセスの効率化を積極的に進めるべきです。
一方で、深い対話や価値観のマッチングといった「人間にしかできない判断」は人事が担う。こうした役割分担を明確にすることが、これからの採用活動では不可欠だと私たちは考えます。
AIネイティブ世代の採用。重要なのは透明性の高い選考プロセスの設計
続いて、就活生が最も嫌だと感じる企業の対応についても調査したところ、「高圧的・否定的など、コミュニケーションの姿勢」という回答が圧倒的でした。
「学歴や外見でレッテルを貼られるなど、個人評価が不公平」や「採用基準が不明確・選考結果が遅いなど選考プロセスの不透明さ」にも支持が集まっており、Z世代が公平性と透明性を重視していることがわかります。
「どうして落ちたのか分からない」「評価基準が見えない」といった不透明さは、企業への不信につながってしまいます。だからこそ、選考の各段階で「何を評価しているか」「なぜそれが大切なのか」をはっきりと伝えることが重要です。
結果だけでなく、その理由や今後のアドバイスも含めて丁寧にフィードバックする。そうすれば、たとえ不採用になった学生も「この会社は誠実だな」と感じてくれるでしょう。
具体的には
- 面接で見ているポイントを最初に説明する
- 面接後に必ずフィードバックの時間を設ける
- スケジュールの変更があれば、理由とともにすぐに連絡する
- 不採用の場合も、今後に活かせるアドバイスを添える
こうした小さな配慮の積み重ねが、企業の信頼度を大きく左右します。
Z世代の学生たちを、画一的な評価基準で判断するのではなく、その人らしさを引き出せるような面接を心がけたいものです。そのためには、まず面接官自身が変わる必要があります。相手の話をしっかり聞くスキルを身につけたり、無意識の偏見に気づいたりするための研修は欠かせません。また、大勢が集まる説明会よりも、少人数での座談会や個別面談の機会を増やすことで、より深い対話が生まれます。学生のバックグラウンドや興味に合わせて選考プロセスをカスタマイズできれば、「この会社は私を一人の人間として見てくれている」と感じてもらえるでしょう。
BaseMeにおける成功事例
実際に「BaseMe」上で起こった、株式会社Schoo様における価値観マッチングの成功事例をご紹介します。
このように、業種業界を軸にとしたプロセスでは出会えなかった企業と学生の出会いが、価値観を軸にすることで新たな出会いに繋がり、双方の大事にする考えやビジョンを丁寧に擦り合わせることが結果として満足度の高い出会いにつながっています。
また、本音部分で共感し合えるからこそ高い内定承諾率や入社後の早期活躍に繋がるケースも生まれており、結果として効果的で効率的な採用活動の実現にもつながっていることが分かります。
AI時代だからこそ求められる「人間らしさ」
今の学生たちはAIを使いこなすのが当たり前の世代です。だからこそ、機械的な対応や表面的な評価には敏感で、本当の意味での人間同士のつながりを求めています。
よくZ世代は『会社の飲み会を嫌がる』『オンラインでのやり取りを好む』といった理由で、人間関係を避ける世代だと思われがちです。でも実際に調査してみると結果は大きく異なり、彼らが求めているのは形式的な付き合いではなく、本当に”共感”し合える人間らしいつながりなのです。
採用においても、AIが定型作業を担うこれからの時代においては、AIの効率性と人間の温かさをうまく組み合わせることが鍵になります。人事担当者は一人ひとりの価値観にじっくり寄り添うことに時間を使う「価値観重視のアプローチ」を取ることで、業界の枠を超えた「価値観マッチング」を実現でき、思わぬ場所から自社にぴったりな人材との出会いを生み出すことができるのではないかと考えています。
だからこそ、BaseMeではまさに、求職者の多様化した価値観に応じた質の高いマッチングを届ける「価値観マッチング」をコンセプトにプラットフォームを築き上げてきました。人間にしかできない「共感」「対話」「価値観の共有」をテクノロジーと掛け合わせて有効活用することが、これからの採用活動のスタンダードになると確信しています。
セカンドキャリアを開拓する。中高年シニアの活躍の場を広げることこそ、企業にとっても、社会の未来にとっても、成長の鍵に
人生100年時代を見据え、セカンドキャリアの開拓を支援する「ライフシフトプラットフォーム」(以下、LSP)は、2021年にスタートし、5年目を迎えました。本記事では、2025年5月29日に開催されたLSPの活動報告会の様子をご紹介します。
本イベントでは、運営元であるニューホライズンコレクティブ合同会社代表の山口裕二氏と野澤友宏氏が登壇し、LSPの活動報告と今後の戦略について話しています。
また、書籍『これからのキャリア開拓 ミドルシニア期に価値を創るライフプレナー』の出版を記念したトークセッションや、LSPメンバーによる「売れる仕組み創造室」から新規事業が誕生した背景についても報告され、ミドルシニアによるこれまでのキャリアを活かした社会課題解決の事例も紹介されました。
今後ますます求められる、ミドルシニアのキャリア開拓について、LSPがどのように支援し、新たな可能性を切り開いていこうとしているのか、さまざまな活動や事例を通してお伝えします。
目次
“人材の砂漠化”が進んでいる!? ミドルシニアのキャリア活用とは?
まず、運営元であるニューホライズンコレクティブ合同会社代表の野澤友宏氏から、発足から5年を迎えた「ライフシフトプラットフォーム」(以下、LSP)の活動報告がありました。

登壇者野澤 友宏氏ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表
栃木県出身、1999年、電通に入社。コピーライター・CMプランナーを経て、2014年よりクリエイティブディレクターに就任。ユニクロ、ガスト、三菱地所、ナビタイム、リクルートなどを担当し、多くの話題作を手がける。2018年より、Human Resource Management Directorとして人事局のクリエイティブなどをサポートし、人事施策・後進育成にも広く貢献。2020年12月に電通を退職し、NHの代表に就任。
LSPは、ミドルシニア(40〜60代)を対象にした新しい学びの場を提供し、仲間やコミュニティづくりを通じて新たなビジネス機会を創出することを目的としています。
もともとは電通の取り組みとして、約230名の元電通社員と共にスタートしましたが、2023年からは他の企業も参画し、現在ではのべ18社が参加しています。
2025年4月からは、アコム、JCOM、パナソニック コネクト、毎日新聞社、朝日新聞社、みずほフィナンシャルグループなどの企業も導入を決定しました。
昨今、労働力不足が深刻化する中、働く人々の“静かな離脱”が問題になっているといいます。これは「静かな退職」とも呼ばれ、最低限の仕事だけをこなして会社にとどまる状態のことを指します。
また、ミドルシニア層における「リスキリング」の停滞も深刻な課題です。彼らは、上からも下からも学びが届きにくいことから「岩盤層」と称されることもあるといいます。
こうした状況を、ミドルシニアにおける“人材の砂漠化”と野澤氏は表現しました。
つまり、表面的には人がいるものの、組織内の活力や学習、成長が停滞している現実を指摘。企業の多くが中高年キャリア支援に取り組んでいるものの、実際には、その支援が若手優先であるという事実や、その支援に関する満足度についても、企業と社員との間にギャップが存在しているという調査結果も紹介しました。
また、
「社外との交流や学びの機会の減少をきっかけに、だんだんと自分の役割がないのではという閉塞感、そこから自分じゃなくてもいいのではという当事者意識の意欲の低下が生まれてしまっている。そうした自己成長の停滞や意欲の低下は、人が育たなくなってしまった土壌(=組織)のほうにこそ問題があるのではないか」
と、野澤氏は指摘。加えて、「ミドルシニアの活用こそ、企業にとって成長戦略であり、未来への鍵ではないか」と話していました。
そのための解決策として、LSPでは「越境キャリアドック」というワークショップをスタート。これは、異なる企業の人々が共にキャリアを考え、自律的にキャリアを作る取り組みです。
さらに、「ライフプレナー」という概念を提唱し、企業家精神を持って人生を開拓していく人々を支援しています。そのための教科書となる書籍『これからのキャリア開拓 ミドルシニア期に価値を創るライフプレナー』が、5月30日に発売となりました。
自分の人生を開拓する「ライフプレナー」を目指す。
書籍の共著者であり、プロティアン・キャリアを提唱する法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事の田中研之輔氏より、この書籍が生まれたきっかけや一番伝えたいことについてトークセッションが繰り広げられました。

登壇者田中 研之輔氏法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人 プロティアン・キャリア協会 代表理事
一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。博士(社会学)。社外顧問を36社歴任。個人投資家。ソフトパンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。主著に『プロティアン』『実践するキャリアオーナーシップ』『キャリア・スタディーズ」、最新刊に「グロースマネージャー」。著書38冊。
田中氏は、「組織の中で優秀なミドルシニアの方たちが自分のポテンシャルを生かしきれてないことが多い」と問題意識を持っていたところ、LSPの活動はまさにそうした問題への重要なアプローチだと確信。
「一人ひとりが、当事者意識を持って、自分のキャリアを切り拓いていけることを伝えたかった」とこの本が生まれた背景を語りました。
野澤氏もこの書籍の発刊を通じて、「我々の取り組みを全国の方々へ広く知っていただくためには書籍というかたちが必要だった」と書籍化の意義を強調しました。
またタイトルに込められた言葉の選び方にも特別なこだわりがありました。「キャリア開発」ではなく、「キャリア開拓」という言葉が選ばれた背景について、田中氏は次のように説明しました。
「開発という言葉は、どこか制度的で硬い印象があり、もっと柔らかく、自分たちの意思で取り組めるような、一人ひとりの背中を押せる言葉を求めていました。そこで生まれたのが『ライフプレナー』という言葉。アントレプレナー(企業家)精神を持って、自分の人生を開拓するという意味が込められています」
野澤氏と同様にニューホライズンコレクティブ合同会社代表の山口氏も、次のように続けます。

登壇者山口 裕二氏ニューホライズンコレクティブ合同会社 代表
大阪府出身、1995年、電通に入社。人事、営業、クリエイティブ、海外出向や他社への出向を歴任。2017年、労働環境改革推進の中核として活動する専従組織である労働環境改革推進室の設置に伴い室長に就任。労働環境改革の担当として、業務改善、カルチャー改革や人事制度の構築などに携わる。2021年1月、ニューホライズンコレクティブ合同会社の設立に際し、電通から出向するかたちでNHの代表に就任。
「人生100年時代で、健康なうちは働きたいという人が80%を超えている。平均すると75歳くらいまで何らかの仕事をしている状況において、今からスタートしてみませんか?と提案したい。すごく大変そうに思う方もいらっしゃいますが、あと20年、30年の間、新しいことをやろうと思った時にふっと動けるような、そんな本になればいいなと思っています。新しいチャレンジの先にもっと楽しいことがある。人手不足も、悲観的に捉えるのではなく、まだまだ出番があるんだと思ってもらいたいですね」
最後に田中氏は、
「これから我々は未曽有の時間軸を生きていかなければなりません。その長い時間を受動的に過ごすのではなく、積極的に新しいことにチャレンジし、専門性を高めながら、仲間と共に活動していくことを提案します。この書籍では、過去のキャリアの振り返りだけでなく、未来に向けてキャリアを作り出す具体的なステップも示されており、処方箋として活用してほしい」
と締め括りました。
「売れる仕組み創造室」から生まれた、地方との新規プロジェクトの実例とは。
LSP 1期生によるプロジェクト「売れる仕組み創造室」と宮城県の企業2社とで生まれたプロジェクトや開発のきっかけや背景について、有限会社ムラカミ専務取締役の村上健太氏、石川食品株式会社代表取締役社長の石川信子氏、そしてネーミングやパッケージデザインなどを担当した静岡文化芸術大学デザイン学部デザイン学科の学生4名の方にお話しいただきました。
「売れる仕組み創造室」は、LSP1期生のメンバーだった金井氏と菊地氏が中心となり発足したプロジェクトで、地方企業や自治体の支援を目的に立ち上がりました。地方の課題を解決するため、地域産品の販売促進や観光業の活性化、移住促進などの取り組みを行っています。
「売れる仕組み創造室」の強みは、300名以上のLSPメンバーがそれぞれ得意分野を持ち、地方の企業に対して多角的な支援を提供できる点にあります。
地方企業は多くが家族経営や小規模事業者で、マーケティングやPRに対する知識やリソースが不足していることが多いため、マーケティング、物流、販路開拓、プランニングなど、さまざまな専門知識をもったメンバーをアサインすることで、企業の課題を解決することを可能にしています。
今回紹介したのは、
- 三陸の規格外のワカメをフリーズドライ技術を活用することで新たな商品価値を生み出し、農林水産大臣賞を受賞した「チーズdeわかめ」
- スープ開発では、規格外のトマトとパプリカ、長州鶏のレバーを使い、専門家の監修のもと製品開発を行った石川食品の「乙女の味方」
です。いずれも大学との共同制作でパッケージやロゴデザインを担当してもらうことで、今までにない新しい視点を取り入れることにも取り組んでいます。
「売れる仕組み創造室」のメンバーには地方の企業支援に情熱を持つ人材も多く、新たなキャリアを築く機会にもなっています。
地方企業とミドルシニアのキャリアを掛け合わせることで、新しい働き方を実現しながら、地域を活性化することに成功している、まさに好事例となっています。
企業による社員のキャリア支援で、社員のモチベーションが大きく変化。
最後に行われた質疑応答では、キャリア支援において、企業側に必要な取り組みは何か、またLSPに参画を決めた企業のここ数年の意識の変化についての質問が寄せられました。
質問に対して田中氏は、
「『越境キャリアドック』はミドルシニア層のキャリア支援の有効なソリューションの一つになる。社内研修だけでは効果が現れにくいミドルシニア層に対し、越境型のプロジェクトを通じて、生産性を向上させることができるのでは。」
と提案。越境キャリアドックを通じて、社員は新たな視点や経験を得ることができ、モチベーションが大きく向上すると回答しています。
また野澤氏は質問に対して、
「実際に越境キャリアドックを通じて、『これから何をしたらいいのだろう』と悩んでいた社員が、『やりたかったことは、今の仕事でもできるんだ』と発見したり、他の居場所があるのではと期待していた社員は『今の仕事が本当はやりたかったことだった』と気づいたり……。そうした発見が、今までの仕事への新たな熱意に変わっていく。
と話し、人事担当者には、社員のモチベーション向上を促すためにも、こうした取り組みをぜひ試してほしいと続けました。
最初は個人のキャリア支援としてスタートしたLSPですが、現在では企業が社員のライフキャリアも含めて支援する姿勢が増えてきています。
山口氏は、
「今は早期退職者に対するサポートも注目されており、企業側が、社員の退職後の活動や成長をサポートすることが、企業の社会的責任にもつながるのでは」
と話し、野澤氏も、
「企業のリソースは、今いる社員だけでなく、会社を辞めて定年した後もリソースになる」
と続けます。LSPの取り組みは、単なる個人のキャリア支援を超えて、企業と社員の今後の関係性を新たに生み出す、重要な試みになっていくのではないでしょうか。
【ミドルマネジャーのオーバーワークを乗り越える4つのアプローチ#3】ミドルマネジャーの「業務量」に対処する2つのアプローチ|リクルートマネジメントソリューションズ
ミドルマネジャー(課長層、以下マネジャー)の過重負担や長時間労働、業務の難しさなどが、多くの企業で問題となっています。
「マネジャーは罰ゲームだ」「マネジャーになりたくない人が増えている」「マネジャー限界説」などの声もよく耳にするようになりました。そうした問題を解決するにはどうしたらいいのでしょうか。マネジャーのオーバーワークを乗り越える4つのアプローチを紹介します。
第3回は事例を交えながら、「業務量」に対処するための前半2つのアプローチを具体的にお伝えします。

寄稿者石橋 慶(いしばし けい)氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ レーニングマネジメント部 トレーニング開発グループ マネジャー
2005年リクルートマネジメントソリューションズ入社。ソリューションプランナーとして、幅広い業種・規模の企業に対し、人材採用・人材開発・組織開発の企画・提案を行う。2012年よりミドルマネジメント領域の調査研究およびトレーニング・モバイルラーニングの商品企画・開発に従事。

寄稿者木越 智彰(きこし ともあき)氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ トレーニングマネジメント部 トレーニング開発グループ 主任研究員
ビジネス系出版社にて書籍の編集・企画業務に携わった後、2009年にリクルートマネジメントソリューションズに入社。海外事業の立ち上げ・専属トレーナーのマネジメント業務を経験し、現在は研修の企画開発に従事。主にマネジメント領域を担当する。著書に『部下育成の教科書』(共著・ダイヤモンド社)がある。
目次
業務の「量」と「質」を分けて、4象限でアプローチを考える
マネジャーのオーバーワークを乗り越えるためにはどうしたらよいのでしょうか。マネジメント業務の「量」と「質」を分け、そこにソリューションの2軸(「制度・仕組み」「能力開発」)を掛け合わせた4象限で、乗り越える4つのアプローチが考えてみます。
また、PM理論の「目標達成能力(Performance)」と「集団維持能力(Maintenance)」の2つの能力要素に、時間軸(長期・短期)を掛け合わせた4象限でマネジメント機能を整理しました。今回はこの2種類の4象限を使い、具体的事例を交えながら4つのアプローチを紹介していきます。
第3回は、業務の「量」に対処する2つのアプローチを紹介します。
【アプローチ1】「制度・仕組み」で量に対処する
1つ目は、「制度・仕組み」で量に対処するアプローチです。簡単に言えば、マネジャー業務を他の人材やリソースに振り分ける仕組みを作り、マネジャーの業務負担を減らす方法です。
この種の対処はマネジャー個人の権限を超えているため、組織的対応が必須となります。人事などが主導して、新たな制度・仕組みを用意する必要があるのです。
リソースを振り分けて、マネジャーの仕事を軽減する
企業Aの事例を紹介します。
この企業では、マネジャーの業務負荷軽減のために、2つの施策を実行しています。1つは「オンボーディングサポート」です。
総務を中心としたバックオフィス部門チームが、新入社員や中途入社者が分からないことを何でも質問できる社内サービスを運用しています。彼らが答えられることはすぐに回答し、答えられないものも必ず担当者につないでいます。
A社はこのオンボーディングサポートによって、マネジャーの入社者のサポートにかかる業務を軽減しています。
またA社では、人事が中心となって、社員が月に1回、簡単なアンケートに回答する「パルスサーベイ」を導入しています。
このパルスサーベイによって、人事やマネジャーは、社員一人ひとりの健康状態・精神状態や人間関係の状態、ひいてはチーム・組織の健康状態を可視化できます。誰かの健康状態や精神状態、チーム内・組織内の人間関係や雰囲気などに問題が見つかった場合は、人事とマネジャーが連携して原因を特定し、改善につなげていきます。
A社人事は、このようにパルスサーベイを活用して、マネジャーのピープルマネジメントを支援しているのです。こうした方法でマネジャーの仕事を軽減することも十分に可能です。
マネジャーの役割を「ヨコ」で分業して、負担を軽減する
次にB社の事例を紹介します。
あるときB社のエンジニア部門は、組織拡大に合わせて、マネジャーとは別に「ピープルマネジャー」という役職を新設しました。
エンジニアリングマネジャーは、事業に競争力を与える強い開発チームを創り上げることをミッションとして、人材育成、キャリア開発、組織力強化、人・チームのメンテナンスなどを担当しています。マネジメント業務を分業することで、無理なくマネジメントできる仕組みを構築したのです。
このように仕事面のマネジメントと人・組織面のマネジメントを別々のマネジャーが担当し、「ヨコ」で分業して負担を軽減する方法もあります。
【アプローチ2】「能力開発」で量に対処する
2つ目は、「能力開発」で量に対処するアプローチです。このアプローチのポイントは、マネジャー(特に新任マネジャー)と、マネジャー昇進前のリーダークラスの能力開発を同時に行うことです。
プレイヤー層からマネジャー層へのトランジションは、役割転換のなかでも質的な変化が最も大きいため、昇進前後の丁寧な能力開発が必須となるのです。
マネジャーの役割を「タテ」で分業して、早期マネジメント教育を行う
私たちが勧めたいのは、マネジャーとリーダークラスがマネジャーの役割を「タテ」で分業する方法です。マネジャーが、自身の責任と権限の範囲内で業務を切り出し、一部のマネジメント業務をリーダークラスに任せるのです。
具体的には、長期マネジメント業務はマネジャー自身が担当し、短期マネジメント業務をマネジャー・リーダーが分業するのがよいでしょう。
例えば、短期的な業務遂行をリーダークラスに管理してもらい、マネジャー自身は長期の戦略立案に力を入れるのです。また、リーダークラスにほかのメンバーのメンター的役割を引き受けてもらい、組織コンディションを維持するやり方も考えられます。
このようにタテで分業することで、リーダークラスに実践的な早期マネジメント教育を行い、マネジメントの視界を付与することができます。
彼らはマネジャーの補佐役や相談相手となることで、疑似的なマネジメント経験を積むのです。その経験が、やがてマネジャーに昇進したときに生きるでしょう。
最近は、このようなタテの分業を行う企業が増えてきています。
例えば、C社はグループリーダークラスに「評価者研修」を導入した上で、グループリーダーをメンバーの一次評価者に据えています。彼らはマネジャーの評価を助けながら、評価の基本や具体的スキルについて学んでいます。
またD社では、リーダークラスに「マネジメント研修」を導入し、受講後は課長とともに自職場の風土変革に取り組んでもらっています。リーダークラスがマネジメントの基本知識を学び、その知識を課長とともに職場で実践することで、リーダーと上司の関係性が変わったり、将来マネジャーになる自覚を持ったりする効果があります。
以上で、マネジャーの「業務量」に対処する2つのアプローチの紹介を終わります。第4回は、マネジャーの「業務の質」に対処する2つのアプローチを紹介します。
「静かな退職」の要因と社員-人事の認識ギャップ ー今後の人事施策設計のポイントは|コーナー門馬
「静かな退職(Quiet Quitting)」とは、仕事への熱意を失い、必要最低限の業務だけをこなしている状態を指します。実際に退職するわけではありませんが、離職予備軍ともいえるこの層は企業にとって表面化しにくいリスクです。
株式会社コーナーが2025年5月に実施した調査によると、一般社員の約4割がこの「静かな退職」状態にあることが明らかになりました。これは、組織の活力低下や業績への影響につながりかねない潜在的な問題です。
本記事では、同調査レポートの結果をもとに、「静かな退職」に陥る要因や社員と人事の認識ギャップ、そして具体的な対策について解説します。

門馬貴裕(もんま たかひろ)|株式会社コーナー 代表取締役CHRO
新卒で株式会社インテリジェンスに入社し、企業の人事戦略・採用支援に一貫して関わり、トップコンサルタントとして活躍。その後、人材紹介部門のマネージャーや100名超の新入社員研修の担当などを歴任。2016年、株式会社コーナーを創業し「人事プロフェッショナルブティックCORNER」を運営。ベンチャーから大手企業までの採用・人事制度・組織開発・人材育成など多様な人事課題を20年近く支援し続けている。2025年2月より同社代表取締役CHRO(最高人事責任者)に就任。
目次
1.注目ポイント①:静かな退職層に共通する不満傾向
離職を考える理由に近い不満ポイントは、制度そのものや制度運用面の課題が中心で、突出しているのは「給与・報酬」や「評価基準」に対する不満です。次に業務やコミュニケーションによる現場の課題が選択されています。
「静かな退職」状態にある社員に着目すると、「給与・評価」に対する不満が突出している点は共通しているものの、組織全体への不信感も静かな退職層で顕著に表れました。具体的には、「会社の将来性に対する不安」や「企業の掲げるパーパス(存在意義)への共感不足」といった、組織への信頼性に関わる深層的な要因です。
自分の仕事や組織の未来に対する安心感・共感の醸成がモチベーションに影響する可能性が浮かび上がっています。
2.注目ポイント②:ワークスタイル別 静かな退職の傾向
次に、働き方(ワークスタイル)の違いによる傾向を見てみます。
興味深いことに、リモートワーク中心で働く社員ほど静かな退職状態に陥っている割合が高いことが分かりました。一方でハイブリッド型(出社とリモート併用)は対面コミュニケーションと柔軟な働き方のバランスが取れるためか、静かな退職割合が最も低く抑えられていました。
リモートワークでは、物理的距離やコミュニケーション上の制約から信頼構築や共感形成の難しさが影響していると考えられます。
実際、調査でもリモート勤務者の方が「評価基準への不透明感」や「会社全体への信頼低下」「将来への不安」といった項目を不満として選ぶ傾向が高くなりました。情報伝達のラグや雑談機会の減少によって孤独感が醸成され、組織への安心感を損なっているのかもしれません。
一方、出社型勤務では「仕事の意義を見いだせない」「人間関係への不安」「柔軟性の欠如」といった現場起因の不満がやや増加しており、単調なルーチンワークや上下関係のストレスが影を落としているようです。
このように、働き方によって静かな退職に至る背景は異なるものの、特にリモートワーク中心のワークスタイルを導入している場合、意識的な声かけや情報共有を行い、エンゲージメント低下の兆候を見逃さない工夫が求められます。
3.注目ポイント③:人事と社員の施策優先度のギャップ
調査結果より、社員・人事の双方が離職防止策として最も重視するポイントが「待遇面の改善(給与・報酬)」である点は一致しています。給与水準の引き上げや公正な評価による報酬への納得感向上は、社員の誰もが関心を寄せる基本的な施策と言えます。
優先順位の第2位以降をみると、社員側の回答では「ワークライフバランスの確保」や「福利厚生の充実」といった生活の充実を求める声が強いのに対し、人事側ではそれらの優先度はさほど高くありませんでした。一方で、人事担当者は「キャリアパス支援」の優先度が高くなっていますが、社員にとってこれらは相対的に優先度が低い傾向にあります。
つまり、人事は社員の成長機会提供や評価制度の透明化に力を入れようとし、社員はより直接的に生活の質や働きやすさに関わる支援を望むというギャップが生じています。
この認識ギャップは、施策の効果にも影響する可能性があります。社員のニーズを捉え違えたままでは、人事施策を講じても十分なエンゲージメント向上や離職防止に結びつかない恐れがあります。
報酬面の改善という土台は共通認識として、そこから先のアプローチ(評価か生活支援か)について、現場の声を拾い上げながら優先度を見極めていくことが必要でしょう。
4.静かな退職の見極め方と対策
静かな退職は、表面的な不満が現れにくいため、その兆しを早期に見逃さないことが非常に重要です。ここでは、静かな退職の見極め方とその対策について、具体的な方法を紹介します。
◆見極め方
静かな退職に至る兆しとして、行動面で次のようなサインが見られます:
- 会議で発言が減る、表情が乏しくなる
- 業務報告が形式的で淡々としている
- 雑談や他者とのやり取りに消極的になる
- 自発的な提案や挑戦がなくなる
- メールやチャットの文面が素っ気なくなる
遅刻や早退・欠勤が増えるなど目に見える変化だけでなく、発言や態度の些細な低下にもアンテナを張ることが肝心です。現場の上司や同僚が日頃からメンバーの様子に関心を払い、小さな変化を感じ取れる関係性を築いておくことが予防の第一歩になります。
◆対策
静かな退職を未然に防ぎ、社員のモチベーションを回復させるには、組織としても個人としても多角的なアプローチが必要です。ここでは、調査結果を踏まえた具体的な対策のポイントを紹介します。
①従業員エンゲージメント調査の活用
静かな退職はそのままでは表面化しにくいため、従業員の心理的変化やパフォーマンス低下を早期に察知する仕組みが必要です。
例えば、エンゲージメントサーベイやパルスサーベイ(簡易な定期調査)を定期的に実施し、従業員のモチベーションや満足度を可視化することが効果的です 。これにより、どの部門や社員が静かな退職のリスクに晒されているかをデータで把握し、ターゲットを絞った施策を実施できます。
②上司(管理職)の関与とマネジメント強化
静かな退職の兆しを早期に発見し、改善策を講じるために鍵になるのは管理職の関与です。現場の上司への人事部門の働きかけを通じて、マネジメントの重要性を理解してもらい、部下へのフィードバックや目標設定、自己成長を支援する役割を自覚させます。
また、現場との距離が広がる大企業や多拠点組織では、施策を現場に適用させていくことが重要となるため、現場の声をしっかりと反映し、人事と上司が密に連携して適切な対応策を実施することが求められます。
③給与と評価に関する支援の強化
給与や報酬に対する不満は、静かな退職を引き起こす大きな要因です。したがって、給与水準の見直しや評価基準の透明化は最優先課題です。
市場水準や社内公平性を考慮し、定期的な給与改定を行うとともに、評価プロセスの透明化を進めることで、社員が自分の評価を納得しやすくなります。報酬に対する公正感が高まると、社員のモチベーションが向上し、静かな退職を防ぐための重要な対策となります。
④柔軟な働き方(ワークライフバランス)の推進
ワークライフバランス(WLB)の確保や、社員が自分のライフスタイルに合った働き方を選べる環境を整備することが、静かな退職を防ぐための効果的な方法です。フレックスタイム制度やリモート勤務制度を拡充し、特に子育てや介護などのライフイベントと仕事のバランスが取れるようにすることで、社員のストレスを軽減し、モチベーション維持にもつながります。
柔軟な働き方を提供することで、社員が仕事に対して前向きな態度を持ちやすくなり、静かな退職のリスクを大幅に減少させることができます。
⑤キャリア支援(面談から不安を把握)
ここでいうキャリア支援は、単なるスキルアップやリスキリングのためではなく、社員が抱える不安を理解し、その不安に対して適切なサポートを提供することが目的です。
定期的なキャリア面談を通じて、社員が自分のキャリアに対してどのような不安を抱えているかを聞き出し、キャリアパスに関するアドバイスやサポートを提供することで、自己成長と安定感を感じさせることができます。
⑥パーパス・ミッション・ビジョンの浸透・共有
静かな退職層は企業のパーパスや将来性に不安を抱えているという結果から、パーパス浸透は重要な取り組みであると言えます。しかし、社員の表面的なニーズとしては上がりにくいため、実感できる形で進めることが大切です。例えば次のような進め方です。
- パーパスが業務や成果にどう反映されているかを具体的な事例で示す
- 社員が自分の業務がパーパスにどう貢献しているか理解できる仕組みを作る
トップダウンではなく、現場で対話を通じて浸透をはかったり、社員の具体的アクションを実行できるような支援も検討しましょう。
5.まとめ:組織としてどう向き合うか
静かな退職に対処するためには、社員一人ひとりのモチベーションや不安を理解し、適切なサポートを行うことが不可欠です。今後の人事施策では、企業としての方針を進めながらも、社員の置かれた環境やライフステージごとの「足りないポイント」に目を向け、多様な施策を設計していくことが求められます。
現場の管理職・上司を巻き込み、現場の声を聴く体制を作ることで、社員視点を施策や日々の業務体制に組み込む工夫が重要です。静かな退職状態を悪化させないためには、管理職と人事部門が一丸となり、早期発見と適切な対応を行う体制を整えることが大切です。これにより、社員の意欲やモチベーションを支え、企業の持続的成長を促進することができるでしょう。
StarbucksやIBMもトレーニングを実践!次世代リーダーの心構え。CQの向上で、組織はどう変わる?【現場を変えるCQ白書 第2回】
こんにちは。アイディール・リーダーズ株式会社CCO(Chief Culture Officer)の宮森千嘉子と申します。アイディール・リーダーズではパーパス経営支援、リーダーシップ開発、組織文化の変革などへのソリューションを展開しています。
私は文化をリーダーシップのツールとして活用するために世界中から知見と経験を持ち寄るコミュニティCQ Fellowsの一員、ホフステード博士認定ファシリテータとして、「違いに橋を架けパワーにする」を生涯のテーマに国内外の多くの方や企業をサポートしてきました。
この連載では次世代リーダーに欠かせないCQという力についてお話ししていきます。
みなさんの中には「組織文化とは捉えどころのないもの」と考える方もいらっしゃるかもしれません。けれどもCQを高めると組織文化を具体的に把握できますし、そこから組織文化を企業ビジョンに合わせて調整できることでしょう。
連載第一回ではCQという力が持つ可能性について紹介しました。第二回では、CQによる組織文化の具体的な捉え方について知っていきましょう。

寄稿者宮森 千嘉子氏アイディール・リーダーズ株式会社 CCO(Chief Culture Officer)
「文化と組織とひと」に橋をかけるファシリテータ、リーダーシップ&チームコーチ。 サントリー広報 部勤務後、HP、GEの日本法人で社内外に対するコミュニケーションとパブリック・アフェアーズを統括し、 組織文化の持つビジネスへのインパクトを熟知する。 また50カ国を超える国籍のメンバーとプロジェクトを推進する中で、 多様性のあるチームの持つポテンシャルと難しさを痛感。 「違いに橋を架けパワーにする」を生涯のテーマとし、日本、欧州、米国、アジアで企業、地方自治体、プロフェッショナルの支援に取り組んでいる。英国、スペイン、米国を経て、現在は東京在住。ホフステードCWQマスター認定者、CQ Fellows、米国Cultural Intelligence Center認定CQ(Cultural Intelligence)及びUB(Unconscious Bias)ファシリテータ、 IDI(Intercultural Development Inventory) 認定クォリファイドアドミニストレーター、 CRR Global認定 関係性システムコーチ(Organization Practitioner, Gallup認定ストレングスコーチ。著作に「強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化」、共著に「経営戦略としての異文化適応力」(いずれも日本能率協会マネジメントセンター)がある。 一般社団法人CQラボ主宰。
遅刻をした人を受け入れる?責める?
スペインに駐在していたときのことでした。
ある会議に私は時間どおりにつきました。けれども相手のスペイン人が来ません。5分、10分……。相手が来たのは定刻から30分後です。
そしてそれが、ごく自然に受け入れられていて、当時の私はびっくりしました。
「時間を守ることは大事。ただし交通機関のトラブルで遅れたのなら、それは仕方がないよね」
これが日本企業だとどうでしょう。真逆の反応をされるかもしれませんよね。
「電車が遅れた?それは電車の遅れも見越して行動しなかった、あなたがいけないよ」
こうした反応の違いこそ、文化の違いでもあります。
連載第一回でも紹介したとおり、私たちは心の奥底にある価値観の影響を受けて行動しています。
ですから、例えば「平気で遅刻をする人」のように見えても、それはその人が小さい頃から身に付けてきた価値観によるものかもしれません。
文化の傾向を知ることで対立を避け、協力を育む
もうひとつ例を挙げてみます。
東南アジア諸国に拠点を置く日本企業も多いと思います。こうした日本企業の方からよく聞くのが「現地社員に自主性がない」という悩みです。
「言ったことしかやってくれなくて」
さらに過熱すると「あの人たちには能力がない!」と決めつけてしまうこともあります。ご想像のとおりで、こうなるとお互いの溝は深まるばかり……。対立が生まれ、事業にも支障をきたします。
この背景には文化の違いがあると考えられます。東南アジアの国に多いのが、家族型の組織を好むという文化の傾向です。
リーダーは親のような存在。意思決定はトップダウン型です。リーダーが決めた方向性と枠組みの中で、メンバーは自主性を発揮します。
また、こうした組織では“沈黙”もコミュニケーションのひとつの形であり、黙っているから何も考えていないのではありません。むしろ黙っていることは質問について考えていることを意味します。
自主性がないように見えたとしても、相手はしっかり考えているかもしれません。一方で相手からすれば、明確な指示を出さないリーダーに対して「リーダーシップを発揮していない」と不信感を募らせている可能性すらあります。
文化の傾向を知っていると協力する姿勢が育まれやすくなります。遅刻の例で言えば、遅刻をした人を不必要なまでに責めることもなくなりますし、逆に遅刻を厳しく責めてくる人に過剰な反発心を抱かなくて済みます。
CQを高めると“メガネ”が増える?
私たちは、いつも潜在的な価値観という“メガネ”を通して、世界を見ています。
突然ですがみなさん、太陽は何色でしょうか?
きっと多くの日本人は赤と答えるでしょう。日本では国旗「日の丸」のイメージが強かったり、太陽が真夏や情熱のモチーフに使われることから、赤と捉える人が多いのだそうです。
一方で、欧州や米国、中国、韓国では黄色やオレンジと答える人が多いとされます。これは、私たちが見る世界は、かける“メガネ”によって変わるという一例です。
「普通」や「常識」は、どこででも通用するわけではないのです。日本企業の常識が世界の常識ではありません。
『強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化』より
CQ(文化の知能指数)を高めると“メガネ”が増えることになります。
“メガネ”を掛け替えることで、自分とは異なる考えや感情を想像できます。すると、適切な対処を考え、実践的に動いていけるでしょう。
自文化中心主義と文化相対主義(『強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化』より)
「ホフステードの6次元モデル」と日本の特徴
そこで文化の違いを理解するためのフレームワークが「ホフステードの6次元モデル」です。各国間の文化的価値の違いを数値で視覚化したモデルで、50年以上にわたって世界中で活用されてきました。
ホフステードの6次元モデルでは、組織や社会の文化的価値観を6つの次元(軸)から捉えます。
図表作成:アイディール・リーダーズ
それぞれ両極にある組織の文化は対象的です。けれども優劣や良し悪しはありません。また組織の文化はどちらかに分かれるのではなく、そのあいだで程度の差が表れます。
ホフステードの6次元モデルでは、日本の文化が相対的に見えてきます。
日本は世界の中でも「達成志向」と「不確実性の回避」が際立って高い国です。努力をいとわず、高い志を持って、より良い仕事を追求。あらゆるトラブルを予測しながら、丁寧に仕事を進めるという傾向があります。
アイディール・リーダーズでは、ホフステードの6次元モデルを元に、あなたの組織の文化の傾向を簡易的に知るための『組織文化インサイト診断』を用意していますので、ぜひ試してみてください。
CQを高めた先にある共創
CQは世界の多くの企業でトレーニングが実践されています。
スターバックスでは、多様性の取り組みの一環としてCQのトレーニングを取り入れ、その後、「CQはタレントマネジメント、組織文化にも結びつく」と考えるようになりました。
CQを高めるためには、専門的なトレーニングもあります。あるいは、もっと簡単に「1日に1回、物事を自分の価値観とは別の視点で考えてみる」のもいいトレーニングになります。
身近な人が「自慢話ばかりするのはなぜか」「会議で発言しないのはなぜか」などを、ホフステードの6次元モデルに当てはめて考えてみてはいかがでしょう。
拙著『強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化』(発行:日本能率協会マネジメントセンター)では、6次元モデルの各軸や7つの組織モデルについても、さらに詳しく説明しています。ぜひお読みいただければ幸いです。
CQを高めることで、きっとみなさんの仕事や日常に役立つことが多いに違いありません。
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「新規事業は社内人材だけでは限界」外部プロ人材が支える挑戦と育成の両立|ビザスク宮崎
「新規事業がうまくいかない」「任せられる人がいない」。多くの企業が抱えるこの悩みは、担当者の能力不足ではなく、“挑戦を支える構造”の不在に起因しているかもしれません。
ビザスクが実施した「新規事業担当者の選定に関するアンケート」では、企業の約8割(77.2%)が「経験やスキルに基づいて新規事業担当者を選定している」と回答しています。にもかかわらず、約6割(57.4%)が「担当者には事業成功に必要なスキルが不足している」と感じているという結果が出ました。
この事実は、個々の能力ではなく、組織設計そのものに課題が潜んでいることを示唆しています。
新規事業には、社内人材だけに頼る限界があります。経験やスキルだけでは補えない壁を越えるには、「外部知見」という新たなリソースの活用が不可欠です。外部からの知恵を取り入れ、挑戦を支える「構造」を整えることで、成果と育成の両立が可能になるのです。
本記事では、外部プロ人材の活用が新規事業にどのようなインパクトをもたらすのか、調査データと実際の事例をもとに紐解いていきます。

寄稿者宮崎 雄氏株式会社ビザスク 取締役 ナレッジプラットフォーム事業 代表
2006年にリクルートHRマーケティングに入社し、営業、新商品開発、リクルートホールディングス・リクルートジョブズの経営企画部門の責任者として従事。2019年3月にビザスクに参画、CEO室長とビザスクlite事業部長を兼任し法人向けマーケティングの立ち上げとビザスクliteの成長を推進した後、2022年より現職。横浜国立大学卒業。
目次
なぜ新規事業は止まるのか?“スキル不足”ではない構造課題
新規事業が止まってしまう背景には、担当者個人の力量不足だけでは語れない「構造課題」が存在しています。
ビザスクの調査では、企業の約8割が「経験やスキルに基づいて担当者を選定している」にもかかわらず、約6割が「担当者のスキル不足」を感じているというギャップが浮かび上がりました。さらに、必要なスキルとして最も重視されていた「戦略立案力」が、実際に担当者が保有していたスキルでは5位にとどまっていたことも判明しています。
このミスマッチは、単なる人材選定ミスではありません。新規事業に求められるのは、通常業務とは異なる高い柔軟性や仮説検証力、さらには市場の変化を先読みする洞察力です。しかし、多くの企業ではこれらの要件を満たすだけの「支援体制」や「成長機会」が十分に整備されていないのが実情です。
実際、アンケートでは「社内で人材を探しても、新規事業経験がある人材が非常に少ない」「既存事業で優秀とされた人材でも、新規事業では力を発揮できないことがある」といった声が多く寄せられました。また、評価制度が既存事業中心に設計されているため、新規事業への異動がキャリアリスクと捉えられてしまうケースも散見されます。
このように、新規事業担当者の苦戦は「個人の問題」ではなく、「支援の仕組みが不足している問題」と捉えるべきでしょう。いま求められるのは個の万能性ではなく、挑戦できる環境と、それを支える外部リソースとの連携です。
「越境知」はなぜ効く?外部人材活用のリアルな価値
こうした状況を打破する鍵が、外部知見の活用です。社内にない知識や視点を取り入れることで、担当者一人ひとりの挑戦を強力にサポートする仕組みをつくることができます。
ビザスクの調査では、新規事業において外部プロ人材の活用経験がある企業は7割以上に達しており、その多くが「戦略立案」や「マーケティング」といった重要なスキル領域を補完できたと回答しています。特に、「戦略立案」は、担当者の選定時に最も重視されるスキルでありながら、社内ではなかなか育成が難しい分野とされています。
具体的な活用例としては、仮説検証フェーズでの壁打ち・想定顧客へのインタビュー設計支援・新規事業制度設計や事業化フェーズにおける伴走支援 などが挙げられます。単なるアドバイス提供にとどまらず、実際に担当者と一緒に考え、動く支援が主流になりつつあるのです。
さらに、外部知見に触れることで、担当者自身の視野が広がり、リスキリング(学び直し)効果も生まれています。たとえば、ある企業では新規事業開発プロセスに外部専門家を伴走させることで、社内の若手人材が独自に仮説検証サイクルを回せるようになり、結果的に組織全体の新規事業推進力が底上げされたという事例もあります。
重要なのは、外部人材を単なる「リソース」として捉えるのではなく、組織の一部として取り込み、挑戦の土壌を耕す存在と位置づけることです。
実践事例に学ぶ、新規事業×外部知見の成功モデル
外部知見を活用することの効果は、単なる理論にとどまりません。実際に多くの企業が、外部プロ人材との連携によって新規事業の前進と人材育成の両立を実現しています。
ここでは、代表的な事例を紹介しながら、その成功要因を紐解きます。
■ JVCケンウッド
JVCケンウッドでは、新規事業開発において、
- 社内承認を得ることが目的化してしまう
- 挑戦が個人に依存してしまう
- 成果が出ずメンバーのモチベーションが低下する
といった課題を抱えていました。
同社はまず、外部プロ人材によるチームの土台作りに取り組みました。一人ひとりと1on1面談を行い、課題や不安を丁寧に傾聴することで心理的安全性を高めました。
さらに週1回の定例ミーティングでは「安心して話せる」「批判されない」場づくりを意識し、チーム内で本音を語れる関係性の構築を進めました。
続いて、“アイデアが自然と生まれる仕組み”を設計しました。メンバーが自分の興味関心をテーマにしたトレンドレポートを持ち寄り、毎週共有・議論する場を設けたことで、日々の気づきを共有する習慣が根づきます。
この取り組みの結果、年間で300件以上のアイデアが生まれ、特定の誰かが頑張るのではなく、「みんなで考える」空気感が芽生えました。
さらに、経営陣を巻き込むために「新規事業における支援者としての関わり方」をテーマとした講義を実施。経営陣の理解と支援を引き出し、組織全体で挑戦を後押しする基盤を整えています。
こうした一連の取り組みにより、「承認を取るため」から「自分たちでやり切る」へと目的意識が変わり、“やり切るメンタル”を持つ自律的組織への変革が実現しました。
ストレスチェックの結果でも「働きがい」や「職場の活気」などの項目が大幅に改善し、社内外から「変わった」と評価される存在へと進化を遂げています。
■ 三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は、新規事業創出プログラム「SparkX」を通じ、社員が顧客課題・社会課題を起点にボトムアップで事業を生み出す文化の醸成に取り組んでいます。
立ち上げ初年度に650件もの応募を集めた同プログラムでは、アイデアの実現性や解像度を高めるため、外部知見を単なる補完ではなく“組織変革と人材育成を同時に推進する戦略的な要素”として活用しています。
プログラムの運営事務局は、プログラム参加者が業界特有の知識やユーザー視点を効率的に取り込めるよう、外部有識者との接点を積極的に用意しました。
短期間で多様な知見を獲得できる調査サービスの活用で、業界構造や慣習の理解、初期仮説の構築を支援し、その後の深堀りには知見を持つ人材への個別インタビューを実施。さらに、最終審査を通過した3チームには、専門性の高い外部人材が中長期で伴走することで、現場解像度の向上と実行力強化を図りました。
これにより、単なる“学び”に留まらず、参加者の自走力や挑戦意識の醸成を後押ししています。
最終審査を通過した事業化フェーズにおいても多様なテーマに対して外部専門家が伴走。各プロジェクトにおける、検証の進め方、事業計画の立て方、交渉のポイントなど、具体的で実務的なアドバイスが提供され、業界特有の“勘所”を学びながら前例のない挑戦を進めました。
結果として、事業の方向性が磨かれただけでなく、「自ら考え、行動し、決断する」リーダー的人材の育成や、挑戦を讃える組織風土の醸成にもつながりました。
■ パナソニック くらしアプライアンス社
パナソニック くらしアプライアンス社の新規価値創出課では、「技術やサービスで一人ひとりのウェルビーイングを実現する」をテーマに、暮らしの課題解決に向けた新規事業開発に取り組んでいます。
しかし、少人数体制でノウハウや経験が不足し、担当者が複数プロジェクトを兼任することで工数も限られるという課題がありました。特に、マネタイズ方法やビジネスモデルの確からしさの検証には専門性が求められ、社内リソースだけでは十分ではありませんでした。
この課題に対し、同社は外部プロ人材の伴走支援を受けました。外部の専門家は、既存のアイデアやコンセプトをもとに、最適なビジネスモデルや有効なマネタイズ手法について助言を提供。Slackや定期ミーティングを通じて密に連携し、サービス設計の仮説をブラッシュアップしました。
今回の題材となった家事シェア支援サービスの開発において、対ユーザー向け(BtoC)と協力企業向け(BtoB)の両面から提供価値を設計。家事負担の偏りを解消し、協力によるポイントや体験につながる仕組みを考案しました。
外部専門家からは、どの協力企業に価値を提供できるか、収益構造や事業規模の算出方法など実践的な知見が提供され、短期間で仮説の精度が高まりました。今後は業界関係者へのヒアリングや、一般モニターによる試用調査を進める予定です。
この事例は、外部知見の活用が単なる補完ではなく、専門性を“即戦力”として取り込みながら限られたリソースで事業開発を推進し、挑戦意欲や実行力を高める戦略的な仕組みとして機能することを示しています。
■ アサヒグループジャパン
アサヒグループジャパンでは、グループ横断の新規事業開発プロジェクトにおいて、メンバーの多くが新規事業開発の経験を持たないという課題を抱えていました。さらに、未開拓領域に対する知見も不足しており、限られたリソースで事業を推進する難しさがありました。
こうした状況に対し、外部の専門家をプロジェクトメンバーとして迎え入れることで、必要な知見を補うだけでなく、実践の場でノウハウを内部に蓄積することを目指しました。
外部の専門家には、社内的にリードプランナーという肩書きで、プロダクトマネージャーやプロジェクトマネージャーに近い役割を担ってもらいました。週3回の定例ミーティングや日常的なチャットを通じて密な連携を取りながら、複数あった事業案のブラッシュアップや方向性の絞り込みを支援しました。
さらに、事業開発に関連する体験型のコンテンツにも積極的に参加し、利用者視点でのインサイトを把握した上で新たなアイデアや改善提案を行いました。スポットでその都度のニーズに合わせて依頼できる柔軟さも、プロジェクトを支える大きな要素となりました。
結果として、複数の事業案は一つのテーマに集約され、約1年かけて事業の骨子を形にすることができました。外部専門家の伴走により、ただ知識を“教わる”のではなく、共に手を動かすことで実践に裏打ちされたリアルな新規事業開発のプロセスを体感でき、知識やノウハウの理解も深まりました。
泥臭く一緒に挑戦する過程が、メンバーの自走力や挑戦意欲を育む土台となりました。
これらの事例から読み取れる成功要素は、次の3点です。
- 初期フェーズから外部活用を設計に組み込む
新規事業の仕組みそのものに外部リソースを組み込むことで、担当者が孤立しない。 - フェーズに応じて必要な知見を柔軟に選択する
仮説検証、事業化、拡大と、段階ごとに最適な知見をスピーディに取り込む。 - 外部知見を“育成装置”として活用する視点を持つ
単なるアウトソースではなく、担当者自身のスキルアップにもつなげる運用。
外部知見を戦略的に活用することで、成果だけでなく、挑戦する人材の可能性を最大限に引き出すことが可能になるのです。
「人を育てる」には、社外の力を使えばいい
人材戦略において、「育成」は欠かせないテーマです。しかし、従来の育成方法だけでは、新規事業に必要な柔軟なスキルや思考力を短期間で身につけることは困難です。
現在、多くの企業が人材ポートフォリオにギャップを抱えています。理想の人材像と現実の人材構成にはズレがあり、特に「DX推進」「グローバル対応」などの領域で人材不足が深刻化している状況です。
これらのギャップを埋めるために、企業が主に取り組んでいるのは「採用」と「社内研修」です。たとえば、デジタルスキルの強化に向けた外部研修プログラムの導入や、中途人材の積極採用といった施策が挙げられます。
しかし、採用には時間とコストがかかり、即戦力となる人材の確保は容易ではありません。また、研修によるスキル習得も、実践の場が不足しているためにスキル定着が難しいという課題が指摘されています。
つまり、現在の多くの企業では、「採用」と「育成」に打ち手が偏っているが、それだけでは変革に必要なスピードと柔軟性に追いつけないという二重の課題に直面しているのです。
ここで活きるのが、外部知見を活用した実践型育成です。外部のプロ人材とともにリアルなプロジェクトに取り組むことで、仮説検証や意思決定プロセスを体験的に学び、即戦力となるスキルを自然に獲得することができます。
新規事業成功の鍵は「社外知見を戦略に組み込むこと」
新規事業担当者の選定と育成において、「人材の質」に課題を感じる企業は少なくありません。しかし、その多くは個々人の能力ではなく、「支える仕組み」の不在に起因しています。
- スキルギャップを埋めるには、内部育成だけでは間に合わない
- 成果と育成を両立するには、外部知見の活用が不可欠
- 外部プロ人材は、単なる補完リソースではなく、挑戦を支える支援装置になる
この視点を持つことで、新規事業の成功確率を高めるとともに、次代を担う人材を育てる土壌を育むことができるでしょう。
いまこそ、 「人がいないからできない」ではなく、「外とつながることで前に進める」そんな組織への進化が求められています。
“イケてる組織”と”イケてない組織”の違い|日経BPマーケティング社長高柳正盛さんに聞く「強い会社」を作るポイント
インタビュー企画第2弾。今回は、日経BPマーケティング代表取締役社長の高柳正盛さんに、生成AIの普及などにより変化が求められる環境における「強い会社」を作るポイントについてお話を伺いました。
記者としてキャリアをスタートし、日経ビジネスや日経トップリーダー、日経レストランなどで編集長や発行人を務め、現在に至る高柳さん。様々な方に取材してきた知見に迫ります。ぜひご覧ください!

登場人物高柳 正盛氏株式会社日経BPマーケティング 代表取締役社長
1987年、早稲田大学卒業後、百貨店に入社。91年、日経BP社に入社。「日経ビジネス」「日経ロジスティクス」記者、「日経レストラン」「日経トップリーダー」編集長、「日経ビジネス」発行人などを経て、上席執行役員に。2021年3月より現職。テレビ出演、講演経験多数。著書に「チャンスはひっそりと近づき、猛烈なスピードで去っていく」などがある。

登場人物戸田 裕昭氏株式会社WE 代表取締役 / 総務省地域力創造アドバイザー
大学卒業後、オフィス家具メーカーにて新規事業創出・地域活性化に携わる。総務省地域力創造アドバイザーや国土交通省スマートアイランド推進実証事業コーディネーターなどを担い、全国各地の地域における事業振興のアドバイスを行なっている。 また、個々人のやりたいことが起点となる事業創出を目的とした伴走型教育プログラムを開発・構築。小学校から大学までの教育機関や自治体、民間企業と連携し、人材育成を軸とした「組織変革」「事業創造」「地方創生」を行う。
自己紹介
– まずは自己紹介をお願いします!
大学卒業後は大手百貨店に3年9か月勤めていましたが、1991年に日経BPへ転職し、記者としてのキャリアをスタートしました。
日経ビジネスや日経トップリーダー、日経レストランなどで編集長や発行人を務め、編集現場とマネジメントの両面を経験しました。2021年3月からは日経BPマーケティングの社長を務めています。
様々な方にお会いし、お話を聞き、原稿を書き、皆様に読んでいただく。このようなことを中心にビジネスパーソンとしての生活を送ってきました。
色々な経験をしている人の話を聞いたり、事件の真相を追ったりするのは刺激的で楽しかったですね。
― これまでに様々な方に会われてきたかと思いますが、私の第一印象はどうでしたか?
テレビ東京の「田村淳のTaMaRiBa」で、戸田さんに初めてお会いしたとき、爽やかなイケメンで、元気でフレッシュな方だなというのが第一印象でした。新しいことに挑戦したいという意欲がすごく伝わってきました。
収録後に「また話したいです」と言ってくれて、実際にアポを取って会いに来たのも印象的で、行動力のある方だなと感じました。今の時代に、リアルなコミュニケーションを大切にしている姿勢もとても素敵で、戸田さんに学ばなければと思います。
イケてる組織の共通点とは
― 生成AIの普及により世の中が大きく変わっていく中で、まず今の日本全体についてどのように考えていますか?
今の日本は人口減少や高齢化といった大きな課題を抱えていますが、それでもたくさんの可能性があると思います。
製造業の国内回帰や外資系企業の日本進出、世界中の投資家の注目、そして生成AIの普及など、新しい動きも出てきています。事なかれ主義であった経営者の意識も変わり、日本の重要性はむしろ増してきているのではないかと感じます。
冷戦後の世界を分析したサミュエル・ハンティントンの『文明の衝突』では、日本は「日本文明」という独立した文明として位置づけられています。こうした独自性を意識し、積極的に情報発信や意思表示を行っていけば、世界の中でより大きな存在感を放てるはずです。
日本にはまだまだ多くの可能性があると思います。
― ありがとうございます。これまでに色々な企業の経営者にお会いされてきたかと思います。共通してすごいなと思えるような特徴とは、どのようなものだと思いますか?
一言でいうと、尋常ないほどの“しつこさ”と“徹底度”です。自分のやろうとしていることを成し遂げるまで追求し続ける、それが成功できるかどうかの分かれ目だと思います。
さらに、強い会社では、その徹底した姿勢とメッセージが組織全体に浸透し、文化として根付いていると感じます。
しかし、組織が大きくなるほど伝えることが難しくなる。だからこそ、伝え方を徹底的にシンプルにして、わかるまで何度も言う。従業員が理解して動かないと何も意味がないです。
現在、自分が経営者としてやってみているからこそ、簡単なことではないなと実感しています。
人間らしさや、非効率なことを大切に
― 色々な企業を取材されてきた中で、反対にイケてないと感じる組織には、共通する特徴はありましたか?
従業員が自分の考えを言うことのできない会社は、イケてないと感じます。
新卒一括採用の時代では、企業が提示した条件に当てはまる、似たような学歴・価値観の人が採用され、同じ研修を受けて、同じような考え方になるのが当たり前でした。そして、大量生産、大量消費の時代はそれで効率よく回っていたかもしれません。
しかし、今の時代は一人ひとりが考えて動く力が求められています。大学入試は「知っているかどうか」が問われる試験でしたが、今は生成AIに聞けばすぐに答えがわかる。そのため、知識量よりも、それをどう活用し発展させるかという創造力が重要になっています。
今後、ビジネスパーソンにとって大切なのは「RAG(リアル・アナログ・現場)」の視点です。AIやDXを使いこなす力は必要ですが、それだけに頼るのではなく、現場でしか得られない気づきを大切にしている戸田さんの姿勢が正しいと思います。
― 効率的な環境だからこそ、人間らしさや、非効率なことが大切に感じられますね。
必要な情報しか得られないコミュニケーションと異なり、直接会うことでしか得られない話に価値があると思っています。
自分の会社では、週に一度、部長と部下が個人面談をすることを義務化しました。
コロナ禍でリモートワークやフリーアドレスの環境は整いましたが、仲の良い人同士だけが集まりやすく、違う価値観の人と交流が減ってしまうことを懸念していました。
そこで、直接コミュニケーションを深めるために個人面談を取り入れ、リアルに話すこと大切にしています。これを当たり前にできている会社は、高収益企業として、従業員にきちんと給料が払えていると思います。
深刻な人手不足の中、高い給料を支払える会社でないと、生き残れません。やりがいも大事ですが、従業員が納得できる給料を支払えることも、大きなポイントです。
― 給料面のほか、強い会社としてのポイントはありますか?
正しく評価をして、従業員のやる気につなげていくことが大切です。そのためにも、週に一度の面談はとても大事な時間になります。
できなかったことを振り返ったり、頑張ったことをしっかり褒めてもらえたりすることで、本人にとって納得感が生まれると思います。
ただし、いろいろな働き方がある中で、工夫して挑戦する人もいれば、与えられた仕事を着実にこなす人もいます。自分はどんな役割を果たせるのかを見つけていくことが大切です。
今は一つの物差しで全員を評価する時代ではありません。それぞれが自分の役割を見つけ、会社に貢献できれば素晴らしいことだと思います。
―一人ひとりの役割をちゃんと理解して会話ができていく組織って強くなるのだなと思いました。
人事に向けた応援メッセージ
― 人事担当者および人事に関わる方々がこれから取り組んだ方が良いことは、どのようなことだと思いますか?
やはり、答えのない問いを考える癖をつけることは、大切だと思います。
たとえば「あなたはウルトラマンです。今日なにをしますか?」という訓練です。3分しか活動できないウルトラマンなら、2分で作れるカップラーメンの開発をしたり、2分で一番効果が上がる面談方法を考えたりという発想につながる。そんな風に発想を広げる訓練が、新しい視点を得るきっかけになります。
くだらないと思うかもしれませんが、正解のない問いに向き合う力が、タイパが求められる今こそ必要なのだと思います。
― 固定概念を見直すと違ってくるでしょうし、これが正解じゃないならどうだろう、と考えることも楽しそうですね。
これからの人事担当は、従来の枠にとらわれず、専門分野以外の情報を吸収する訓練をしておいたほうがいいかもしれないですね。
私が雑誌記者だった頃、トヨタ自動車の経理担当役員にこんな話を聞いたことがあります。
「私が若手の経理社員だった頃、第4代会長の花井正八さんに『おい、数字のささやきが聞こえるか』と言われました。数字をよく見ていると、現場で何が起きているかがわかるというのです。プロの経理担当者は数字と現場の動きを合致させなければならない。そのために、経理担当者も現場を知ることが重要なのです」
自動車メーカーが新しい車を作る時、そのチームには開発、製造、営業などに加えて経理も入り、1台の車がどんな発想で作られて、販売されているかという全体の流れから収益を把握しようとします。「数字のささやき」に通じることですね。
それと同じように、人事の仕事をしながら、社会情勢や社内の現場のことを理解する努力をしている人事担当者は、厚みが違う。当たり前と思われるかもしれませんが、なかなかできることではありませんね。
―人事担当だけでなく、どんな職種の人も全体をみて、自分の役割を考えて行動していく人が求められていくのでしょうね。最後に、人事担当への応援メッセージをお願いします。
生成AIが進化すればするほど、人間一人ひとりの価値がより重要になります。そんな中で人事担当の役割はとても重要で、優れた人材を見つけ、育て、次の時代をつくる責任を担っています。
大変な仕事ではありますが、こんなに面白い時代もありません。
多様な力が求められる今こそ、人材を育成し、会社を整えていくために、人事の力が必要です。
自分たちが会社を支えるくらいの気持ちで、ぜひ頑張ってほしいと思います。
プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!|「プロアクティブ人材」育成実践術 #6
前回の連載の第5回では、プロアクティブ行動の促進に向けた人材マネジメントの鍵となる経営・人事部門と管理職との関わり方が重要であることを解説してきました。今回の第6回では、現場でプロアクティブ行動の促進を図る管理職の「部下に対する見方」に着目します。
普段、管理職が部下の指導や育成に携わる中で、「自分自身が部下をどのように捉えているか」によって、自身の行動は知らず知らずのうちに影響を受けています。部下に対する見方によっては、無意識のうちに自身の指導・育成が良い方向に向かっていることもあれば、悪い方向に向かっていることもあるのです。
そこで、現場で日々活動している管理職の方々を念頭に置き、プロアクティブ行動の促進に向けて活動する中での部下に対する目の向け方や、どのような行動を実践していくべきかを解説していきます。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。

寄稿者方山 大地氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 上席研究員。民間企業を中心とした人材領域のテーマに関するコンサルティングに従事。近年は、HRデータや採用・育成に関する科学知の適正活用に向けた調査・研究も行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)他、論文・寄稿多数。
最も重要な役割を持つ現場の管理職
連載の第4回でも触れた通り、個人のプロアクティブ行動を促進し、それをチーム全体の動きに波及させて組織パフォーマンスの向上につなげていくには現場の管理職の関与が何よりも重要です。
例えば、定期的な1on1ミーティングを採り入れて部下の成長を一緒に振り返って前向きな気持ちを作っていく、仕事の配分・進め方を見直してより個々の部下の能力が発揮できるような環境を整えたりするなど、率先して個々に関与していく行動がプロアクティブ行動の促進につながっていきます。
しかし、管理職全員が部下のプロアクティブ行動の促進に向けた働きかけを自発的に開始しようとするわけではありません。この時、管理職の行動に無意識のうちに影響をおよぼす要因の一つが、管理職の部下に対する見方です。
こうした見方・捉え方のことを、学術用語ではマインドセットと呼びます。
行動に影響をおよぼす「マインドセット」とは
マインドセットとは、ある性質に対して個人が持つ無意識の思考パターンや固定化された考え方であり、本人の行動や態度に影響を与えます(Dweck, 2006)。
マインドセットには主に2つの傾向があり、
- 「人の能力・行動は先天的に決まっていて、働きかけによっても変わらない」と捉える固定的マインドセット
- 「人の能力・行動は後から形作られるものであり、働きかけによって変わっていく」と捉える増大的マインドセット
があります。
端的に言うと、部下の能力や行動を「固定的に捉えているか」のか、それとも「可変的に捉えている」のか、これらによって管理職の働きかけが変わってくるのです。(図表1)
図表1. 管理職の部下の能力・行動に対する見方と管理職自身の行動の傾向
こうした点に着目した場合、管理職はそもそも部下のプロアクティブ行動を働きかけによって変えられるものだと捉えているのでしょうか。
管理職はプロアクティブ行動の働きかけによって変わる
株式会社日本総合研究所と株式会社ZENKIGENが共同で実施した管理職3,746名を対象にした調査(※1)の結果では、概ね、管理職はプロアクティブ行動の働きかけによって変えられるものであると捉えていることが分かりました。
図表2に記載されている各質問項目の指数が6.00に近づくほど、プロアクティブ行動は働きかけによって変えられるものだと捉える傾向が強くなります。図表2の結果を確認すると、指数は中間値の3.00を超えて3.50~4.00程度となっており、こうした傾向を示唆していることが分かります。
図表2. 各プロアクティブ行動に対する管理職の捉え方を示す指数一覧
同調査では、「プロアクティブ行動の促進に向けて部下に対してどのような働きかけを実施するか」という点についても質問を実施しています。その結果、プロアクティブ行動は働きかけによって促進できる・変えられるものであると捉える管理職の方が、様々な働きかけを実践しようとする傾向にあることが分かりました。
例えば、プロアクティブ行動は変えられるものであると考える管理職の方が、社外研修・セミナーなど社外で知見を広める機会を奨励したり、周囲の社員や他部門の社員との協業を促したりするなど、部下のプロアクティブ行動の促進につながる働きかけの意識が強くなっています。
管理職自身がマネジメントを見つめ直すべき
ここまで解説してきた通り、管理職の部下に対する見方は、無意識のうちに自身の行動に影響します。そのため、まずは管理職が部下に対する見方の癖を改めて見つめ直し、向き合うことが重要です。
自身の見方はこれまでの指導・育成経験などによって、知らず知らずのうちに固定化されていることがあります。特に、自身の働きかけによってチームのマネジメントがうまくいっていない時は、視野狭窄に陥ってしまい、無意識のうちに「部下の行動なんて変わらない」と思い込んでしまい、働きかけをあきらめてしまうことがあります。
本稿の図表2に記載されている質問項目などを用いて、最初の段階で自分の認知の癖を把握しておくべきだと考えられます。
一方で、「所詮は部下に対する見方の傾向なんて把握しても、それを変えることは出来ないのではないか?」という指摘もあると思われます。しかし、自身の認知・見方の傾向やそれに起因する行動を定期的に振り返り、これまで取ってこなかった行動を取ってみるだけでも、徐々に部下に対する見方が変わってくることは先行研究でも指摘されています。
例えば、これまで実施してこなかった部下とのキャリアに関する面談や、社外で学ぶ機会を薦めてみるなど、プロアクティブ行動の促進に向けて新しい動きを採り入れてみるだけでも、部下に対する見方は前向きな方向に変わってきます。
「部下の行動は生まれつきの性格などによって決まっていて、自分が何とかできるものではない」と考えているベテラン管理職は多いと思われます。そうすると、自ずと部下への働きかけも少なくなり、チーム全体のプロアクティブ行動が促進されにくくなってしまいます。
自身の認知・見方の傾向を把握して、そこを出発点に少しずつ新しい働きかけを模索してみることが部下・チームのプロアクティブ行動促進に向けたカギになるのです。
続く連載第7回では、現場の管理職がプロアクティブ行動の促進に向けて実践に移すべき人事施策を見出すために有用となる人的資本創造価値モデルについて解説していきます。
——
(※1)2024年1月~2月にかけて民間企業所属の管理職3,746名を対象にWeb調査を実施した。各プロアクティブ行動に対するマインドセット、プロアクティブ行動を促進するために部下に対して実施する働きかけの方法・意向などを、質問項目を用いて測定した。
参考文献
Dweck, C. S. (2006). “Mindset: The new psychology of success”. Random House.
“違い”をコストでなくパワーに。組織文化変革に求められるCQの概念や高め方を解説!【現場を変えるCQ白書 第1回】
こんにちは。アイディール・リーダーズ株式会社CCO(Chief Culture Officer)の宮森千嘉子と申します。アイディール・リーダーズではパーパス経営支援、リーダーシップ開発、組織文化の変革などへのソリューションを展開しています。
私は文化をリーダーシップのツールとして活用するために世界中から知見と経験を持ち寄るコミュニティCQ Fellowsの一員、ホフステード博士認定ファシリテータとして、「違いに橋を架けパワーにする」を生涯のテーマに国内外の多くの方や企業をサポートしてきました。
この連載では次世代リーダーに欠かせないCQという力についてお話ししていきます。
CQは組織文化の変革に必要な力です。まだ知らないあなたにも、ぜひこの連載からCQを知っていただき、日々のコミュニケーションの円滑化や、異なる文化を持つ相手との共創などに役立てていただければうれしいです。
第一回は、CQという力が持つ可能性についてです。

寄稿者宮森 千嘉子氏アイディール・リーダーズ株式会社 CCO(Chief Culture Officer)
「文化と組織とひと」に橋をかけるファシリテータ、リーダーシップ&チームコーチ。 サントリー広報 部勤務後、HP、GEの日本法人で社内外に対するコミュニケーションとパブリック・アフェアーズを統括し、 組織文化の持つビジネスへのインパクトを熟知する。 また50カ国を超える国籍のメンバーとプロジェクトを推進する中で、 多様性のあるチームの持つポテンシャルと難しさを痛感。 「違いに橋を架けパワーにする」を生涯のテーマとし、日本、欧州、米国、アジアで企業、地方自治体、プロフェッショナルの支援に取り組んでいる。英国、スペイン、米国を経て、現在は東京在住。ホフステードCWQマスター認定者、CQ Fellows、米国Cultural Intelligence Center認定CQ(Cultural Intelligence)及びUB(Unconscious Bias)ファシリテータ、 IDI(Intercultural Development Inventory) 認定クォリファイドアドミニストレーター、 CRR Global認定 関係性システムコーチ(Organization Practitioner, Gallup認定ストレングスコーチ。著作に「強い組織は違いを楽しむ CQが切り拓く組織文化」、共著に「経営戦略としての異文化適応力」(いずれも日本能率協会マネジメントセンター)がある。 一般社団法人CQラボ主宰。
“文化”がコミュニケーションからビジネス全体のテーマに
私は外資系企業に長く勤め、10年ほど前から、コンサルタントとして“文化”を扱うようになりました。当時と今とでは、企業のみなさまからいただくご相談が変わったと感じます。
当時多かったのは、いわゆる異文化コミュニケーションのご相談です。
「国境を超えたビジネスをスムースにする方法を教えてほしい」
「海外赴任の事前準備として身に付けさせたい」
一方で今は「ビジネスにおいて、文化をどう扱えばいいのか?」というご相談が増えました。いえ、実際には「パーパスやビジョンをどう浸透させればいいか?」といったお声です。
ただこの課題感は、文化と切り離して考えることはできません。
以前の日本企業は、日本のやり方をそのまま海外に持って行くようなやり方を得意としていました。けれども今では海外企業のM&Aも増えています。
また海外に進出しなくとも、外国の方とチームを組んだり取引をしたりすることもありますよね。文化の異なる国や地域の方とコミュニケーションをとる場面は増えているはずです。
そこで組織文化を整えることは大事でしょう。ただ組織文化は、組織のパーパスやビジョンと合わせたものでないと、ちぐはぐになって、むしろ足を引っ張るものにすらなりかねません。
そのために重要なのが、まずリーダーがパーパスやビジョンをメンバーにきちんと伝え、組織に浸透させていくこと。これを起点に組織文化はつくられていきます。
今日のリーダーには、異なる文化を持つ人との単純なコミュニケーション以上のものが求められます。“文化”はビジネス全体にかかる大きなテーマです。
文化を切り口にして企業活動を見る
そうは言っても「コミュニケーションのお作法だけを押さえておけばいいのでは」と思う方もいるかもしれません。
ここで唐突ですが、みなさんにひとつ質問してみようと思います。
みなさん、日本にキットカットがたくさんあるのはなぜでしょうか?
海外のキットカットは10種ほどに留まる一方で、日本のキットカットは約40種ともいいます。さらに、これまで開発してきた数は450を超えるようです。
キットカットに限らず、日本企業にはこうした例が少なくありません。実はこの理由を、文化という切り口から見ることができます。
日本には「不確実性があることを避け、徹底的に失敗を避けたい(不確実性の回避)」「物事は結果を達成してこそ評価される(達成志向)」という考えが非常に強いという、文化の傾向があります。
商品のラインナップを増やせば管理も煩雑になり、利益率は下がるでしょう。けれども様々な商品があれば様々な状況に対応しやすく、また実績としても残ります。
そのために「日本の菓子類は、海外と比べて極端に種類が多いのではないか」と推測できます。
これは国民文化から見た一例ですが、人の行動は心の奥底にある価値観の表れであることは把握しておく必要があるでしょう。
このような、文化というものへの知識や、異なる文化と向き合うスキルなどを表すものがCQ(文化の知能指数)です。CQは、IQ(知能指数)やEQ(こころの知能指数)に続く「第三の知性」と紹介されることもあります。
なぜいまCQが求められているのか
CQは日本ではまだそれほど馴染みがありません。ですが、海外ではスターバックスやIBMなど多くの企業が活用しています。また日本でも、味の素、東レのコーチング、研修などにも取り入れられています。
CQは、違いを扱うときのスキルによって、高かったり低かったりします。CQが高い人は異なる文化を持つ相手とのコミュニケーションでも相手の見方や立場を想像しながら、適切な対応を取ります。
この記事のはじめに触れた、日本のやり方を押し付けるようなグローバル進出は、相手の見方や立場に寄り添う意識が乏しいといえます。CQが低い状態です。
例えば日本の本社から、海外の現地法人のリーダーに就いたとします。このとき、もし日本側の都合を一方的に押し付けていたらどうなるでしょうか?
または「あなたたちのやり方を尊重するから」と言って、数字だけを見てコミュニケーションを取らなかったら?結果的に現地のメンバーが徒党を組み、日本側との分断が進む……なんてことも起こり得ます。
誤解のないように付け加えますが、これは日本と海外だけに限った話ではありません。さらに、国と国だけでなく、立場や性別、世代などの違いがある場でも同じです。
分断が進み、摩擦や対立が起これば、成果も上がりません。トレンドへの参入が遅れたり、事業が尻すぼみにもなってしまいます。
将来も状況が同じなら、そのままでも一定の成長はできるかもしれません。ですが、何が起こるか分からない時代には、CQを高め、組織で新しい価値を共創していくことが重要ではないでしょうか。
CQが高いと、文化の異なる相手の意見に耳を傾けたりしながら、その“違い”を力に変えていくことができます。
リーダーがCQを高めていく意義
CQを学んだ方や、研修に採り入れた企業ではみなさん「もっと早くCQを知りたかった」と言います。
「私は50を過ぎて初めてCQを知りました。30代で初めて海外に出たときに知っておけば、あんな苦労はしなかったのに!」
ある企業では海外拠点への赴任前研修にCQの研修を採り入れていましたが、海外赴任に限らず、中級の管理職研修などにも採り入れたいというお話もいただきます。
例えば、係長クラスにはまず相手の感情に共感したりするEQを高めてもらい、その先の課長クラスにはCQを高めてもらうというのも一つの案でしょう。
EQはコミュニケーションの上で重要な要素です。ただし、相手の感情を読んだり共感したりできても、そこから自分自身の感情をどう表現するかは文化ごとに異なります。
相手を尊重するから黙って話を聞くべきだと思う人もいれば、むしろ積極的に意見すべきだという人もいます。決めつけることなく、相手により自分の行動を変えていくというのがCQの力であり、組織文化を整えるためのカギとなります。
いかがでしょうか。日本でもDEIを推進する企業が増えたり、人的資本経営の重要性が高まる中で、一人ひとりの力を活かしていくことが求められます。その際に、CQという力を高めることでの可能性を、きっとみなさんに感じてもらえたのではないかと思います。拙著『強い組織は違いを楽しむCQが切り拓く組織文化』(発行:日本能率協会マネジメントセンター)では、こうしたCQの具体的なエピソードなども豊富に書かせてもらっていますので、ぜひお読みいただければ幸いです。
書籍について
書籍URL:https://amzn.asia/d/j8ww3FP
【こんな方におすすめの一冊】
- 組織に課題感がある人事担当者
- 組織文化の変革に取り組みたいマネジャー・経営層
- 多様性を活かしたリーダーシップやチームマネジメントに関心のある方
- 異なる背景や価値観を認識し、チームとして最大化する思考を身につけたい方
プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!|「プロアクティブ人材」育成実践術 #5
前回の第4回連載では、プロアクティブスコアを利用して、自社にとって「意味のある」ターゲットおよびテーマを特定する方法について触れました。第5回連載では、具体的な施策を実行し、プロアクティブ行動を活性化させるために必要となる人材マネジメントの仕組みについて解説します。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。

寄稿者 市川 謙吾 氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ コンサルタント
2021年よりSMBC及びSMFGに2年間出向。その後は、地方創生に関わるコンサルティングを経て、現在は民間企業や医療法人を中心とした人事制度構築や人材開発支援のコンサルティングに従事している。
近年の人材マネジメントにおける変化
まず、最初に結論から述べると、プロアクティブ行動を活性化させるためには、経営・人事部門、管理職が一体となって施策を浸透させていくような人材マネジメントの仕組みが構築されていることが理想と言えます。具体的な打ち手を検討、実施していくにあたり、経営・人事部門だけで検討するのではなく、管理職を巻き込むことが必要になってきている背景としては近年の人材マネジメントの変化があります。
従来の人材マネジメントでは、新卒一括採用や年功序列的な人事制度を背景として、画一的な人材マネジメントが一般的であり、管理職はいわゆるKKD(勘、経験、度胸)と呼ばれる属人的なセンスでマネジメント業務を行うことも珍しくありませんでした。
それが近年は、勤務場所、勤務時間も含めた多様な働き方が進み,加えて働き手そのものも多様化する中、これまでよりも個人ひとり一人に迫る丁寧な人材マネジメントが必要となっており、管理職も従来のKKDに頼ったマネジメントからの脱却が求められるようになってきているのです。
この人材マネジメントの変化により、プロアクティブ行動を活性化させる施策を展開していく上で、ますます重要になるのが、経営・人事部門と管理職の緊密なコミュニケーションです。経営・人事部門で立案した施策を、適切な形で現場の社員に届けるためには、現場の部下をよく把握している管理職の協力が必要不可欠であるとともに、管理職がKKDに頼ったマネジメントスタイルから脱却できるように経営・人事部門がサポートする必要があります。
経営・人事部門と管理職はプロアクティブ行動を活性化していく上で、どちらかが欠けてもいけない車の両輪であり、相補的関係にあるのです。
経営・人事部門と管理職の関係性を強化
それでは、具体的に何を意識し、何が重要なのかという点について解説していきます(図表1)。
図表1. プロアクティブ行動の活性化に向けた人材マネジメントの全体像
プロアクティブ行動の活性化に向けた人材マネジメントの起点となるのが、プロアクティブスコアの測定です。
経営・人事部門はプロアクティブスコアを人材マネジメントに関する共通言語とすることで、管理職に対して管理職が管掌するチームや部下の状態を適切に伝えることが可能となります。チームや個人の状態を適切に把握するという観点では、このプロアクティブスコアの測定はできれば月次、少なくとも四半期ごとには測定することが望ましいといえます。
経営・人事部門から管理職に対するコミュニケーションの中で、留意すべき点は結果としてのプロアクティブスコアの数値だけを伝えるようなことはしないということです。
最近多くの組織で実施されているエンゲイジメント調査などでも、得てして管理職へのフィードバック内容が数値の高低に関する内容のみにとどまってしまい、管理職は結局何をすればよいのか分からないという状況に陥っているということをよく耳にします。
重要なことは、「どのような人材マネジメントを行えば、プロアクティブ行動の活性化を促せるか」という観点で、管理職が自身のKKDに依存しないように経営・人事部門から管理職に対して実行可能性の高いアイデアや具体的な行動につながるヒントを提示することです。
例えば「あなたのチームは、他のチームと比較してプロアクティブ行動の中でもキャリア開発行動が低い」という事実が把握でき、「キャリア開発行動を高めるには、明確でポジティブなビジョンを示して、そのビジョンに対してチームの各メンバーがどのように貢献できるかを考えてもらうことが有効である」といったヒントが得られたら、管理職は部下との1on1ミーティングの中で、自部署のチームの状況を踏まえたコミュニケーションをとることが可能になります。
このような一連の流れがうまく機能するためには、管理職の中で、経営・人事部門から提示されたアイデアやヒントが本当に腹落ちしていることが必要であり、そのために経営・人事部門と管理職との間での質の高いコミュニケーションに基づく協創が重要となるのです。
また、経営・人事部門としては、モニタリングという観点で、管理職がKKDに極力頼らず経営・人事部門から提供されたヒントをもとに施策を展開できているかを、定期的に管理職に確認したり、360度評価などを通じてひとり一人の社員から管理職のマネジメント状況を把握することも重要です。
プロアクティブスコアを共通言語に
ここまでプロアクティブスコアが、経営・人事部門と管理職とのコミュニケーションを取るうえでの共通言語となり、お互いの理解を促進させる基盤として重要な役割を果たすことの重要性を述べてきました。仮に共通言語がない場合は、管理職と経営・人事部門が双方の状況を的確に把握できないため、それぞれの施策や意見に対して納得できず、結果として様々な施策が浸透しないということになりかねません。
我々は企業の経営・人事部門の社員と管理職の社員が人材マネジメントに関する会議を行うような機会を何度も目にしてきましたが、その中で経営・人事部門側が管理職の状況、つまりは現場の状況を正確に把握できていない場合は、お互いの意見が腑に落ちず、議論が収束しないようなこともありました。
会社として真に実効性のある施策を検討し、確実に展開していくためには、プロアクティブスコアをはじめとした共通言語を意識しつつ、経営・人事部門と管理職が一体となって人材マネジメントを行っていくことが重要なのです。
ここまで、人材マネジメントの近年の動向、そしてプロアクティブ行動を活性化させるために重要となる経営・人事部門と管理職の関わり方を説明してきました。第6回連載では、個人およびチームのプロアクティブ行動を促進するために重要となるミドルマネジメント層のリーダーシップ行動について解説します。
プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!|「プロアクティブ人材」育成実践術 #4
前回の第3回連載では、プロアクティブスコアの測定方法と因果モデルについて触れました。第4回連載では、プロアクティブスコアを利用して、自社にとって「意味のある」ターゲットとテーマを特定する方法を紹介します。
ここで「意味のある」とは、プロアクティブ人材を育成・強化していく上で、自社にとって投資対効果が高いターゲットとテーマを検討するということです。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。

寄稿者佐賀 輝氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ アソシエイト・コンサルタント
入社以来、民間企業の人事制度構築や人材開発に関するコンサルティングに従事。現在、「プロアクティブ行動の促進」に関する研究・実証を行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)
目次
「意味のある」ターゲットとテーマを選定するには
「意味のある」ターゲットとテーマを選定するポイントは、チームに焦点をあてるということです。
人材のプロアクティブ化は個人単位で実施するものであると一般的には想像されます。しかし、我々の調査と企業実証において、組織の成果を向上させるためには、個人のプロアクティブ化に加えてチームのプロアクティブ化が重要であることが分かっています。そのため、チームのプロアクティブ化を目指すアプローチが重要となります。
具体的には、数人から多くても十数人規模のチーム単位で検討を実施していくことが望ましく、通常は「課」単位のレベルをイメージしていただければ大丈夫です。十数人規模が望ましいのは、それ以上の大規模な人数になると、プロアクティブスコアがチームメンバーの特性を充分に反映しきれず、チームとしての特徴も現れづらくなり、検討した施策が効果的にならなくなるからです。
また、施策の起点が直属の上司になることを考慮しても、十数人規模のチームであれば、上司が育成施策による介入を行いやすくなります。
ターゲット選定のファーストステップ
ターゲット選定のファーストステップでは、チーム単位のプロアクティブスコアの平均(以下、「チームプロアクティブスコア」)と分散を算出し、図表1のようなフレームワークの中にプロットしていきます。平均だけでなく、分散にも着目している点がポイントです。
黒田らの研究(2021)によると、チーム内でワーク・エンゲイジメントのばらつきが大きい場合に生産性が低くなることが分かっています。具体的には熱意ある従業員とそうではない従業員がチーム内に混在することによって、チームワークが悪化し、生産性が低下する可能性が示唆されています。プロアクティブはワーク・エンゲイジメントと別の概念ではありますが、やはりチーム内でのばらつきが大きいと成果に悪影響が出ることが想定されるのです。
図表1は、チーム単位のプロアクティブ状態を可視化する4象限のフレームワークで、チームプロアクティブスコアが高いほど右側に、チーム内のプロアクティブスコアの分散が大きいほど下側にプロットされます。4象限の左上から反時計回りに「不活性」「兆し」「変革期」「協創状態」とチームの状態を名付けています。
例えば、図表1のAチームやGチームは、「不活性」のチーム状態にあります。「不活性」のチームはチームプロアクティブスコアが低く、バラツキも小さいことから、チーム内にプロアクティブな人材がいない状態です。一方で、EチームやJチームのチーム状態である「兆し」は、チームプロアクティブスコアは低いですが、チーム内でもバラつきがあり、一部プロアクティブな人材がいる状態となります。同様の見方で、「変革期」は、チームプロアクティブスコアは高いですが、まだチーム内でバラツキがあり、一部プロアクティブではない人がいる状態、「協創状態」はチームのほぼ全員がプロアクティブな状態にあります。
基本的にチームのプロアクティブ状態は、「不活性」→「兆し」→「変革期」→「協創状態」の順で変遷していくと考えられており、各状態での施策を検討することが重要です。
図表1. チームのプロアクティブ状態に関するフレームワーク
ターゲット選定のセカンドステップ
チーム単位で全社的な分布の傾向を把握した後は、チームが所属する本部や部レベルの大きな組織単位で特徴がないかを検討します。特に「不活性」や「兆し」のチームが多い傾向にある本部や部を特定し、プロアクティブ化のターゲットにしていきます。
例えば、図表1のX本部はY本部と比べて、「不活性」や「兆し」のチームが多い状態にあります。そのため、プロアクティブ化のターゲットにするべきは、Y本部ではなく、X本部であるという見方ができます。
ただし、実際の企業実証では、「不活性」や「兆し」が多いからという理由だけでターゲットにするのではなく、本当にプロアクティブ化する必要がある本部や部をターゲットにすることも重要となります。
例えば、一定の業務を効率よく遂行することがメイン業務である本部と新規事業開発がメイン業務である本部が同様の傾向で「不活性」だった場合、まずターゲットにするべきは後者であるということは理解できるかと思います。このように限られたリソースの中で最大限の施策の成果を上げていくためには、今後の事業展開等も踏まえて、より丁寧なターゲット選定が必要となります。
因果モデルを活用し、優先順位の高いテーマを検討
ターゲットを選定した後は、因果モデル(図表2)を活用して、ターゲットのチームでプロアクティブ人材を育成するために優先順位の高いテーマを検討します。「テーマ」とは、自己効力感や職務特性、職場環境といった各要因のうち、優先して向上させていくべき要因のことを指します。
図表2. 因果モデルのイメージ
なお、実際の企業では統計分析を行った経験がないことや共分散構造分析のような統計分析の社内リソースがないことによって、因果モデルを用いた統計分析が実施できないことも想定されます。そのような場合でも簡単にできる分析の方法として、次の2つの方法があります。
1つ目は、プロアクティブスコアとエンゲイジメントサーベイ等で取得したスコアの相関係数を算出することです。プロアクティブスコアと相関が高いサーベイ項目が意味のある「テーマ」である可能性が高いということです。相関係数はExcelを用いて簡単に算出することができるので、手軽に実施できる手法です。
2つ目は、日本総研の大規模調査において、プロアクティブスコアを高める要因であると判明している「自己効力感」「職務特性」「集団凝集性」「職場環境」「ワーク・エンゲイジメント」の5因子のうち、自社適合的な因子が何であるかを定性的に検討することです。
具体的には、自社が弱い因子は何であるかを、現場へのヒアリング等を通して検討することで、プロアクティブ行動を促進する意味のある「テーマ」選定につながります。因果モデルを用いた分析を実施できない場合の簡易的な方法として、上記の2つを検討してみて下さい。
因果モデルを活用した分析に取り組む際の注意点
因果モデルを活用した分析に取り組む際には、ターゲットとなる組織の特徴によって、因果モデルの関係性に違いが出ることを留意する必要があります。全社的なモデルでは効果がない場合でも、ターゲットとする組織では効果があるといったことが起こりうるのです。そのため、テーマを検討する際はターゲットとする組織の特徴を踏まえて、よりプロアクティブ行動に効果がある要因を特定することが重要となります。
例えば、全社的には自己効力感がプロアクティブ行動を促進する効果が高いとしても、ターゲットとした組織では自己効力感に加えて上司のリーダーシップ行動が同程度に有効であるケースがあります。この場合、ターゲットの組織では自己効力感を高めるだけでなく、上司のリーダーシップ行動を優先順位の高い検討テーマ(例:自部門のビジョンを示す力や、メンバー間の信頼を醸成しコラボレーションを促進する力の向上等)とすることで、プロアクティブスコアの低い人のプロアクティブ行動を促進できると考えられます。
以上のようにプロアクティブスコアと因果モデルを活用することによって、プロアクティブ人材育成の方針を立てることができます。方針を立てることができたら、次にすべきことは一緒に施策を検討していく経営層、管理職の理解を得ることです。
第5回の連載では、プロアクティブ人材の育成に向けた経営層や管理職との対話・共創の方法について説明していきます。
参考文献
黒田 祥子、山本 勲、島津 明人、ウィルマー B. シャウフエリ (2021) 『従業員のポジティブメンタルヘルスと生産性との関係』 働き方改革と健康経営に関する研究(独立行政法人経済産業研究所)
プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!|「プロアクティブ人材」育成実践術 #3
本連載の第2回まで「プロアクティブ人材」の概要と重要性について説明してきました。第3回以降では、実際に各企業でプロアクティブ人材を育成していくための実践方法を「プロアクティブスコアの測定」から「育成施策の展開」まで6つのポイントに分けて紹介していきます。本稿である第3回では「プロアクティブスコアの測定」のポイントを紹介します。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。


寄稿者菅 章氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 ストラテジー&マネジメントグループ マネジャー
データ利活用・EBPMや戦略・組織・人事コンサルティングに従事。2023年より、週1日法務省へ出向(EBPMアドバイザー)。2025年1月から、日経グローカルで「明日から始められるEBPM実践術」 連載を掲載中。

寄稿者 佐賀 輝氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ アソシエイト・コンサルタント
入社以来、民間企業の人事制度構築や人材開発に関するコンサルティングに従事。現在、「プロアクティブ行動の促進」に関する研究・実証を行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)
プロアクティブ人材の重要性を理解してもらうために
プロアクティブ人材の重要性をいくら声高に主張しても、何らかの客観的な指標で捉えないかぎり、それは掛け声だけに終わってしまいます。人材のプロアクティブ化を全社的に進めていくためにも、マネジメント層に重要性を理解してもらうことが重要です。
人材のプロアクティブ化が人的資本経営の一丁目一番地として取り組むべきであることを理解してもらい、マネジメントの遡上にのせるためには、プロアクティブ人材について何らかの定量化を行い、課題として認識してもらう必要があります。
そこで重要になるのがプロアクティブスコアの測定です。
プロアクティブ度合いの計測方法
プロアクティブ人材は、「革新行動」「外部ネットワーク探索行動」「組織内ネットワーク行動」「キャリア開発行動」という4つのプロアクティブ行動をとれる人材を指します。そのため、プロアクティブスコアの測定では4つのプロアクティブ行動に対して、それぞれ3つの設問(計12問)を用いて、プロアクティブ度合いを計測します(図表1)。
回答者は、各設問項目に対して、「①全くそう思わない」「②あまりそう思わない」「③どちらともいえない」「④そう思う」「⑤とてもそう思う」の5段階で回答します。各回答の番号をその設問の得点として、12問のスコアを平均し、「プロアクティブスコア」を測定します。
「プロアクティブスコア」を測定することで、各社員のプロアクティブ度合いを把握することができるようになります。
図表1. プロアクティブスコア測定の設問項目
また、各プロアクティブ行動の3問ごとの平均スコアを算出することで、各行動におけるプロアクティブ度合いを把握することができます。
日本総研が実施した日本の労働者2万人へのアンケートでは、個人の「プロアクティブスコア」の全体としての平均値は、中立回答である3点を下回っています。つまり、日本のプロアクティブ行動は未成熟な状態であると言えます。
各社員のプロアクティブ度合いを把握
また、4つのプロアクティブ行動の平均スコアを比較すると、「外部ネットワーク探索行動」が最も低いスコア(2.76)となっています(図表2)。日本全体で見たときには、労働者は自らが属する企業の外にネットワークを広げ、外部の知見を社内に還元しようとする取組が相対的に弱いと言えます。
読者の皆さんの会社、組織の状況はいかがでしょうか。図表1を参照していただき、是非皆さんの組織の状況を把握していただければと思います。
図表2. 個人プロアクティブスコアの平均値
図表1で紹介した設問項目を利用し、従業員のプロアクティブスコアを測定した後、年齢・役職・組織等の軸で、また図表2で示したような全国平均や業界平均といったデータと比較・分析することで、どんな行動を喚起すべきか、どんな属性に働きかけるべきかといった、改善に向けた様々なヒントを得ることができます。
また測定したプロアクティブスコアを用いて、「自社の従業員において、どうすればプロアクティブスコアが高まるのか」「プロアクティブスコアが高まると、自社においてはどのような成果につながるのか」というポイントを定量的に可視化した「因果モデル」を策定することも重要です。
プロアクティブスコアを高めることは組織にとって有用であること(“美味しい“)、そしてプロアクティブスコアは高められるものである(”食べられる“)という二点を納得感ある形で伝えることは、プロアクティブ人材をマネジメントの遡上に載せる上では非常に重要だからです。
プロアクティブスコアから具体的な施策へ
第2回連載でもお示しした通り、日本総研では日本の労働者2万人へのアンケート結果を基に因果モデル(図表3)を構築し、プロアクティブ行動を含むさまざまな項目・概念がどのような関係性にあるのか、プロアクティブ行動を中心に整理しています。例えば自己効力感は「自分なら出来る」「きっとうまくいく」と思える感覚のことですが、自己効力感が高い労働者ほど、プロアクティブスコアが高くなる傾向が見られます。
自社における因果モデルを検討する際は、「まずやってみる」ことが何より重要です。先ほど紹介した自己効力感をはじめ、図表3に示した項目をすべてモチベーションサーベイ等のアンケート調査で定点観測している企業はあまり多くはないと思われますが、まずは既に実施しているアンケート調査で把握できている項目を置き換えて活用し、「どの項目がプロアクティブスコアに効いているのか」を調べてみると良いでしょう。
いくつかの企業において、実際に項目の置き換えを実施しましたが、因果モデル(図表3)が有効に機能する形で置き換えられるケースも少なくありません。成果についても、人事考課(業績評価、行動評価等)や従業員の働きがい・継続勤務意志、将来のパフォーマンス展望の自己評価等、設定しうる項目はさまざま考えられるため、自社の目的に応じて色々と試してみることをおすすめします。
また、因果モデルの分析についても、理想的には共分散構造分析と呼ばれる手法を用いて、さまざまな項目どうしの複雑な関係性をモデル化して分析するのですが、このようなテクニカルな手法を用いることが難しい場合でも、例えばプロアクティブスコアを目的変数とした重回帰分析を行って、どの項目がプロアクティブスコアを高める要因となるのか調べたり、更にシンプルにプロアクティブスコアとさまざまな項目との相関関係を調べたりするだけでも、具体的な施策を検討するための色々な示唆が得られます。
プロアクティブスコアを測定することはマストとして、後は既存のデータや自社で活用できるツールを用いてやれることを「まずはやってみる」ということが大切なのです。
図表3. プロアクティブ行動の因果モデル
第3回連載では、プロアクティブスコアを測定する方法と、プロアクティブスコアを中核とした組織変革ストーリーとなる因果モデルについて触れました。
第4回連載では、こうした情報をもとに、自社にとって「意味のある」ターゲットやテーマをどう発見していくかについて紹介します。
なぜプロアクティブ人材が重要なのか?|「プロアクティブ人材」育成実践術 #2
前回はプロアクティブ人材の定義や年齢帯別のプロアクティブスコアの特徴についてご紹介しました。
本稿では、前回ご紹介したプロアクティブ人材がなぜ企業経営に求められているかを、近年多くの企業が注力する人的資本経営の文脈に照らし合わせながら解説します。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&テーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。

寄稿者方山 大地氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 上席研究員。民間企業を中心とした人材領域のテーマに関するコンサルティングに従事。近年は、HRデータや採用・育成に関する科学知の適正活用に向けた調査・研究も行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)他、論文・寄稿多数。

寄稿者 佐賀 輝氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ アソシエイト・コンサルタント
入社以来、民間企業の人事制度構築や人材開発に関するコンサルティングに従事。現在、「プロアクティブ行動の促進」に関する研究・実証を行っている。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)
人的資本経営を成果に繋げていくためには
経済産業省が2020年9月に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」(通称「人材版伊藤レポート」)を発表したことを契機に、人的資本経営への関心が急速に高まりました。そして、2023年1月の「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正によって、有価証券報告書上で人的資本開示が求められるようになり、上場企業を中心に人的資本経営の取組が本格化しました。
人的資本経営は、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方を意味します。もう少し詳細に解説すると、企業の中長期的な経営戦略の遂行に資する人材戦略・人事施策を策定し、それを実践に移すことによって企業内の人材の変容を促し、企業価値向上につながる人材ポートフォリオを実現していくことが人的資本経営の神髄です。
しかし、多くの企業で人的資本経営を標榜して人材戦略・人事施策を策定し、実践に移しているものの、そうした取り組みが十分に機能していないことも多いのではないでしょうか。人的資本経営の取組がある程度一巡した今、具体的な成果につなげることが問われる時期に差し掛かっているといえます(図表1)。
個々の施策に目を向けると、研修・スキル開発プログラム、1on1ミーティング、ジョブチャレンジ制度など、様々な人事施策を経営企画部や人事部主導で実施するものの、「のれんに腕押し」状態になっているケースは多々あります。つまり様々な人事施策は行われているものの、従業員が新たなスキル習得に動いたり、新しい職務に挑戦したりといった状態までには至っていないということです。
こうなると、費用をかけて人事施策を実践しているにも関わらず、内部の人材ポートフォリオ、その中でも人材の質が変化しないままとなってしまいます。
図表1. 人的資本経営の取り組みの傾向
プロアクティブ行動は「ワーク・エンゲイジメント」の架け橋
このように、人材戦略・人事施策が従業員の意識・行動の変容につながりにくい中で、従業員のプロアクティブ化は重要な一つのキーとなります。
従業員がプロアクティブ行動を取り、組織が求める能力・スキルを理解し、また自己のキャリアにおいてその重要性を納得した上で、前向きに習得するようになることで、企業内部の人材の質の変化が少しずつ起こるようになります。
人事施策がどこか他人事であった状態から、自分事として捉えて行動するようになるのです。それは最終的には、組織全体の成果につながり、従業員自身が何らかの成果を実感することで次のプロアクティブ行動につながるという好循環が生まれていきます。
人的資本経営において、こうした従業員の意識・行動の変容につなげていくための概念としてこれまで注目されてきたものはワーク・エンゲイジメントでした。従業員がイキイキと働く原動力であるワーク・エンゲイジメントを向上させることはこれからも変わらず重要なテーマであることは間違いありません。
ただし、「熱意」「活力」「没頭」の3要素から構成されるワーク・エンゲイジメントは、仕事をどのように捉えているかという「個人の感情」を表すものであり、「組織の成果に繋がる行動」まで含め測定しているものではありません。プロアクティブ行動はワーク・エンゲイジメントという従業員の前向きな仕事への感情を組織全体の成果につなげていく、架け橋としても期待されています。
プロアクティブ行動を推進すべき学術的根拠
プロアクティブ行動にはしっかりとした学術的論拠があることも、私たちが従業員のプロアクティブ化を推進している理由の一つです。
1990年以降、プロアクティブ行動に関する様々な学術研究が進められてきました。Bindl & Parker (2011)は様々なプロアクティブ行動に関する学術研究を取り纏め、個人及び状況要因が認識・感情を変容させて、プロアクティブ行動を促進し、最終的に個人・チーム・組織の成果向上につながるということを述べています。
実際私たちが日本の労働者約2万人に対して実施したアンケート調査でも、プロアクティブ行動が仕事の成果に寄与することが明らかになっています。
図表2は、アンケート調査の結果に基づいて、共分散構造分析という統計解析を実施した結果の因果モデルです。詳細は第3回以降で説明しますが、個人・チームそれぞれのプロアクティブ行動は個人・チームそれぞれの成果展望を高めています。
つまり、プロアクティブ行動を促進することができれば、仕事の成果も連動して向上していくことが期待されるということです。
図表2.2万人のアンケートに基づく共分散構造分析の因果モデル
ここまで見てきた通り、従業員のプロアクティブ化は、個人・チーム・組織の成果向上に繋がるものであること、さらに人的資本経営の文脈で捉え直せば従業員のワーク・エンゲイジメントという「前向きなエネルギー」を経営が企図した人材ポートフォリオの実現を通じ、効率的に組織全体の成果に繋げるためのリンクピンになり得るものであるとおわかりいただけると思います。
プロアクティブ人材は、人的資本経営を成果につなげるためには必要不可欠な存在であり、まさに成果創出の起点となる存在なのです。
一方でビジネスの世界においてはまだまだ新しい概念と言わざるを得ず、「どうプロアクティブ行動を活性化するか」「プロアクティブ行動をどう成果に繋げるのか」などその方法論は未だまとまった形で表出化していません。
本連載の第3回以降では、日本総研でこれまで行ってきた調査研究と応用実践を踏まえながら、「プロアクティブスコアの測定」から「育成施策の展開」まで、企業でプロアクティブ化を進めていくポイントを6つに分けて説明していきます。
参考文献
Bindl, U. K., & Parker, S. K.(2011). ”Proactive work behavior: Forward-thinking and change-oriented action in organizations”. APA handbook of industrial and organizational psychology, Vol. 2. Selecting and developing members for the organization , 567–598
【ミドルマネジャーのオーバーワークを乗り越える4つのアプローチ#2】ミドルマネジャーのオーバーワークの背景|リクルートマネジメントソリューションズ
ミドルマネジャー(課長層、以下マネジャー)の過重負担や長時間労働、業務の難しさなどが、多くの企業で問題となっています。
「マネジャーは罰ゲームだ」「マネジャーになりたくない人が増えている」「マネジャー限界説」などの声もよく耳にするようになりました。そうした問題を解決するにはどうしたらいいのでしょうか。マネジャーのオーバーワークを乗り越える4つのアプローチを紹介します。
第2回は、現代のマネジャーのオーバーワークの背景を分析していきます。

寄稿者石橋 慶(いしばし けい)氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ レーニングマネジメント部 トレーニング開発グループ マネジャー
2005年リクルートマネジメントソリューションズ入社。ソリューションプランナーとして、幅広い業種・規模の企業に対し、人材採用・人材開発・組織開発の企画・提案を行う。2012年よりミドルマネジメント領域の調査研究およびトレーニング・モバイルラーニングの商品企画・開発に従事。

寄稿者木越 智彰(きこし ともあき)氏株式会社リクルートマネジメントソリューションズ トレーニングマネジメント部 トレーニング開発グループ 主任研究員
ビジネス系出版社にて書籍の編集・企画業務に携わった後、2009年にリクルートマネジメントソリューションズに入社。海外事業の立ち上げ・専属トレーナーのマネジメント業務を経験し、現在は研修の企画開発に従事。主にマネジメント領域を担当する。著書に『部下育成の教科書』(共著・ダイヤモンド社)がある。
目次
1. 見通しや計画を立てるのが難しく、メンバーの多様化が進んでいる
連載第1回で紹介した調査データも踏まえながら、現代のマネジャーのオーバーワークの背景を分析していきます。
現代のマネジャーを取り巻く環境は厳しくなるばかりです。第一に、多くのマネジャーが、経営から短期成果と中期成果の両方を高い基準で求められる傾向があります。時間的・精神的な余裕がなくなるのは当然です。
人手不足もあいまって、マネジャー自身もプレイヤーとして対応せざるを得ないケースが多く、マネジメント業務に専念できないマネジャーが少なくありません。
第二に、現代の不確実で変化の速いビジネス環境では、見通しや計画を立てるのがどんどん難しくなっています。「こうすればうまくいく」という勝ちパターンがなかったり、あってもすぐに役に立たなくなったりするケースが増えています。マネジャーがこれまで経験したことのない課題が次々に出てくることも珍しくありません。
第三に、職場メンバーの多様化があらゆる面で進んでいます。若手Z世代の部下だけでなく、年上部下、時短勤務の部下など、部下の多様性と複雑性が増しています。
さらにマネジャーは、そうした多様な一人ひとりの特性や適性や特徴を踏まえたマネジメントを求められるようになっています。
2. ピープルマネジメント(人的資源管理)の負荷が高まっている
第四に、マネジメント業務がどんどん増えています。特に、ピープルマネジメント(人的資源管理)の負荷が高まっています。
例えば最近、多くの企業で、個々のメンバーの「キャリア支援」が、マネジャーの大事な業務の1つになりつつあります。ところが、現役マネジャーのなかには、そもそも自身のキャリアをあまり考えてこなかった人が多く存在します。
また、他部署や他職種のことを知らないことも多く、メンバーのキャリアを支援するといっても、どのようにアドバイスすればいいのかわからない、というマネジャーが多いのが現状です。いずれにしても、キャリア支援はこれからマネジャーの必須業務の1つとなるでしょう。
また、メンバーの組織エンゲージメントを高め、離職を防ぐ「リテンション・マネジメント」もマネジャーに求められてきています。最近、日本企業のエンゲージメントサーベイ導入率が高まっています。今後、組織エンゲージメントポイントは、マネジャーのモニタリング指標の1つとして定着すると考えられます。
さらに、「ジョブ型人事制度」などへの移行に取り組む企業では、マネジャーの制度適応が必須となっています。マネジャーが、これまで組織に存在しなかった職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成したり、新しい配置・異動の仕組みに適応したり、新しい評価制度に対応したりする必要があるのです。
こうしたピープルマネジメント施策や制度の企画設計は人事が行いますが、現場での運用はマネジャーに依存する部分が多くあります。その結果、マネジャーの業務負荷がますます高まる傾向があります。
3. 社員のプレマネジメント経験が減る傾向にある
一方で最近は、社員のプレマネジメント経験が減る傾向にあります。昇進前に部下や後輩を育てた経験の少ない人がマネジャーになっているのです。
かつての日本企業は、ベテラン・中堅社員よりも若手社員のほうが多いピラミッド構造になっていました。そのため、係長やチームリーダーとして、後輩を育成するプレマネジメント経験を積みやすい環境がありました。
ところが、現在の日本企業は、ベテラン・中堅社員が多く若手社員が比較的少ない構造になっています。そのため、後輩を育成したり、課長業務を代行したりする経験を積みにくくなっているのです。
現状は、経営や人事がマネジャーに期待するレベルが高まる一方で、新任マネジャーのプレマネジメント経験値は減っています。つまり、周囲の期待レベルと本人の経験・能力のギャップが、以前より大きくなる傾向があるのです。
そのために、新任マネジャーがいきなり非常に強いプレッシャーにさらされて、大きな悩みを抱えたりマネジメント業務に適応できなかったりするケースが増えています。
部下たちはこうしたマネジャーの様子を見て、マネジャーは大変そうだ、割に合わない、コスパが悪いなどと感じ、マネジャーになりたくないと思うわけです。
連載第1回で、半数近くの人事の皆さん(42.7%)が、マネジャー候補の育成・選抜が難しい原因として「マネジャーになりたいという社員が減っている」という問題を挙げているというデータを紹介しました。
以上を踏まえると、この傾向は今後さらに強まることが予想できます。近い将来、マネジャーの成り手がいなくなっていく可能性も十分にあります。
4. 「負荷増大と組織硬直化の悪循環サイクル」に陥ると危険
弊社の調査からは、「負荷増大と組織硬直化の悪循環サイクル」の存在も見えてきました。
マネジャーが責任感からメンバー一人ひとりに指示を出したり、メンバー同士の関係をつなげたりする動き(協働のハブ化)は、かえってメンバーの他律化や組織の硬直化を招く危険性があるようなのです。組織の硬直化が進むと、マネジャーの業務負担がさらに増えてしまいます。
チームがこのタイプの悪循環に陥ると大変危険です。リモートワークの場合、マネジャー自身がハブとなる傾向がさらに強まるため、悪循環に一層陥りやすくなります。
【負荷増大と組織硬直化のサイクル】
出典:「一般社員2040名、管理職618名に聞く テレワーク緊急実態調査【後編】テレワークがあぶりだす管理職依存の限界と、自律・協働志向組織への転換」リクルートマネジメントソリューションズ(2020)
5. 問題解決のカギは「マネジャー独自のやりがい」を感じてもらうこと
現代のマネジャーのオーバーワークには、以上のような背景があります。では、どのように解決したらよいのでしょうか。問題解決の具体的なアプローチは第3回、第4回で詳しく説明しますが、その前に問題解決のカギを1つ紹介します。
それは、「マネジャーならではのやりがいを感じてもらうこと」です。
私たちの過去の調査では、マネジャーがやりがいを最も感じるのは、「自分が管轄する組織が、目標より高い成果をあげたとき」でした。次点が「部下が成果をあげたとき」と「部下が成長したとき」です。
こうした独自のやりがいを感じるマネジャーが増えれば、本人のモチベーションが高まるだけでなく、マネジャーを目指す人材も自然と増えていくと考えられます。反対にマネジャーがやりがいを得にくい状況にあると、マネジャーの精神的負荷はより高まるでしょう。
出典:「管理職意向の変化に関する実態調査」リクルートマネジメントソリューションズ(2016)
幸いなことに、私たちの調査では、マネジメントを担うことにネガティブだった人の半数以上(53.3%)が、実際にやってみるとポジティブに変わったことが分かっています。
その主な理由は、「より大きな影響力を周囲に及ぼすことができる」(32.7%)、「現場の仕事とは違う面白さがある」(32.7%)、「自分にとって成長を感じられている」(31.9%)というものです。
マネジャーは、プレイヤーとは違う影響力や面白さがあり、自らの成長を感じられる仕事なのです。マネジャーのオーバーワーク問題を解決するためには、こうしたやりがいを感じてもらう工夫が大切です。
出典:「管理職意向の変化に関する実態調査」リクルートマネジメントソリューションズ(2016)
以上で、マネジャーのオーバーワークの背景の説明を終わります。第3回はいよいよ本題に入ります。マネジャーの「業務量」に対処する2つのアプローチを紹介します。
カルチャーミスマッチを防ぐ3つの鉄則と、”5つの落とし穴”|ミギナナメウエ井上
採用活動では「スキルマッチ」ばかりが重視されてしまいがちですが、「カルチャーマッチ」も非常に重要な要素です。というのも、自社のカルチャーや組織に合っていない人材を採用してしまうと、組織は一瞬で崩れてしまうのです。
今回は、採用においてミスマッチが発生しやすい「5つのポイント」と「3つの鉄則」について、累計400社以上の採用を支援してきた「即戦力RPO」で収集したメソッドをもとに解説いたします。
寄稿者井上 愛海 (いのうえ まなみ)氏株式会社ミギナナメウエ 執行役員/採用支援事業部 部長
2019年8月、株式会社ミギナナメウエに入社。東京大学大学院所属。入社以来、採用コンサルタントとしてベンチャー/スタートアップ企業を中心に異例のスピードで採用成果を構築。2021年に事業部責任者、2022年9月には執行役員に就任。現在は、累計400社を超える顧客様の採用を支援し、新卒〜CXOクラスまで独自のマーケティング戦略によって次々と採用を成功させている。
目次
1. 近年の採用で多発する「カルチャーのミスマッチ」の危険性
現在、採用市場は人口減少の影響を受け、かつてないほどの売り手市場となっています。
その中で、多くの企業は他社よりも早く、そして採用目標を達成するために人材を確保しようと焦り、採用基準を緩和してしまうことがあります。それにより発生する「妥協採用」は、一時的に人数を揃えられても、長期的には組織全体の生産性低下を招きかねません。
また、「スキル面だけが理想的な人材」を採用しても、自社の社風やカルチャーとマッチしていなければ、既存社員との間で齟齬が生じるリスクが高まります。
そのような、カルチャーミスマッチの人材がもたらす最大の問題は、早期離職と社内士気の低下です。
自社の働き方やカルチャーに共感していない人材は、採用しても結局早期離職されてしまい、採用期間やコストが無駄になってしまったり、既存メンバーのモチベーションまで悪影響を受けるため、結果的にたった1人のカルチャーのミスマッチが組織全体のパフォーマンスの低下を引き起こしてしまいます。
一方で、カルチャーマッチした人材を採用できると、いわゆる「人材の掛け算の効果」が生まれ、メンバー同士が相互に協力することで、さらに質の高いアウトプットが生まれるようになったり、組織全体の推進力が強くなったりと、企業の成長にとってかなりプラスに働くようになります。
このように、採用活動において基本的なスキル要件とともに重要な「カルチャーマッチ」の要素ですが、定量的な判断が難しいことからなかなか採用業務に取り入れにくいことが問題です。
そこで何が原因なのか、どのフェーズでどのような施策を行えばいいのかを理解し、取り組むことが重要です。
2. カルチャーのミスマッチが起こる企業に共通する5つの落とし穴
まず、自社含め400社以上の採用現場に携わってきた中で、カルチャーのミスマッチが発生しやすいシチュエーションを以下の5つに洗い出しました。
- 候補者のスキルが優秀で判断力が鈍ってしまう
- 採用目標が未達で、妥協してしまう
- 候補者の営業力が高く「マッチしている」と思わされてしまう
- 現職と前職の組織風土ギャップが激しい
- 現場のメンバーが採用に関与していない
2-1. 候補者のスキルが優秀で判断力が鈍ってしまう
選考の場に採用要件ドンピシャの人材が現れると、現場がうまく回るイメージがつき「なんとしてでも採用したい」という気持ちが強くなってしまいます。
その結果、選考時の見極めが甘くなってしまい、カルチャーのマッチ度合いを見誤ってしまう可能性が高まります。
2-2. 採用目標が未達で、妥協してしまう
期日が迫っている中で、採用目標を達成できていない状態では、「普段であれば採用しないが、活躍してくれるかもしれない」と、妥協して内定を出してしまうことがあります。
焦っている時こそ慎重に、カルチャーマッチを見極めましょう。
2-3. 候補者の営業力が高い
候補者の営業力が高いということは、つまり「面接官が自分に何を求めているのか」を察知して適切な回答をする能力が高いということです。
この能力そのものは問題ありませんが、その候補者にとって面接を受ける目的が「自分に合う企業を探すこと」ではなく「どこでもいいから内定をもらうこと」な場合、面接で適切にすり合わせができず、入社後にミスマッチが発生しやすくなります。
2-4. 現職と前職の組織風土ギャップが激しい
例えば、大手企業からベンチャー企業、公務員から民間企業への転職のケースで発生します。
隣の芝生が青く見えてしまうが故に「今いる環境から別の環境に変えたい」というニーズで転職した結果、「自分にとっての当たり前」を大きく変える必要があるため、入社後のミスマッチが起こりやすくなります。
このケースでは、面接ですり合わせる時間を十分に設けていても、候補者側はこれまでの環境とは違うため働くイメージがつきづらく、アトラクトの言葉をそのまま受け取ってしまったり、都合良く解釈してしまうことがあります。
2-5. 現場のメンバーが採用に関与していない
選考に現場のメンバーを絡めるかどうかは、企業の採用方針やリソースによって変わると思います。
しかし、候補者が人事や経営陣に対して出す一面と、メンバーに対して出す一面が全く異なることよくあり、管理職に対して礼儀正しく接していたにも関わらず、自分よりジュニアだと判断したメンバーに対して横柄な態度をとる人も一定数いることを念頭に、人事や役員面接で所感がよかった候補者もしっかりと見極めるようにしましょう。
3. 【離職率が35%→10%以下に】カルチャーマッチ採用の事例
実際に、どのようにカルチャーマッチ採用を進めていくのかについて、人材事業を展開し年間50名以上の採用を行っている、弊社の事例を元にご紹介します。
弊社では、インターン組織から正社員主体の組織に移行した当初、カルチャーにマッチしていない人材を採用して派閥が生まれたり、社員の士気が低下したりして離職率が35%を上回った時期がありました。
そこで、カルチャーの言語化や社内ラジオなどの施策を動かしつつ、「カルチャーマッチ人材の採用」を重視し、以下のような施策に取り組みました。
- 面接を“選ぶ”から“すり合わせる”に変更
- 経営陣自らカジュアル面談や一次面接に参加
- 選考参加者向けの広報コンテンツ(記事・YouTube)を配信
- 面接後の言語化とナレッジ化
- 適性検査の導入
まず、そもそも面接を選ぶ場から「認識をすり合わせる場」に変更したことです。人を選ぶというスタンスではなく、弊社のカルチャーについて本当に理解してもらえているか、経営陣や人事以外のメンバーから見てもマッチしているかを判断するようにしました。
次に、見極める場でありつつもアトラクトも必要であるため、最も自社を語れて候補者をアトラクトできる経営陣が面談や選考に参加することも決定し、かなりの時間を割くようになりました。
また、広報コンテンツを拡充させ、カジュアル面談前・面接後などのフェーズ別や職種別でそれぞれの候補者に適したコンテンツを共有することで、弊社とのマッチ度を判断してもらったり、選考段階でカルチャーに馴染みを持ってもらえるよう取り組みました。
そして、面接後には、必ずよかった点と懸念点をできるだけ明確に言語化し、採用担当者の間で共有することで担当者間で評価基準などをナレッジ化したり、「この部分は懸念にならないのではないか」と評価のズレを見つけることもできています。
最後に、適性検査の導入です。適性検査を導入して既存社員の特性やカルチャー、候補者の志向性を定量的に判断できるようになったおかげで、そのデータを採用に活かすことができ、導入前と導入後で明らかに採用の質が向上しました。
上記のような取り組みを行った結果として、弊社は月間4-5名の採用目標を達成し続けながらカルチャーマッチ人材を採用し、離職率を35%→10%以下まで下げることができました。
4. カルチャーミスマッチを防ぐ3つの鉄則
では最後に「カルチャーミスマッチを防ぐ3つの鉄則」についてご紹介します。
- カルチャーの言語化を徹底する
- 選考中の方のみ閲覧できるコンテンツを作成する
- 本音を引き出せる関係値構築を行う
4-1. カルチャーの言語化を徹底する
まず、大前提としてカルチャーミスマッチを防ぐためにはカルチャーの言語化を徹底することが重要です。カルチャーのミスマッチが発生する根本的な理由は、前述したとおりカルチャーという概念が定性的であり、人によって解釈が異なりやすいからです。
たとえば「チームワークを大切にする」というカルチャーでも、それを「メンバー同士が対等に意見を出し合える環境」と解釈するのか、「リーダーの指示にとにかく素早く応える」と解釈するのかによってそのカルチャーによって引き起こされる実体が全く異なります。
そのため、掲げているカルチャーや、言語化されていない要素を細分化し、具体的な行動指針や事例ベースとして言語化することで、カルチャーのミスマッチを格段に減らすことができます。
4-2. 選考中の方のみ閲覧できるコンテンツを作成する
次に、広報においては「選考中の方のみ閲覧できるコンテンツを作成する」ことがポイントです。採用広報コンテンツを作る際、より多くの方の認知を獲得するためにターゲット層よりも広く訴求をしてしまうケースがよくあり、結果として実際求めている方よりもズレた方に応募されてしまいます。
しかし、打ち出す訴求を狭めてしまうと母集団が減ってしまうため、選考に参加した方のための広報コンテンツを作ることをおすすめします。
前述の通り、これは弊社でも行っている施策で、母集団形成のためのコンテンツと選考中にカルチャーマッチ度合いを判断してもらう材料としてのコンテンツを作ることで、募集の段階でスクリーニングしすぎることなく、選考時でミスマッチの誘発を防ぐことができます。
4-3. 本音を引き出せる関係値構築を行う
最後に、面接時のポイントは本音を引き出せる関係値構築を徹底することです。 面接の中で質疑応答だけを繰り返していくのではなく、例えば「面接官自身の失敗談」や「苦労した経験」を自己開示することで、候補者側も自己開示しやすくなり、より素に近い状態で話してもらえるようになります。
また、あらかじめ「候補者を見極める場」ではなく「相互にマッチしているかを見極める場」であることを共通認識として伝えておくことも重要です。
世間一般的に、面接は「企業が候補者を見極める場」として認識されているため、候補者側が「自分と企業がマッチしているか」を主体的にすり合わせていく意識が弱く、結果としてミスマッチな状態で採用することに繋がるため、候補者にも面接の目的を伝え、本音を引き出せる場を整えるよう意識しましょう。
5. まとめ
採用において、カルチャーマッチは後まわしに考えられてしまうことが多いと思います。確かに、中途採用やハイクラス人材の採用ではスキルマッチが前提ではありますが、特に組織規模の小さいベンチャー・スタートアップ企業やポテンシャル採用であれば、カルチャーマッチは非常に重要な検討項目です。
弊社ではベンチャー企業から上場・大手企業まで400社以上のご支援実績がございますので、カルチャーマッチ採用の施策や、ミスマッチによる早期離職、面接官育成などに課題をお持ちの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
見えない「隠れ介護」にどう向き合う?──企業人事が知っておきたいリアルと両立支援の第一歩|チェンジウェーブグループ木場
企業として、仕事と介護の両立支援を行う必要性はわかっている。それでも、いま目の前で困っている社員が見えないと、「何から始めればいいのか」「どこまで踏み込んでいいのか」と迷ってしまう。そしてつい、優先順位が下がってしまう──多くの企業人事の方が、そんな状態にいるのではないでしょうか。
でも実はその「見えない」の中に、声にならない不安や、誰かに助けを求めることができず静かに耐えている社員がいるのかもしれません。
すでに何かが始まっているかもしれない。けれどそれは、まだ見えていないだけ。今回の記事では、そうした介護の不安の中にいる社員の「気づきにくいサイン」に目を向けながら、企業としての関わり方を探っていきたいと思います。
大きな改革ではなく、まずできることから。誰かが声を上げたとき、無理なく受け止められる会社になるように。現場から見えてきた相談事例やデータを交えて、ヒントをご紹介します。

寄稿者木場 猛氏株式会社チェンジウェーブグループCCO(チーフケアオフィサー)
介護福祉士、介護支援専門員。東京大学文学部卒業。武蔵野大学別科 介護福祉士養成課程 非常勤講師。2001年の在学中から現在まで20年以上、現場の介護職として2千世帯以上の高齢の方とご家族を支援。2018年株式会社リクシス(現チェンジウェーブグループ)に参画。現在も高齢者支援や介護の現場に携わりながら、仕事と介護の両立支援クラウド「LCAT」ラーニングコンテンツ作成や「仕事と介護の両立個別相談窓口」相談業務を担当。2023年9月「仕事は辞めない!働く×介護 両立の教科書」(日経クロスウーマン)を上梓。
・公式サイト:https://changewave-g.com/
目次
「気づけば、もう始まっていた」──静かに進行する隠れ介護の現実
「正直、まだうちの会社ではそんなに介護が大変っていうのは聞かないんですよね」
弊社では「仕事と介護の両立支援」に関するお手伝いをさせていただいているのですが、人事の方から、よくこうした声を聞きます。でもそれは、社員の介護の問題や両立の負担がないからではなく、本人が声を上げておらず、まだ見えていないだけかもしれません。
親御さんの急な入院から介護が始まるケースはよく耳にしますが、介護の始まりは、そのような大きな事件として起きるとは限りません。
- 高齢の親の足腰が弱って日中あまり外に出ていない
- 大きな買い物は大変
- 物忘れが出てきた
- 心配なので通院に付き添う
- 複雑な書類の手続きを手伝う…
親は大丈夫と言うけれど、時々様子を見ないと心配──静かに、少しずつ、日常のすき間に入り込んでくるのが介護のリアルです。多くの場合、社員自身も「まだ介護と呼べるほどじゃない」と思いながら、仕事と両立しているうちに、次第に生活が圧迫されていきます。
たとえば、ある50代の男性社員は、毎週末2時間かけて実家に通い、親の生活支援をしていました。仕事には影響を出さず、定時まできっちり勤務をこなしていたため、周囲は何も気づいていませんでした。数年に渡るその生活を過ごした後、突然「少し休みたい」と人事に申し出があり、そこで初めて「すでに介護が始まっていた」ことが発覚したのです。こうした隠れ介護の状態は、どの企業にも存在しています。
実際、弊社の調査では20代からの全世代のビジネスパーソンのうち、すでに何らかの形で親の支援をしている人が1割弱という結果が出ていますが、「いつ介護が始まってもおかしくない」と感じている層は2割以上。つまり、全体の約3割が、すでに何らかの入り口に立っているということになります。
さらに50代以上に絞ってみると、約半数が「介護中」または「いつ介護が始まってもおかしくない」という状況になっていることがわかりました。
CWG 仕事と介護の両立支援サービス「LCAT」データより(N=55,667:2022年4月1日~2025年3月31日)
それでも、会社でその事実を口にするケースはあまりありません。なぜなら、まだ「ギリギリ回っている」からです。
でもそのギリギリが突然崩れたとき、人事や上司にとっては「いきなり問題が起きた」ように見えるのです。もしかしたら社員本人でさえ「急に始まった」と感じているのかもしれません。
実際は、周囲が気付く前から「高齢の親の家の掃除や食事の準備などの世話をしている」「親だけの生活が心配で定期的に見守っている」といった、事実上の介護状態になっています。介護は、ある日突然始まるものではなく、知らない間に進んでいるもの。その現実に気づけるかどうかが、支援のタイミングを左右します。
「声が上がらない」=「困っていない」ではない──9割が不安を抱えている現実
管理職や人事に相談が無いからといって社員が困っていないとは限りません。実はそこに、大きなギャップがあることが、複数の調査から見えてきています。
ビジネスケアラー白書のデータでは、ビジネスパーソンのうち、介護に関して「特に不安を感じていない」と答えた人は、全年代を通して1割未満でした。ほぼすべての人が何らかの不安を抱えているということになります。特に不安が強いのは、40〜50代の層です。親の介護が現実味を帯びてくる年代であり、仕事の責任も重くなる時期にあたります。
さらに意外なことに、すでに介護が始まっている人よりも、まだ始まっていない人の方が、不安の度合いが高い傾向にあるという調査結果もあります。介護が始まると、地域包括支援センターやケアマネジャーといった相談先に接点ができ、情報が手に入るようになります。ある程度条件も定まり、一旦は対応が落ち着いた状態になる方も出てきます。
しかし、介護の直前にいる人たちは、何が起こるかもわからず、どこに相談すればいいかも知らず、無限の可能性に備えて漠然とした不安を抱えたまま、日常を送っているのです。この「何をどうすればいいか分からない不安」は、影響が目に見えにくいものの、本人にとってはかなりの負担です。
声が上がるのは、信頼のサイン──そこから一緒に考えればいい
実際に介護の相談が上がってくることは、まだ少ないかもしれません。だからこそ、その数少ない「声」が届いたとき、企業としてどう動けるかが問われます。
冒頭で例に挙げた50代の男性社員は、ある日突然、人事に「しばらく仕事を休めませんか」と打診しました。体調が悪いわけでも、家庭に大きな事件があったわけでもありません。ただ、実家の親の体調悪化が続き、頭の中がいっぱいになっていました。
人事の方はどこまで踏み込むか迷いながら、「休みの手続きはもちろん可能だが、まずは介護のことをプロに相談してみてはどうか」と、弊社の仕事と介護の両立相談窓口につなぐ判断をしました。そうして相談員として関わった私がお話を聞いたところ、ほかのご家族とのコミュニケーションや介護保険サービスの利用に抵抗感があったようで、ほとんど自分で抱え込んでしまっている状態でした。
こう言ったケースの場合、休んでもご本人の介護負担は軽くならず、状況は変わりません。その方の親御さんの状況や介護度を踏まえると、介護する社員の方自身の負担感をケアマネージャーなどの介護サービスの担当者に伝えることで、安定的な介護体制を再調整してくれる可能性がありました。そのことをお伝えし、あわせてご家族で誰と話すとよいかなどを一緒に考え、ほんの30分でその方の考えは大きく変わっています。
「今の働き方をまったく変えなくても、親のためにできることがあると知って驚きました。誰に頼ればいいか、頼っていいのかも知らず、自分でやらなきゃいけないと思い込んでいましたが、制度や専門職にうまく頼れば、ここまでやってもらえるんですね。少し安心しました」
私はお話を聞いて整理し、ありえる方法をいくつか提示した程度です。それだけで、まだ実際に介護サービスが手厚くなったわけでもないのに、介護による仕事への影響は軽くなったようです。
このように、「休業しないと無理かもしれない」と思い詰めていた社員が、実は今のままでも十分両立できると知り、落ち着いて、通常業務に戻っていく──そんなケースは少なくありません。少し踏み込んでみることで、状況が変わることもあるのです。
社員にとっては、「ここで誰かに話を聞いてもらえるかどうか」が、今後の働き方やキャリアの行方に大きく影響します。相談に来られた社員の方からは「会社にこんな機会があってよかった」「人事にすすめられてどんなものかと思ったが、話してみてよかった」と明言される方もいらっしゃいました。相談相手が社内の人でも、人事にすすめられた相談先でも、寄り添ってくれる会社だと実感できます。その実感がここで働き続けたいという信頼にもつながっていくのではないでしょうか。
複雑な家庭の事情が関わるテーマですので、踏み込むのはエネルギーがいります。判断に迷う場面もあるかもしれません。でも、「相談されたときにどう対応されたか」は、社員にとって忘れられない体験になります。制度の案内に終始するのではなく、社員が誰かに頼りたいと感じた時に、気づき、まずは受け止めること。それが、一番大事な支援なのだと思います。
その一言が壁になることもある──休みたいわけではない社員の本音
とはいえ、管理職や人事担当として相談を受ける側としては、「介護のことで自分に何ができるんだろう」と戸惑うこともあるかもしれません。
介護について相談を受けたとき、上司や人事の方が、善意で「しばらく休んでもいいんだよ」「制度は使えるからね」と声をかけているというのを相談者からよく耳にします。でも、こうした言葉が、かえって社員を戸惑わせてしまうこともあります。
本人は必ずしも「休みたい」と思っているわけではなく、「どうすれば続けられるか」を一緒に考えたくて相談している場合があります。なのに最初から「休む前提」で話が進んでしまうと、「やっぱり介護しながら働くのは無理ってことか」「結局、家族がやるしかないのか」と感じさせてしまうのです。
介護の相談は、正解のないテーマです。そもそも社内で相談を受ける人事や管理職の方々も、介護の知識が豊富なわけではありません。
でも、そこに不安を感じすぎる必要はありません。大切なのは、「わからないなりに、どう耳を傾けるか」という姿勢です。「こうすればいい」「前例ではこうだった」とアドバイスするよりも、まずは相手の思いや状況に関心を向けること。「それは大変だったね」「今、どんなことに一番困っている?」と、目の前の相手に興味を向けるだけでも、相談してきた社員の気持ちはほっと和らぎます。
まず聴く。そのシンプルな行動が、「この人には話してもいいかもしれない」という信頼を生み出します。支援の第一歩は、制度の説明ではなく、「その気持ちに寄り添っているよ」という姿勢なのだと思います。
両立支援をする側も、ひとりで抱えなくていい──プロとともに、「無理なく」支える会社へ
ここまで読んで、「仕事と介護の両立支援は難しいな」と感じた方や、状況によっては「気持ちを聞く時間まではとれない…」と感じた方もいるかもしれません。
それは自然なことです。そもそも介護の話は各社員の「家庭の事情」です。人事や管理職がすべてを把握し、すべてを判断する必要はありません。大切なのは、「気づくこと」そして、「専門職にうまく頼ること」だと思います。
両立支援のプロと一緒に考える体制を作っておくことで、人事の方も「全部を自分で判断しなくていい」という安心感が得られます。介護のこと、つまり社員の「親の問題」はその道のプロに任せ、企業の人事や管理職の方は社員の方自身が「どう働きたいのか」の話をしていくのが、互いに無理のない両立支援の形だと考えており、そういった姿を目指しています。
そして、制度や仕組みだけではなく「もし何かあれば、ここに話せる場がある」と社員が感じられる環境こそが、最大のセーフティネットになります。すべてを完璧に整える必要はありません。でも、たった一人でも「不安な気持ち」に寄り添えたなら、それは間違いなく、会社にとっての大きな前進です。
困っている社員のすぐそばに、聞いてくれる人がいて、必要ならプロにつないでくれる。そんな会社ならきっと「何かあっても、ここでなら働き続けられる」と思える人が増えていくのではないかと考えています。
両立支援は、支援する側も頑張りすぎないのが重要です。「ひとりで背負わないようにすることで無理なく続けられる」というのは、両立する社員も、それを支える人事や管理職も同じだと思います。
ここまで読んでくださったあなた自身も、すでに小さな一歩を踏み出しています。迷いながらでも、少しずつ、ご無理なく。今日のこの気づきが、誰かの働きやすさにつながる。そんな連鎖が、会社全体の安心を育てていくのだと思います。
▶仕事と介護の両立支援事例はこちら:https://lcat.jp/casestudy/
人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?|「プロアクティブ人材」育成実践術 #1
なぜ、人の自律性が高まらないのか。なぜ、職場から新たな挑戦が生まれないのか。経営者や管理職の皆様からこうした悩みを最近特に聞くようになりました。
「自律」や「挑戦」といったキーワードは組織・人材マネジメントにおいて昔から重要視されてきましたが、近年働き手不足を背景に一人ひとりの飛躍的な生産性向上が求められる時代となっており、より深刻な経営課題として取り上げられることが多くなってきた印象です。

寄稿者下野 雄介氏株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアル デザイングループ 部長
「プロアクティブ行動の促進」研究・ソリューション開発責任者を兼任。オンライン公開講座「2023年人的資本経営の総括と、2024年に向けた展望」(日本CHO協会 2023年度)をはじめ人的資本経営・プロアクティブ行動に関する講演実績多数。専門は組織開発、組織行動論。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」 (KINZAIバリュー叢書)。

寄稿者 宮下 太陽氏株式会社日本総合研究所 未来社会価値研究所兼リサーチ・コンサルティング部門 マネジメント&インディビジュアルデザイングループ シニアマネジャー
立命館大学客員研究員。組織・人事領域のコンサルタントとして学術の知見も駆使し、顧客の本質的な課題を捉えた科学的な組織変革を支援。専門は文化心理学、社会心理学、キャリアディベロップメント。著書「プロアクティブ人材: アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略(KINZAIバリュー叢書) 」他共編、監訳、共著多数。
私たちはこうした長年の経営課題に対し再現性のある形で解決する手法をいよいよ考える必要があるのではないか、という問題認識のもと、2017年頃から研究に取り組み、このほどその成果を拙著「プロアクティブ人材:アカデミアとビジネスが共創したVUCA時代を勝ち抜くための人材戦略」にとりまとめました。
本書は組織における自律・挑戦の活性化をテーマに、学術的な先行研究を踏まえつつビジネスの現場での実践を通じた知見も加えて、組織・人材開発マネジメントの実践的な方法論について解説したものです。上梓後ありがたいことに多くの方に手に取って頂いております。
本連載では、本書の内容をベースとしながら『「プロアクティブ人材」育成実践術』と題して、プロアクティブ人材を育成していく具体的な実践方法・ステップを中心にご紹介し、プロアクティブ人材を起点として人的資本経営を成果に結びつけるアプローチを提示していきます。
我々の調査では、プロアクティブ人材が日々のマネジメントを通じて育成可能であることが明らかになっています。全8回の連載を予定していますので、ぜひ最後までご覧いただき、自社での人材育成にお役立ていただければと思います。
そもそも「プロアクティブ人材」とは
そもそも「プロアクティブ人材」とはどのような人材なのでしょうか。
簡単に言えば「自らのキャリアと組織の成長を同時に切り拓いていく人材」です。もう少し解像度を上げ、こうした人材が実践している4つの特徴的な行動について解説します。
- 今の仕事のやり方を前向きに変えようとする「革新行動」
- 自身が所属する組織以外の人と積極的なネットワークを構築し知見を入手する「外部ネットワーク行動」
- 挑戦的な取組を組織として進めるため組織内の様々な人と普段から良好な関係を築き、また挑戦的な取組を図るときに組織内の様々な人を巻き込む「組織内ネットワーク行動」
- こうした取組を自身のキャリアにどう位置付けるかを考え、また自身のキャリア開発の観点で能動的に取り組む「キャリア開発行動」
これらの4つの行動を「プロアクティブ行動」と呼称し、「プロアクティブ人材」とはこのプロアクティブ行動を「全て」実践できている人材をのことを指します。
図表1 プロアクティブ行動の4つの行動
例えば営業職におけるプロアクティブ行動について具体例を挙げてみたいと思います。
革新行動 | ある営業部門に所属する人材が、新領域への営業活動に割く時間がない職場に対し問題意識を持ち、既存領域の効率化に取り組む。指示されたからではなく、自ら問題意識を持ち能動的にテーマアップから実行まで取り組もうとしている。 |
---|---|
外部ネットワーク行動 | こうした課題に対し自分や組織内部が知りえる限りの方法論に閉じず、より最適な方法(システム導入によるセールスそのものの自動化、インサイドセールスなどの組織体制・役割分担の大がかりな変更など)を探索するため、外部にどのようなソリューションがあるかを探索し自社に有効な方法を検討・取組テーマに組み入れる。 |
組織内ネットワーク構築行動 | 挑戦的な取組であり情報システム部や営業企画部、他営業部門を巻き込まなければ実現は困難である。従来から築いてきた人間関係を駆使し適切な根回しを行いながら立ち上げを実現させ、また周りを巻き込みながら風土変革も併せて推進する |
キャリア開発行動 | こうした一連の取組を「営業としての企画力の開発やチェンジマネジメントの推進力強化」という自身のキャリア展望とすり合わせている。つまり「やりたくてやる」という内発的動機がもとになっている。 |
「プロアクティブ人材」についてイメージが掴めてきたでしょうか?こうした従業員が増えることの有効性や、決して実践不可能な行動ではないことについてもご理解頂けたのではと思います。
ここで、日本におけるプロアクティブ人材の実態について簡単にご紹介したいと思います。
日本におけるプロアクティブ人材の実態
日本総研が独自に開発したプロアクティブスコアの測定ツール¹ を使って日本の労働者約2万にアンケート調査を実施したところ、プロアクティブスコアが全体的に低いこと、また20代前半をピークとして、年代ごとにスコアが悪くなり、40代後半から50代前半にかけてスコアが最も低くなり、50代後半から60代にかけてスコアが持ち直すという結果が得られています(5段階評価で、1が低く5が高い)。
図表2 年齢帯別のプロアクティブスコア
この結果をご覧になって、皆さんどのように感じられたでしょうか。
「静かな退職²」という言葉も浸透しつつありますが、一般に遅い選抜と言われる日本の会社組織においても、40代後半ともなると、昇進や昇格にも差がついており、自身のキャリアの終着点も意識するようになるため、半ばあきらめの気持ちも出てくるということかもしれません。
しかし会社としては、この状況に手をこまねき、ただ傍観しているわけにはいきません。人的資本経営を成果に結びつけるために、人材のプロアクティブ化は重要な経営課題となります。
これまで日本総研では、プロアクティブ人材に調査研究と応用実践に取り組み、プロアクティブ人材を育成する手法を開発することを通じて、人材のプロアクティブ化を促進することは、企業価値向上の観点から投資価値があることを見出しました。
今後、全8回の連載を通じて、企業においてプロアクティブ人材の育成が進まない本質的な課題に触れつつ、プロアクティブ人材を育成し、人的資本経営を成果に結びつけていく具体的な実践ステップと事例について、紹介していきたいと思います。
——
¹ プロアクティブスコアを測定する手法については、第3回で詳しくご説明します。
² 会社を辞めるわけではないものの、仕事への熱意や意欲を失い、必要最低限の業務を淡々とこなす働き方。
- 01|人的資本経営を成果に結びつけるために重要な「プロアクティブ人材」とは?
- 02|なぜ人材のプロアクティブ化が重要なのか?
- 03|プロアクティブ人材育成 実践ステップ①:プロアクティブスコアを測定せよ!
- 04|プロアクティブ人材育成 実践ステップ②:自社にとって「意味のある」ターゲット&tゲーマを定めよ!
- 05|プロアクティブ人材育成 実践ステップ③:経営・人事部門と管理職の対話と共創に着手せよ!
- 06|プロアクティブ人材育成 実践ステップ④:マネジメントの涵養から人材の育成を!
- 07|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑤:自社ならではの人事施策を見いだせ!
- 08|プロアクティブ人材育成 実践ステップ⑥:育成施策の展開(例や案)&まとめ